第34話 貧民街に渦巻く想い

 結果として当初の希望通り貧民街に来ることになってしまった国王陛下お忍びご一行様だった。


 せまい路地ろじにはあやしげな露店ろてんがならび、中古の小物や衣類などが販売されている。

 場違いに豪華なアクセサリーなども取引されていたが、おそらくは盗品だろう。

 まだ日中だというのに娼婦しょうふたちが路上に立って声がかかるのを待っていたりもする。

 なんだか体型に違和感がある者もいるなと思ってよく見ると、女ではなく男だった。


――もし自分も貴族ではなく貧民ひんみんとして生まれていたなら、あのように男娼だんしょうとなっていたのだろうか? 


 エリーゼの脳裏にそんな考えがよぎり、背筋がゾッとした。





 そうこうしているうちに、目的の建物に到着とうちゃくする。


「おう、ここか! ひどいオンボロだな!」


 腰に手を当てたヴィクトル二世が容赦ようしゃなく酷評こくひょうした。

 目の前には廃墟はいきょのように痛んだ建物が。

 貧民街の中にあるボロボロの孤児院だ。

 ここがパン泥棒どろぼうの少年が住む場所だった。


「っせーよ……」


 孤児院と同じくボロボロの服を着た少年が小さな声でつぶやく。

 きっと聞こえてないつもりで言ったのだろうが、エリーゼの耳にはしっかり届いていた。


 少年の名はイサークという。

 ぬすみをはたらいた理由は妹が腹をすかせて泣いているから。

 えと貧困ひんこんのせいでやむなく犯罪に手を染めた、ということらしい。


「そんなはずは無いのだがなあ」


 ヴィクトル二世が建物を見上げながらつぶやいている。

 実は国王になってもない頃に、ヴィクトル二世は社会保障の充実を目指して新しい法律を施行しこうしている。

 それによって孤児院には『子供一人につき毎月銀貨五枚』の支援金が出ているはずだった。

 贅沢ぜいたくはできないが、ちゃんとやりくりすれば飢えることのない金額である。

 盗みをはたらかなくては生きていけないというのはおかしな話だった。


「チッ」


 イサークがまた舌打ちした。

 首をかしげているヴィクトル二世の態度がよほど気にいらないらしい。


――貴族におれたちのなにが分かるってんだよ!


 そういう不貞ふてくされた態度だ。

 

「おいお前不敬ふけいだぞ、いい加減かげんにしろよ」


 あまりの態度にミックが怒り、イサークの身体に手をのばす。

 しかし少年は身軽にヒョイとかわすと孤児院の中に逃げていく。


「バーカ!」

「このガキ!」


 中に逃げようとするイサーク。しかし逆に出てくる人影があらわれて、二人は正面衝突してしまった。


「きゃっ!」

「あ、ご、ごめんよ、ねえちゃん!」


 イサークはあわてて女性に手をかす。

 起き上がった女性は、これまた薄汚れたまずしい服装をしていた。


「す、すいませんお客様、もしかしてこの子がまた悪さをしましたか?」

「ん、んんー、まあ何というか」


 ヴィクトル二世が返答に困る。

 かわりにエリーゼが良いように答えた。


「この子がパンを欲しがっていたので、わたくしたちが買ってあげましたのよ」


 事実、後ろにひかえるミックとジーンが紙袋をかかえていた。

 中にはパンがぎっしり詰まっている。


「まあ、まあまあそれはありがとうございます。あらこんなに沢山たくさん!」


 予想以上の喜びようで、エリーゼはむしろおどろいてしまう。

 たしかに量は多いが、パンだけである。

 王都の庶民しょみんなら毎日食べているような普通のパンである。

 それでこの喜びよう。

 どうやらこの孤児院の経営状況は予想以上にひどいようだ。

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