第30話 熱き国王の空回り

 一行は車内で会話を楽しみながら、通りすぎていく景色をながめていた。


 まずは王城に近い貴族たちの居住区。

 次に中流階級の市民たちが住む地区。

 そこから先は商業のさかんなエリアとなっており、道ゆく人の数が増えてくる。 


 さて目的地の中央通りに到着。

 いくつもの商店が立ちならび、人通りも一番おおい場所だ。

 今日はここに降りて一、二時間ほど視察する予定。

 ……だったのだが。

 到着してからいきなり、ヴィクトル二世がわがままを言いだした。


「みなの者、今日は貧民街ひんみんがいに行ってみようと思う」


 どうやら初めからそういうつもりだったらしい。

 まったくためらいのない態度で堂々と宣言してきた。


「今日はでもこの目で見ておかなければならんのだ」


 勝手なことを言われてあわてたのは新人の近衛二人である。

 国王がお忍びの外出。この時点であまり良い行動ではない。

 そこからさらにスケジュールを変更してわざわざ治安の悪い地区に行こうというのだから無茶がすぎる。

 こんな事が近衛隊長にバレたら二人は間違いなくばつを受けるだろう。


「へ、陛下それでは予定と違ってしまいますよ」

「そうです、国家の太陽たるお方には、もっとふさわしい場所が……」


 彼らの本心としては断固反対なのだが、身分の差があってなかなか強くは言えない。

 そこにヴィクトル二世はつけ込もうとする。


表立おもてだって行くべきではない場所だからこそ、しのんでいくのだ。

 犯罪集団も疫病えきびょうも貧民街から生まれる。

 ここを変えずして国を生まれ変わらせることなど出来ん!」


 熱のこもった声をあびせられて二人は困ってしまう。

 この若き王は国家の最高責任者にして改革派の筆頭ひっとうである。

 国を想う強い意志があるからこそ彼は今、あえてわがままを言うのだ。


 貧民街こそ王都ヴィンターリアの病巣びょうそうである。

 ここをらぬぞんぜぬでは何も変えられはしない! ……と最も身分が高くて権力を持つ人物が正義の炎を燃やしているのだった。


「いやしかしですね……」


 弱り切った二人の護衛は視線でエリーゼに助けを求める。

 エリーゼは笑顔を消してしばし下を向いていたが、ようやく口をひらいた。


「国王陛下のおおせは一々ごもっともですわ。

 貧民街の現状はけしてかろんずるべきものではございません」

「そ、そうだろう!」


 ヴィクトル二世はパアっと顔を明るくした。


「いやさすがエリーゼ、我が友よ! さあそうと決まれば早速さっそく……」

「で・す・が」


 浮かれる主君を止めるために、エリーゼはわざと冷たい声を出した。


 まずめる。それが人に意見を言う時のテクニックなのだそうな。

 相手がいい気分になっていた方がこちらの話を聞いてもらいやすい。不機嫌になっていればどれほど良い助言アドバイスでもなかなか耳を貸してもらえないだろう。

 

 とりあえず誉める行為は今やった。ここからはお説教だ。


「初めからそのおつもりでしたのなら、なぜ昨日の段階で言っていただけなかったのでしょう。

 情報部にも貧民街にくわしい配下の者たちがございます。一晩ひとばんあれば資料を作成することもできましたわ。

 朝から変装させた者を配備し、警護に当たらせることもできました」


 無表情で淡々たんたんとヴィクトル二世の自分勝手を責めるエリーゼ。

 身分を考えて行動してくれないと困るんですよと、あんに主君を攻撃している。


「う、うむしかしな、先に言えばお前はその、反対したろう?」

「ご要望にそった内容の資料をお渡しするのが先になったと、そう思います。

 もちろん即座にとは参りませんので外出は延期になったかもしれませんわね」

「それではいつの事になるか分らんではないか!」


 顔を真っ赤にして熱弁する王様。

 普通の人間なら恐れおののいて平伏へいふくするところだが、あいにくエリーゼは生まれた時からこの顔を見慣みなれている。

 この人物の赤面症は単なる体質であり、怒っているわけでも何でもない。

 興奮したから赤くなった、ただそれだけである。

 必要以上に気にすることではない。

 

「陛下、貧民街ならば私も数回足を運んだことがございます。

 あそこはいつも貧者ひんじゃが路上にたむろし、不衛生で、治安がわるうございます。

 それは社会問題としてまぎれもない点ですが、いつでもほぼ同じ光景を目撃できる場でもあります。

 ただ『見た』というだけでは何が変わるという話でもありませんよ?」

「むう?」


 つまり目的もなしにノリと勢いだけで行っても無駄足になりますよと、そう主張している。


 汚くてまずしくて治安の悪い場所だとはすでにわかっている。

 ときにはそれを再確認することも必要ではあろうが、だが漠然ばくぜんとした気分で行ってみるだけでは何も解決しない。

 必要とされるのは正確な実態調査であり、ふさわしい対案を練ることだ。


 熱血野郎の魂のままにがむしゃらな暴走をしているだけでは、世の中は変わらないのである。

 

「お望みとあらば情報部われわれが手を尽くして問題点を洗い、改善案を提出いたしますわ。

 陛下がご視察しさつなさるのはそれからになさいませ。

 本日は予定通り商業地区の視察を」

「ぐぬぬぬ……」


 まだ不満そうではあったが、ヴィクトル二世はだまるしかなかった。

 まるでたけり狂っていた猛獣が、女主人のむちにおびえてしょぼくれた様である。

 すっかり大人しくなってしまった国王の姿を見て、二人の護衛はいよいよエリーゼに尊敬の眼差まなざしをむけた。

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