第29話 地毛のカツラと殺人ハンドバッグ

 カラカラカラカラ……。


 四輪馬車の車輪が整然と並ぶ石畳いしだたみの上を行く。

 本来は管理の厳重な城門の出入りも、機密情報をあつかう情報部所属の馬車ならフリーパス同然である。

 車内の四人は身分の確認すらされず無事通りぬけた。


「しかし、見事なものですね~」


 護衛の一人、ミックという若者が熱い視線を向けながらエリーゼに話しかけた。

 ずいぶん軽い感じの愛称ニックネームだが、本当はミケランジェロという立派な名前らしい。


「カツラ……ですよねそれ、他の部分もそうですけど、違和感とかまったく無くて……」


 エリーゼはニコリと微笑みながらおのれの華やかな金髪を指でいてみせた。

 陽の光をびた金髪がキラキラと輝き、美少女(?)の笑顔をかざる。

 となりに座るジーンともどもポーっと顔が赤くなった。


 ちなみにジーンの本名はジーニアス(天才)というらしい。なんというかその、苦労の多そうな名前である。

 あまり深くツッコミはいれないほうが良さそうなので、エリーゼはあえて余計なことは言わない。


「元は自分のかみなんですのよ。

 ひそかに淑女レディとしての教育を受けるため、わたくしは長期間隔離かくりされた施設しせつにおりました。

 髪がびて、すっかり切り落として、またちょうどよい長さに戻るまで辺境へんきょうの地で秘密特訓をしていましたの」

「ははあ、美しさのためにそこまでの苦労を」


 ミックのおかしな言いぐさに他の者はみなまゆをひそめた。

 美しさのためではなくて、あくまで任務のためである。

 どうもこの男、頭に血が上って理性があやしくなってきているらしい。


 色々な意味で危ないと感じたのか、同僚のジーンがせきばらいをした。


「ん、ん! ちなみに、こう言っては失礼ですがあなたは護身術のほうは期待してもよろしいのでしょうか。

 ずいぶんと動きにくそうなドレスですが」


 これにもエリーゼはニコリと答えた。


「分からない程度に工夫はらしてありますので、意外と動けますのよ」

「しかしいざという時、素手では」


 エリーゼは笑顔を崩さないまま、手に持っていたハンドバッグを顔の高さまで持ち上げた。

 そして軽くたたく。


 カンカン!


 ……なぜか、革製のハンドバッグから金属音がした。


「薄い鉄板が仕込んであります。目ためより便利ですのよ」

「そうでしたか」


 叩いてよし、たてにしてよし、敵に投げつけてもよし。

 使い方はいくらでもある。

 だから心配御無用。という無言の主張が理解できたようで、ジーンは静かにうなずいた。

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