第37話 雑巾しぼりの刑


 翌日。

 エリオットは再びエリーゼに変装し、例のまずしい孤児院を訪問することとした。

 今日はヴィクトル二世たちと一緒ではない。

 楽しい休暇きゅうかはもう終わり。国王陛下にはおいそがしい日常に戻っていただかなくてはいけない。


 というわけでエリーゼはいつものようにオスカーとデニスの二人をサポートにつけての行動だ。


 孤児院を訪問する理由は調査だけではない。

 いくらか寄付きふをするつもりで金銭を持参してきていた。

 どんなに悪党の成敗せいばいを急いでも、正しい金額が支給されるまでには時間がかかることだろう。

 だからせめて、今すぐ必要な資金くらいはと。


 そう思って来たのだが。

 驚きの先客がエリーゼたちの前にいた。


「おうエリ、……ゼ、お前も来たのか!」


 昨日案内された食堂に、グレイスタン王国国王ヴィクトル・グレイウッド二世陛下が。

 しかも今日は変装すらしていない。

 昨日のスーツを着ただけの格好かっこうだ。

 素顔をまる出しなど不用心ぶようじんにもほどがある。

 自身の身分をなんと心得ているのか。

 エリーゼの胸中に怒りがムラムラとき上がってきた。

 

「ヴィクトル様……なぜこちらに?」

「おう、金がないならこちらで用意すれば良いではないかと思ってな!」


 なるほど大きなテーブルの上には、エリーゼが用意したものよりも大きな布袋ぬのぶくろがドカンと乗っかっている。

 国王のポケットマネーともなればいくら入っているのか予想がつかない。

 だがしかし。


「ですがそれだけなら、後ろの二人にまかせればよいでしょう?」


 今日もヴィクトル二世の後ろにはジーンとミックがひかえていた。

 エリーゼの言うとおりで、寄付金などこの二人にでも届けさせればすむ話だ。

 わざわざ本人が来る必要などまったくない。


 結局のところ、ヴィクトル二世はまた外に出たくて我慢ができなかったのだろう。

 きっと今ごろ王城では『国王陛下が行方不明になった!』と大騒ぎになっているはずである。

 そりゃ自分が行った政策が思ったように機能していないと知った以上、だまって見過ごせるわけもない。

 だがしかし、こんな時のためにエリーゼたちのような諜報機関の人間がいるのだ。

 国王みずから危険に首を突っ込んでいくというのは、おろかとしか言いようがなかった。


 エリーゼはこめかみに怒りの青筋をたてながらスススーっとヴィクトル二世に接近する。


「な、なんだエリーゼ、怒っているのか?」

「ウフフフフ、そう見えますか?」


 エリーゼは引きつった笑みを浮かべながら両手でヴィクトル二世の腕をつかんだ。

 そしてそのまま雑巾ぞうきんのようにギリギリとしぼり上げる!


「わたくし、ビックリしすぎて心臓が止まるかと思いましたわ……!」

 

 ギリギリギリギリ!!


「痛い痛い痛い! やめろ悪かった!」

 

 悲鳴をあげて許しをこうヴィクトル二世。

 相手は国王なのでこれくらいにしておく。

 説教せねばならない人間は他にもいる。

 ジーンとミックの二人だ。


「後ろのお二人も。絶対服従だけが忠義の形ではありませんのよ?」

『は、ハイィッ!』


 エリーゼの青い瞳からはなたれる怒気の凄まじさに、二人の近衛騎士はすくみ上がった。

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