二月目

第2話

『皆さまごきげんよう。新人Vtuberの星宮すずりでございます。

本日も配信をご覧いただきありがとうございます。

この配信は全ての第一世界の住民に娯楽を提供すべく、市民権の有無に関わらず等しく無料で提供されております。皆さまお楽しみくださいませ。

それではさっそく、地球の遊戯をやってみた!のコーナーです』


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赤暗い空に立ち並ぶ、黒い摩天楼の一つ。

ハケン企業Pandarin社の二階小会議室では、新規採用者の最終面接が行われていた。

面接員席についた黒いスーツの女性、平紗やゆ。ブラウンヘアーをボブカットにしている。外見年齢はせいぜい10代半ば。目は黄色い。

背後左右には武装した保安要員たちが立っている。もし何かあれば、彼らが志望者を即射殺する。とはいえ今日はそのようなことが起こる可能性は低い。最終面接といっても形式的なものである。


「次の方どうぞ」

やゆが告げると、緊張した面持ちの青年が扉を開けて部屋に入ってきた。

スーツ姿。だが、やゆの上等な仕立てのビジネススーツとはまるで違う。

露骨な中古品だった。目立つツギハギまでされている。

これが一張羅なのだろう。

青年がこの一着を買うために、どれだけの苦労をしたか。やゆはわずかに思いを馳せた。


「どうぞ。かけてください」

「ありがとうございます」

やゆが勧めた席につく青年。

簡易履歴書をめくるやゆ。何か書いてある。文字かもしれない。

最下層民のほとんどは読み書きができないので代筆だろうが、ひどいものだった。

「佐藤かたなさん」

「はい」

「Pandarin社の異世界探索事業にご応募いただきありがとうございます。審査の結果、あなたの採用が決定いたしました」

佐藤かたなの顔が露骨に明るくなった。

やゆは無感情に続けた。

「あなたとご家族には臨時下級市民ライセンスが付与されます。D地区の市民用住居も貸与されます。当面の生活をはじめるために、一月分の給与の前借も可能です。詳しくは福祉チームで説明を受けてください。読み書きができないようでしたら、補助装置の貸し出しも受けられます」

「あ、あの」

「妹さんは、本日中に入院が可能です。手術の日取りもすぐに決まるでしょう」

「ありがとうございます!!……ありがとうございます」

感極まって涙をにじませる佐藤かたな。

やゆが告げた。

「それで。まだお返事をいただいておりませんが」

「佐藤かたな。Pandarin社のために身命を捧げます!!」

「よろしい。第三戦列へようこそ。では次がつかえているので、退出してください」

深々と頭を下げて部屋を出る佐藤かたな。

やゆにはこれといった感慨はなかった。いつもの事務手続きだ。

佐藤かたなに病気の妹がいたのは偶然だ。実はいま履歴書を見て気づいた。

特に助けようとしたわけではないし、まともな医療を受けられる市民階級の基準に照らせば難病ですらない。

作業的に治療が行われ、特に問題なく回復するだろう。

代償は兄、佐藤かたなだ。


身命を捧げると彼は誓った。

これがほとんど文字通りの意味になることを、彼も承知している。

数か月後には、佐藤かたなはPandarin派遣部隊の一員として異世界線ゲートをくぐり、そして二度と戻らないだろう。

戦闘、事故、そして最も恐ろしい汚染。派遣部隊は基本的に帰還を想定していない。

佐藤かたなが一年後にまだ生きている可能性は低い。

再び第一世界の地面を踏む可能性は、千に一つも無い。


それでも彼にとって、採用は天の恵みなのだ。

彼が死んでも、その家族は今後十数年の下級市民ライセンスが付与されたままになる。

質素だが安全な家に住み、無制限ではないが清潔な水の配給を受けられ、毎日のまともな食事の心配をする必要が無く、人前に出て恥ずかしくない衣服を身にまとい、病気になれば適切な治療を受けられ、退院した妹は教育を受けられる。

最下層民とはまさに天と地の生活だ。

妹が仕事を見つけられれば、家族はその後も市民ライセンスを維持できるだろう。


だからなんだ。というのが、やゆの感想だ。

佐藤かたなの一家が昇格した一方で、どこかでは下級市民の家族がライセンスをはく奪されるか、あるいは丸ごと消滅している。

資源は限られている。市民の数を無制限に増やすわけにはいかないのだ。

あるいは中級以上の市民に割り当てられている資源をもっと分配すれば、この第一世界はましになるのかもしれない。

しかしそれを決めるのは平紗やゆではないし、そのような意見を支持するつもりもなかった。

やゆもしょせん、特権階級の一員なのだ。

貴族がわざわざ庶民に降りる必要はない。支配が上手くいっている限りは。


「次の方どうぞ」

事務作業は続く。

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