第35話 どうしてそんなに貧乏なの?
ヴィクトル二世以下、お忍び一行は孤児院の中に通された。
「ずいぶんと経営は思わしくないようですね」
エリーゼは院内の様子を見回しながら感想を伝える。
おそらく金になるようなものはすでに売り払ってしまったのだろう。
「いやははは、お恥ずかしい」
正面にいるのはトールという30歳くらいの男。彼が
ガリガリに
おそらくろくに給料が払われていない。
「まあなんとか食いつないでいくので精一杯でして」
トール院長は力なく苦笑いしながら横に座るイサーク少年の頭をなでた。
「ここはお一人で運営されてますの?」
「いえもう一人職員が……あっちょうど来ます」
「レナ!」「おにーちゃん!」
イサーク少年はイスから飛び降りるとレナという少女に駆け寄る。
レナのほうは泣きながらイサークに抱き着いた。
「おにーちゃん、れなのことキライになったの、キライになったの!?」
「バカ、そんなわけねーだろ!」
抱き合う小さな兄妹。泣きわめくレナのことをイサークは一生懸命なぐさめていた。
それを見てミックが首をかしげる。
「なんだい大げさな、ちょっと出かけていただけじゃないか」
「よせ」
真横にいたジーンが
「すいません。この子たちは
レナを連れてきた女性が気弱そうな態度でそう言った。
彼女は先ほど出入口でイサークとぶつかり「ねえちゃん」と呼ばれていた人。
彼女は副院長のアニーと名乗った。
「もう二人っきりの家族なんです。イサークは年上だからガマンできますけど、レナちゃんはまだ小さいので……」
「あ……」
ミックは気まずそうに沈黙した。
いわゆるトラウマというやつだ。
両親をうしなった心の傷が
「それにしても、おかしいのではないか?」
ヴィクトル二世が腕を組み、本当にわけがわからないという顔をしていた。
「お前たちは国からの補助金を受け取っていないのか?」
「はい? い、いえ毎月お金はいただいておりますが……」
「ならなぜこんなに貧乏暮らしなのだ? パンぐらい買えばいいだろう?」
「は、はあ……」
トール院長はまいったな、という顔で下を向いてしまう。
――どうせ貴族に俺たちの苦労なんてわかりゃしないよ。
そんな表情だ。根本的に信用されていない。
ここグレイスタン王国でも、貴族と庶民との間には大きな身分の差がある。
庶民は貴族に
言えばもっとひどい目にあわされる。
殺せばさすがに刑法によって
裁くほうと裁かれるほう、両方が貴族なのだ。
そんな環境ではよっぽどどうしようもない事件でなければ重罪になんてならない。
無事貴族が解放された次の瞬間には
だから庶民としては初めから泣き寝入りするしかなかった。
こんな状態であるからして、初対面の貴族にあれやこれやと本音を語るはずがない。
ましてヴィクトル二世は国王だ。
もし正体を知ったら彼らはひれ
だから今は、貴族たちのほうから歩み寄る必要があった。
とにかくこの孤児院の状況はおかしい。
国は孤児たちが
なのに現場にその金がちゃんと届いていない。
エリーゼは不正の
院長・副院長の二人は不誠実な人間に見えない。
なら別のどこかにこの貧乏暮らしの理由はある。
「トールさん、アニーさん、ここにはもっと多くの子供たちがいるのでしょう?
その子たちにも会いたいわ」
エリーゼはトールたちに院内の案内をさせる。
立ち上がり通路にむかおうとすると、やたら低い位置から熱い視線を感じた。
さきほど大泣きしていたレナという少女だ。
「おひめさまだ……」
きっとエリーゼのことをおとぎ話のお姫様かなにかだと思ったのだろう。
キラキラとした瞳で熱心に見つめていた。
ニコっと微笑むとレナの表情がパアっと花が咲いたように明るくなる。
だが、隣に立つイサークは真逆の反応を見せた。
「チッ」
舌打ちして、レナを守るようにギュッと抱きしめる。
こんな小さな女の子になにか悪いことをするとでも思っているのか。
(このクソガキ)
エリーゼは笑顔を引きつらせて心の中で
この孤児院は助けなくてはいけない、だがこのクソガキだけ
ついそう思ってしまった。
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