第47話 暗幕によって閉ざされた真相

 女の黒い笑顔を見てマルカムは察し、後ずさりした。

 この女は自分を殺すために来たのだ。

 ドルトネイ公爵はトカゲの尻尾しっぽのように自分を切り捨てるつもりなのだと。


「マルカム、今までご苦労様」

「ふ、ふざけるな、今までどれだけお前たちに尽くしてきたと思っている!

 故郷を捨てこんな国に来て。見ろ! こんな歳になるまで身をにして尽くしてきたのだぞ!」

「そうね、あなたはたくさん頑張ったわね。

 あとで女神様にほめてもらいなさい」


 女の黒い瞳に危険な光が宿る。

 次の瞬間、女のかげがザワザワと動き出した。

 影は巨大な槍へと変化してマルカムの老いた肉体をつらぬく!


「ガハッ!」

「おやすみ、おじいさん」


 老体が血を吐きながら倒れる。

 あきらかに致命傷だった。


「バカめ……『黒の女カリーン・ドゥーヴ』、こんな……では、お前も……」


 マルカムは最期の言葉をいい終える前に動かなくなった。


「わかってるわよ、バカね」


 カリーンと呼ばれた黒づくめの女は死体に吐き捨てると姿を消す。

 ヴィクトル二世たちが部屋に突撃してきてマルカムの死亡を確認するのは、その数分後の事であった。






 ……事件から数日後のことである。


「いやはやまったく、遺憾いかんの極みです国王陛下!」


 玉座に座る国王ヴィクトル二世の前で、彼の叔父おじ、アルフレド・ドルトネイ公爵が大げさな猿芝居さるしばいを演じていた。


「まさかあのマルカムめが公金を着服していようとは! あのジジイめ、とんだ食わせ者でした!」


 長い手足を大きく動かしていかに自分が残念に思っているかをおいにアピールしつづける中年の大男。 

 演技力のほうはまあ下の上といったところだが、付き合ってやらねばならぬのが政治のつらいところだ。

 ヴィクトル二世はムスッとした表情で叔父に心にもない言葉を伝えた。


「叔父上もさぞご心痛の事でしょう」


 一瞬だけ、ドルトネイ公爵はニヤリと笑う。


滅相めっそうもない! こともあろうに陛下のお手をわずらわせてしまったこと、王国貴族の一員としてじ入るばかりです!」


 形だけ頭を下げる公爵。

 忠誠心などかけらもないことは理解しているが、どうにもならないことだった。




 マルカム準男爵の死によって、事件の深層しんそうにかくされた部分は分からず仕舞じまいになってしまった。

 マルカムからドルトネイに資金が流れているのは状況的に見て間違いないのだが、物的証拠がない。

 いわゆるマネーロンダリングというもので、あっちこっちで取引されている金の流れがこまかすぎて分からないのだ。

 全体を知っているマルカムを死なせてしまったのはヴィクトル陣営にとって大きな失敗だった。


 結果としてドルトネイ公爵はマルカム準男爵という大きな財布さいふを一つ失った。

 だがそれだけとも言える。

 この野心家の叔父は、ヴィクトル二世から玉座をうばうことをまだあきらめてはいない。

 危険な男だ。だが今はどうすることもできない。


 ヴィクトル二世は去り行くドルトネイ公爵の後ろ姿をだまって見送るしかなかった。

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