第38話 ヴィクトル様のビッグなオゴリ

 さて来てしまったものは仕方がない。

 孤児院の食堂は予定にない御前ごぜん会議の場と化した。

 中央の席に国王ヴィクトル二世。

 正面に王国騎士団情報部員エリオット・ハミルトン(エリーゼに女装中)。

 国王の後には近衛騎士ジーンとミック。エリーゼの後にはオスカーとデニスがそれぞれひかえている。

 末席には院長のトール、副院長のアニーが着席していた。


「それにしてもずいぶん多くの寄付金をご持参ですのね?」


 エリーゼはヴィクトル二世が用意してきた、やたらに大きな布袋ぬのぶくろを見ながら言った。

 驚いたことに中身は全部金貨だった。

 エリーゼが用意した金もけして安い額ではないが、それよりもさらに二桁ふたけたも金額が違う。


「うむ、理由はこれだ!」


 ヴィクトル二世はヒビのはいったボロボロの壁をビシッと指さす。


「こんな家で人は暮らせぬ! もっとマシな家に住まわせてやろうと思ってな!」


 国王以外の人間は誰もがギョッと目をむいた。

 ナチュラルな暴言はこの際だれも気にしない。

 家をやる、という言葉に比べればささいな事だ。


「え、えっと、新しい孤児院を寄付なさる、と?」

「うむ、そうだ!」


 若き王はいつもと何も変わらぬ表情で力強く断言する。

 エリーゼは思わずのけった。

 さすが国王。凡人ぼんじんとは援助のスケールが違う。


「それは、まあ、なんと慈悲じひ深いことで……」


 文字どおり桁外けたはずれの出来事に、エリーゼの言葉は歯切れが悪い。

 院長と副院長の二人もどこかボンヤリとした顔で布袋を見ていた。

 庶民だと一生見ることが無いはずの大金である。

 突然「お前にやる!」と言われてもピンとこないのだろう。


 さてあまりボーっとしてはいられない。

 エリーゼは気を取りなおして話を本題のほうに持っていった。


「しかしまずは見つからないよう隠しておいたほうが良いでしょうね。

 こんな大金があると知られれば、悪い男にうばわれかねません」

「ん? 男?」


 一緒に育ってきた幼馴染おさななじみである。

 ちょっとした言葉のニュアンスでヴィクトル二世はさっした。


「ということはお前、すでに悪者の正体をつかんでいるのだな?」

「はい。と申しましても難しいことは何もございませんでしたよ」


 エリーゼは軽く微笑ほほえんだ。

 そして一晩かけて調査させた内容を、院長のトールに確認させる。


「この院はマルカム・ドーンウインドじゅん男爵だんしゃくの物で間違いありませんね?」

「は、はいその通りで」

「院の運転資金はどのように渡されているのですか?」

「はい、オーナーのお使いの人がここに持ってきてくれます」

「子供の人数が増えたのに金額は増えていないのでしたね?」

「……はい」


 だまって話を聞いているヴィクトル二世の表情がまたけわしくなった。

 

「つまりです、ヴィクトル様。

 増やした子供の分をマルカム・ドーンウインド準男爵が不正に着服しているという、単純にして卑劣ひれつな犯罪なのです」

「何者だ、そのマルカムというのは」

「先代の国王陛下が爵位しゃくいたまわれました豪商ごうしょうのようです。

 推薦状すいせんじょうをお書きになったのは、ドルトネイ公爵」


 ピクッ、とヴィクトル二世の顔色が変わった。

 いかにも面倒くさそうな苦い表情。


「……叔父おじうえか」


 あまり親しいとはいいがたい血縁者の名前が出て、ヴィクトル二世は憂鬱ゆううつそうだった。 



 色々と名前がならぶが、ようするに税金の不正使用問題である。

 パン泥棒という小さな犯罪にかかわっただけなのに、なぜかとんでもなく大きな事件の尻尾をつかむことになってしまったのだった。

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