第41話 うなれ凶悪ハンドバッグ

「まったくけしからん。叔父おじうえには国を想う心がないのか!」


 ヴィクトル二世ご一行いっこうは貧民街を歩いている。

 このあたりは道路がせまく、馬車を止められないのだ。

 だから停車させている広い場所まで歩かなければいけなかった。


 身分ありげな集団が薄汚い路地の中央を歩いていく。

 左右に座り込んでいる貧民たちがめずらしそうにジロジロと見ていた。

 特に目を引くのは一番偉そうなヴィクトル二世と、圧倒的に美しいエリーゼの姿。

 もともとドレスというのは人目をくように作られている。高価な布地が陽の光をあびてキラキラ輝くさまはまさに歩く宝石だった。

 注目を集めながらも先をいそぐ一行。

 

 その前に突然、不審な集団が立ちはだかった。


「へっへっへ、ちょっと待っておくんなさいよ旦那だんながた」


 いかにも狂暴そうな見た目の男が下品な口調で話しかけてくる。

 すかさず後方にも同じくらいの人数が近づいてきた。

 前後あわせて十人以上。


 集団ではさみうち。

 この時点で単なる強盗ではないと想像がついた。


「なんだ貴様らは!」

「へっへっへ……」


 ヴィクトル二世の大喝だいかつを前にしても、ならず者たちはおびえた様子がない。

 こいつらは多分だれかのやとわれ者だな、とエリーゼは予想した。


「ちょっととある場所まで御同行ごどうこうねがいたいんで」

「あら嫌だ、こういう事があるからこんな所に来るのはよしましょうと申し上げましたのよ」


 エリーゼは軽口を言いながら対応をどうするか考える。

 今日はこちらの人数が多い。それだけは幸運だ。

 しかしどうしたものかと考えている時に、味方のほうから率先そっせんして動いてくれる人間が二人。

 オスカーとデニスだ。

 二人はなにも言わなくても後方を守る位置に立ってくれた。

 自然とミックとジーンが最前列に立つ形になってしまう。


「ぶ、無礼者、貴族の一行であることが分からんのか!」

「貴様ら後でどうなっても知らんぞ!?」


 二人は緊張した顔で相手を威嚇いかくしている。

 しかし未熟な若者たちの声では迫力不足だったようだ。

 敵リーダー格の男はニヤニヤとした笑みをくずさずに近づいてくる。


「ええ、分かっておりやすとも、だから穏便おんびんに、ね?」


 この落ち着きかた、どう見ても初犯とは思えない。

 何度もこういう悪事をくり返してきた常習犯の顔だ。


(こりゃあ、陛下と僕以外は殺されるかもしれないな)


 相手は穏便にと言っているが、護衛たちはどうせ邪魔にしかならない。

 穏便に捕まった結果、穏便に始末される可能性があった。

 だから『わざと捕まる』という選択肢はとりたくない。

 6人全員が無事帰宅するためには、戦って勝つしかなさそうだ。


「やりましょう」


 エリーゼは小さな声で情報部の部下二人にささやいた。


「了解」「あいよー」


 オスカーとデニス。頼もしい二人は何でもないことのように了承してくれた。

 そして目の前の男を二人同時に、いともあっさりとぶちのめす。

 あまりにも二人の動きが自然体であり過ぎたので、暴漢たちはこの先制攻撃に浮き足立った。


「な、なんだテメエらやるってのか!?」

「ええそうですよ」


 エリーゼは笑った。

 腹の底から冷たく笑った。

 こちらは戦争のプロである。

 お前たちみたいな甘ったるい不良の世界と一緒にしないでほしいな、と。


 スルスルと無駄のない足どりで敵に接近すると持っていたハンドバッグを素早くふって、目の前の顔になぐりつけた。


 バガァン!!


 異様な音がした。そして異様に強烈な一撃だった。

 鉄板入りハンドバッグのフルスイングをまともに食らった暴漢は、白目をむいてひざからくずれ落ちる。 


 後方の敵はあと二人。

 オスカーとデニスにまかせておけば何の不安もない。

 そこでエリーゼは身をひるがえして前衛に向かう。


「や、野郎なめやがって、やっちまえテメエら!」


 相手もようやく本気になった。

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