幕間

第49話 幕間

(貴族の家ってどうしてこうもムダに広々としているのかしら)


 カリーン・ドゥーヴは宵闇よいやみの中ふとどうでも良いことを考えた。


 寝心地ねごこちは非常に良いが不自然なほど巨大なベッドの上。

 美しい裸体をほうり投げるように寝ころんでいた。

 荒々しいだけでつまらない愛撫あいぶをうけた後、彼女は用済ようずみの玩具がんぐとしてベッドの上に放置されている。


(大きくしないと小さく見られるから? 見栄みえをはらないと貴族って死んでしまうのかしら?)


 首だけ横にむけると、そこでは部屋の主がベッドのふちに座って葉巻はまきを吸っていた。

 シルクのガウンを羽織はおる中年男。

 それなりにととのった顔をしており、なんとこの国で2番目にえらい。

 高貴な血筋に生まれ、高貴な身分にあり、容姿もすぐれ、おそろしく巨大な屋敷に住んでいる。 

 しかしSEXはヘタだ。


(この男って、国王の予備という価値しかないのかもね)


 つまらない夜の供をさせられた代償として、男、つまりアルフレド・ドルトネイ公爵は情け容赦ようしゃのない評価をつけられていた。

  

「……例の件はどうなっている」


 ドルトネイ公爵は紫煙を吐きながらカリーンに問うた。

 

「どのことでございましょう?」

「あれだ、お前の仲間の、ブラナとかいう司祭がむかった連中の話だ」

「ああ……」


福音ふくいんカラス』グゥィノッグ・ブラナ。

 どこかの田舎町で負けて逃げてきた彼は、身を隠す意味もあって今は『妖精の国』で外交工作をおこなっている。


「妖精族の長老たちはみな頑迷がんめいな保守主義者たち。

 彼らを決起させるにはまだ時間がかかりましょう」

「急がせろ。悠長ゆうちょうに構えているほど私は気の長い男ではない」


財布マルカムが死んで金庫の中身がさみしくなってきた、の間違いでしょ?)


 カリーンは闇の中で冷たい視線をおくる。

 この男は自分が無駄使いの天才だということを理解していない。


 ぜいの限りを尽くしたこの巨大な屋敷。

 たんに巨大なだけではなく、建材や装飾にも最上級のものばかりそろえて建てさせた『住む財宝』と呼べそうな建築物である。


 当然アホみたいな巨額が投じられている。

 資金はもちろん今は亡きマルカム準男爵と、公爵領にすむ善良な市民たちの血税だ。

 おおやけのために使うべき税金を自分個人のために使い切り、それでも足りずにマルカムから不正な金を受け取ってきたこの男。

 マルカムという便利な財布を失ったこのバカ公爵がつぎに欲しがっている財布は、グレイスタン王国の国庫だった。


 こんなバカが王になれば、あっという間にこのグレイスタン王国は経済破綻けいざいはたんするだろう。

 それこそが・・・・・カリーンたちがドルトネイに協力する理由だった。


いては事を仕損しそんじますわ。

 ご安心くださいませ。御身おんみはこのカリーンがお守りいたします」


 そうささやきながら、そっと公爵の背中に身をよせる。


(あんたがこの国をほろぼすまではね) 


 と心の中でつぶやきながら。


「カリーン!」


 公爵はガバっとふり返ると、そのまま彼女を押し倒した。

 休憩時間は終わりらしい。

 不用心にも火のついたままの葉巻を絨毯じゅうたんの上にほうり投げ、ベッドの上でカリーンのくちびるを吸ってくる。


「こ、公爵様、葉巻を」

「よい、お前を求める熱き想いにくらべればぬるいものよ!」

「いえあぶのうございます、あの……」

「だまっていろ!」


 話を聞きやしない。

 発情期の獣でももうちょっとマシではなかろうか。


(火事になったらどうするのよ、バカ!)


 カリーンはしかたなく下手くそな愛撫あいぶをうけながら魔術を使い、自身の影を動かした。

 ブワッ! と彼女の影がうごめき、一個の鉄槌ハンマーとなる。

 一瞬、これで公爵の頭をくだいてやろうかとも思ったが、そうもいかない。

 鉄槌はベッドの下へスルスルと動いてゆき、はやくも絨毯じゅうたんを焦がしはじめていた葉巻をていねいにみ消した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る