第48話 小さなハッピーエンド

 さて暗いニュースばかりでもない。

 莫大ばくだいな寄付金を得た孤児こじたちは今日、新しい孤児院に引っ越ししてきた所だった。

 今度は貧民街みたいな危ない場所ではなく、治安のよいちゃんとした区域である。


 エリオットはとある事情で院の引っ越しに立ち会っていた。

 ちなみに服装は男である。


「ウワーすっげえ! ここが新しい家なの!?」

「キャー! キャー!」

「ヤッホー!!」


 子供たちはすごいはしゃぎようで、あっという間にこわしてしまいそうなほどのいきおいだった。


「まったくすごいね子供って」


 あきれて頭をかくしかないエリオット。

 トールとアニーの二人は同時に「さわがしくてすみません」と頭を下げた。


「でも、本当によいのでしょうか。こんなにまでしていただいて」

「いいんだよ。あの方のお気持ちなんだから」


 屋敷、家具、その他いろいろ買いそろえ、合計金額はすさまじい事になった。

 見返りは子供たちの笑顔だ! などと本気で言うのだからヴィクトル二世の器量は大したものである。 



 トールとアニーの二人は横にならんでエリオットに頭を下げた。


「これからよろしくお願いします、新オーナー」

「……うん、まあ、かったふねってやつだね」


 ヴィクトル二世の命令で、この孤児院の経営権はエリオットが買い取ることになってしまった。

 まあ旧オーナー・マルカム準男爵が公金着服の上、国王みずからの手で処刑されるという超特大スキャンダルのせいで商会の価値が大暴落。

 そのおかげで激安超特価での購入ではあったものの正直頭をかかえるような問題である。

 なぜなら……。


(孤児院経営って、どうやって利益を出すんだ?)


 これがよく分からない。

 物を作って売るわけでもなし、国や個人からの寄付金くらいしかあてに出来なさそうだが、そんなもので足りるのだろうか?

 こんな基本的な部分から勉強しなければいけないエリオットだった。


 利益が出なければ維持できない。維持できなければつぶすしかない。

 しかし潰すのは国王が許さないのだ。

 なかなかに難題だった。


「よーオーナー、オーナーってば!」

「ん?」


 横でチョコチョコと動き回るうざったい人影が。

 こんな事になった元凶、イサーク少年だった。


「オレに剣をおしえてくれよ! オレは王さまのいち家来けらいになるんだ!」

「はあ?」


 そもそもこいつがこんな事を言い出さなければ、エリオットが孤児院の経営なんかをさせられることは無かったのである……。







 話はすこし前。

 マルカム準男爵の遺体を確認して、不本意な形ながら事件が集結した直後のことだ。


 周囲が事後処理を進める中、王であるヴィクトル二世だけはそのへんに転がっていたイスをひろって着席していた。

 そこに助け出されたイサークが近づいていく。

 少年は熱のこもったひとみで王様にむかって言いはなった。


「オ、オレっ大きくなったら王さまの家来けらいになります!」


 ヴィクトル二世の熱い生き様をその目で見て少年はあこがれ、尊敬の想いを抱いたようである。

 しかし問題だらけの行動ではあった。


 身分の低い者から高い人物に話しかけてはいけない。

 孤児が王の直臣じきしんになんてなれるわけがない。

 さんざん無礼な態度をとっておいて今さらなにを言う。


 ……とまあ子供のすることとしてもかなり悪い行動だったが、そんなことにこだわるヴィクトル二世ではない。


「そうか、楽しみだな!」


 大きな身体で大らかに笑うと、すぐに少年が生きるべき道を指し示した。

 具体的にはエリオットを指さしたのだ。


「えっ」


 指をむけられたエリオットは嫌な予感がした。

 王が城の外へ出たいと言いだした時のように、嫌な予感がした。

 

「ならこいつに教わるといい! 

 エリオット、お前の後輩だ。面倒見てやれ!」

「えーっ!?」

「さすがにこの子を近衛このえにはできん。情報部なら仕事があるだろう」


 そのひと言をきっかけとして、教育をどうするとか環境をどう整えるかとかいう話になっていって、ついには孤児院の子供たちを全員面倒見てやれという話になってしまったのだった。






「なあーいいだろー? 剣をおしえてくれよー」


 イサークの人をナメた態度に、エリオットはイラッとする。


「お前に刃物はまだ早い」

「えーっ!」

「あと口のきき方を学べ! 情報部にバカは必要ないぞ!」

「なんだよケチーっ!」


 元凶のクソガキは吐き捨てると妹のところへ小走りで行ってしまう。

 今後こいつをどうやって教育したものか。

 頭の痛い問題だった。


 院長のトールと副院長のアニーが頭を下げて謝罪してくる。


「ど、どうも申しわけありません。本当にいうことを聞かない子で」

「ああ別に君たちが悪いわけじゃないさ」


 二人は頭を下げたまま顔を見合っていた。

 ちなみにこのトールとアニー、引っ越しを契機けいきに結婚するらしい。

 不便で危険な貧民街から通勤するくらいなら、二人で金を出し合って一緒に暮らさないかって。そういう話になったのだとか。

 自分たちの給料をいてまで子供たちに尽くしていた二人だ。

 きっと優しくて幸せな家庭を作ることだろう。


 ついでにあのイサークの教育に関しても頑張ってほしいところだ。


 第二章 完

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