第43話 十回生きのびれば英雄になれる

 この暴漢たちのやとぬしはマルカム・ドーンウインド準男爵だった。

 孤児院にあやしい連中がウロウロしているのを発見し、ちょっとさぐりを入れてみようというくらいのつもりだったらしい。


 思わぬところで証人がれて、いい意味で計画の変更をせまられた一行。

 ちょっと人数が多すぎるのでリーダー以下二、三人も連行すればいいだろうか……?

 なんてことをオスカーたちと相談していると、ジーンが深刻な顔で話しかけてきた。


「私は自分が情けないです。なにも出来ませんでした」


 彼の表情は苦り切っていた。相当に自分を責めているようだ。

 後ろではミックも気まずい表情をしている。

 たしかに先の戦闘で彼らはあまり役に立たなかった。

 せいぜい王の盾になっていたくらいか。

 

 エリーゼはチラリとヴィクトル二世の様子を確認する。

 王は腕を組んで見守っていた。

 助言をしても余計なお節介せっかいにはならなそうだ。


「初めは誰でもそんなものですよ。経験が人を強くします」

「しかし、げんに我々は陛下をお守りできず……」

「守ったじゃありませんか」

「えっ」

「あなた方が盾で、わたくしたちが剣。先ほどはそういう戦いでした。

 必要以上にご自身を卑下ひげなさってはいけませんよ」

「……」


 まだ自身を不満に思っている様子のジーン。

 この真面目まじめな男に、気休めレベルの言葉をあたえても足りないらしい。

 もっと教訓めいたものを欲しているようだ。

 エリーゼは片手を大きく広げ、五本の指を彼にむけた。


「まずは五戦。戦場へ五回行って、なにがなんでも生きて帰ってきてください。

 そのくらいから緊張感がほぐれて視野が広がります。

 十戦くらい生きのびれたなら、逆にあなたの経験が周囲を助けるようになるでしょう」


 これはなにも当てずっぽうで言っているのではなく、有名なノンフィクション戦記物語に書かれている話だった。

『十回出撃して帰ってくれば、その男はまわりから英雄あつかいされる』

 そう書かれていた。

 英雄といっても程度の低い物だろうが、しかし経験者が味方に居るのと居ないのとでは戦場の怖さもまったく違うだろう。

 その人物がいれば勇気がわいてくる、となればやはり英雄なのかもしれない。


「はい、胸に刻みます!」


 ジーンは同僚のミックと見つめ合う。

 ミックも強い眼差まなざしでうなずいていた。


 新米たちが納得してくれたところでさあ帰還しよう……。

 そう思っていたところ、意外な人物が駆けてくる。


「ハアッハアッ、み、皆さま!」


 孤児院の副院長アニーだった。

 ずいぶんと息を切らせて、あわてた様子。


「イサークが、あの子が飛び出していったまま帰ってこないんです、こちらにお邪魔しませんでしたでしょうか!?」


 もちろん少年の姿など見ていない。全員が首を横にふった。


「ああ……!」


 アニーは絶望的な表情になってひざからくずれ落ちる。

 あまりの絶望ぶりにミックが驚き、声をかけた。


「どっどうしたんスか? あんなガキほっときゃ帰ってくるんじゃ?」


 アニーは涙を浮かべながら首を横にふった。


「あの子、きっと準男爵様のところへ行ったんです! 無茶ばかりする子だから……!」

「なんだと!」


 ヴィクトル二世が顔色を変え、エリーゼを見る。

 エリーゼの表情もさすがに強張こわばっていた。


 汚職に手を染めている大金持ちの権力者。

 そしてこんな暴漢たちを気軽に使うような男だ。

 今すぐに助けないと、きっとあのクソガキは殺される。


 残念ながら、家に帰るのはもう少しあとになりそうだ。

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