第46話 乱闘の陰に黒い女

「ぬううりゃああ!!」


 みずから剣をふるい悪漢どもをなぎ倒していくヴィクトル二世。

 筋肉質の大男だけあってパワーはかなりある。

 並の男ならそれだけで圧倒あっとうできた。

 ただこのお人、日頃トレーニングできないので持久力スタミナはない。

 ボロが出る前に臣下が前に出てきて主君を守った。


「陛下、ここはおまかせを!」


 ジーンとミックが今度こそはと意気込んで敵にむかっていく。


「おう、はしゃぎすぎてケガするなよ!」


 臣下の背中に声をかける若き王。

 二人は心の中で『あんたには言われたかねえよ!』と言い返した。





 少しはなれた場所ではデニスとオスカーが、たがいの背を守るように戦っている。

 みずから敵に突っ込んでいく王を見て二人とも苦笑していた。


「やれやれうわさ以上に熱いお人だな」

「ええ、でもなんだか嬉しいですよ」

「あん?」

「あの人のためになら、死んでも無駄むだににはならない気がします」

「ハッ、そうかもな」


 凶刃に囲まれながら二人は笑った。

 つねに危険ととなり合わせの人生である。

 今日これから死ぬかもしれない。今日を生きのびても明日死ぬかもしれない。

 その日はいつかきっと来る。

 だからせめて良き対象にこの命を投資とうししたい。

 それが騎士たちの共通認識である。


 好漢が王として君臨くんりんする時代に生まれてきたことを、男たちは感謝した。

 感謝しながら戦う。

 それが彼らの存在意義だからだ。




「だ、ダメだ、女をねらえ! 人質にとるんだ!」


 単純な武力では勝ち目がないと気づいた敵は、エリーゼにねらいを定めた。

 二人の男が左右からにじり寄ってくる。

 

「あら、女なんてどこに居ますの?」


 エリーゼはすっとぼけた顔で突っ立っていた。


「へっへっへ、ここにいるじゃねえかスゲエのがよ」

「動くなよ……動くと痛い目みるぜ……」


 男たちはギラついた目つきで手をのばしてきた。

 だがその手は届かない。


 ドレスに指先が触れるか触れないかという瞬間に、エリーゼはみずからドレスを脱ぎ捨てた。

 宙を舞うドレスといっしょにクルリと一回転。

 次の瞬間には男性・エリオットに早変わりしていた。


「もう一回聞くよ? どこに女がいるって?」

「だ、だましやがったなテメエ! ぐわっ!」


 満足に文句を言うヒマもなく、男たちはエリオットにたたきのめされた。


 





「こ、こんな事があってたまるか。おとぎ話じゃあるまいし、こんなバカな事が」


 一国の王がおしのびで悪を退治する。

 なるほどおとぎ話みたいな展開だ。


 マルカム準男爵はやとったゴロツキたちが圧倒されていくのをただ見ていることしかできなかった。

 暴力とは無縁の商人であり、そもそも老人であった。

 彼自身に戦う力なんてあるわけがない。


 しかたなく杖をつきながらヨロヨロとした足どりで奥の部屋へ逃げる。

 そんなことをしてもわずかな時間かせぎにしかならないが、他に出来ることがなかった。

 とりあえず無事部屋の中で一人になる。


「ハア、ハア……どうすれば、どうすれば」


 外の喧騒けんそうからはなれると、とてつもない不安や恐怖がおそいかかってきた。

 もはや自分一人でこの場をおさめるのは不可能だ。


 助かる道は一つしかない。

 ドルトネイ公爵だ。彼に保護してもらうしかない。

 なんとかこの場を逃げのびて、公爵にかくまってもらうのだ。


「今までさんざん金を払ってきたんだ、それくらいのことはしてもらわんと……」

「そんなうまい話があるかしらね?」

「!?」


 突然横から声をかけられて、マルカムは卒倒そっとうしそうになった。


 女だ。

 黒い女がいつの間にか壁際かべぎわに立っていた。

 黒い髪。黒いマント。黒い爪。黒い唇。

 異様なほどの黒づくめでありながら、奇妙につやめいた美女だった。


「か、カリーン・ドゥーヴ! 助けに来てくれたのか!?」

 

 カリーンと呼ばれた女は冷酷な笑みを浮かべた。

 笑顔さえも、彼女は黒い。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る