国王陛下のお忍び外出

第27話 若き国王の親友として

 カッ! キィン!


 王宮の庭に激しい剣戟けんげきの音が鳴り響く。

 花が咲き乱れる優雅な庭園の真ん中で剣を打ち合う男が二人。

 片方は大男。もう一方は子供のような小男だ。


 一人はグレイスタン王国国王、ヴィクトル・グレイウッド二世その人。

 もう一人は彼の乳兄弟ちきょうだい、『姫騎士』エリオット・ハミルトン。


 二人は刃をつぶした訓練用の剣で打ち合っている。

 斬れはしないが、当たり所が悪ければ骨をも砕く代物しろものだ。

 甘ったれた考えでやれば人生そのものにも支障ししょうがでかねない。実戦を意識したきびしい訓練であった。


 ガツッ! カン!


「ウオオッ」


 ヴィクトル二世は遠慮なくエリオット目がけて剣を振りおろす。

 エリオットの方は防戦一方のようでありながら、しかし少しも呼吸を乱すことなく主君の連撃をいなし続けていた。


「ハアッ、ハアッ、いかんなどうも!」


 先にを上げたのは攻めていたヴィクトル二世の方だった。

 ザクッ、と剣を地面に突き刺すとつえがわりにして戦いを止めてしまう。


「やはりたまにはやらんと身体がなまる! 情けないな!」


 顔を真っ赤にしてひたいの汗をぬぐう若き国王。

 王太子おうたいしのころは高貴な者のたしなみとして剣技にもはげんでいた彼であったが、王に即位そくいしてからはそうもいかず。

 ほんのちょっと時間が取れた今日、気心きごころの知れたエリオットを相手に、少年時代を思い出してやってみたというわけだ。


「いえいえ、むしろそれで良いんですよ。戦場に出るのは我々騎士の役目。

 王みずから剣を抜かせてしまうようではがありません」

「男としてそれではつまらんのだ……」


 若き王は剣を地面から引き抜くと肩にかついだ。

 ヴィクトル二世もエリオットと同じ歳である。

 活力が全身からあふれ出しているような年頃であり、老成ろうせいするにはまだ早すぎた。


「例の何とかという異教の司祭、まだ見つかっていないのだろう」

「はっ、その通りで」

「いっそこの俺を殺しに来るなら、直接ぶった斬ってやるのだがな!」

「いやどうかご勘弁かんべんを」


 つい昔にもどって『俺』とか言ってしまう国王陛下を、エリオットは危なっかしいと感じてしまった。


 暗殺者が国王の前までたどり着くなど、それこそ絶対あってはならない事である。

 もしそんな事が本当におこったら護衛である近衛このえ騎士たちが責任を取らされて、上から下までメンバー総取そうとえの大騒ぎだ。

 

「この国に不満があるなら直接言って来ればよいのになあ」

「身のほどをわきまえないよくにとりかれているようなので、そうもいかんのでしょう」

「フーン」


 不満そうに剣の背でトントンと自分の肩を叩くヴィクトル二世。

 実際この若き王は自身が改革派の急先鋒きゅうせんぽうとして国政の建て直しをはかっている最中だ。

 建設的な意見ならむしろ大歓迎だいかんげいなのである。

 まあもっとも、あのグゥィノッグ・ブラナ司祭の邪悪さを思えば、会ってみたところでろくな結果にはならないだろうけれども。


「よし、休憩きゅうけいはもう良い、続きだエリオット!」

「はいはい」


 ヴィクトル二世が再び目を輝かせながら剣をかまえる。

 エリオットは主君が満足するまでたっぷり彼の稽古けいこにつき合わされた。





 さらに一時間後。

 今度こそ精魂せいこん尽き果てたヴィクトル二世は庭内の東屋あずまやで座り込み、動けなくなってしまう。


「ハア……ハア……なあエリオット」

「はい?」


 さすがにエリオットのほうも疲労が激しい。

 主君の前でへたり込むような無様は見せないものの、顔を真っ赤に染めて大量の汗を流している。

 息苦しそうな表情で襟元えりもとゆるめると、服の内側から湯気ゆげのような熱気があふれてきた。


「フーッ、城下の様子はどうだ」

平穏へいおんなものですよ」

「表面的には、だろ?」


 若き王は友の言葉を遠回しに否定する。


「王に即位してからというもの、外の様子がまったく分からなくなってしまった。

 どいつもこいつもうわつらだけの綺麗事きれいごとしか言わん。

 こんな環境でまともな政務をとれるわけがない」

「そりゃあまあ、幸せに生きている人間ばかりではないでしょうが」


 むしろ苦しみのない人生のほうがめずらしい、というのが人類の真実である。


「だからさ」


 ヴィクトル二世はズイッと身を乗り出し、小さな声で語りかけてきた。

 顔つきがどこかイタズラ小僧のようである。

 エリオットは嫌な予感がした。


「街の様子を直接見に行きたい」


 ほら来た。


近衛このえ隊長にバレたら大騒ぎですよ」

「すでに新人を二人手なずけてある。ちょっとくらい平気さ」

「……ばつを受けるのは僕たちなんですけどね」

「そこは俺がとりなすさ。お前たちはしかたなく国王の命令にしたがっただけだ、王命に逆らえば死刑だぞ!」


 イヤな国王だなあ、と心の中で思う。


「なあお前は変装が得意だろう。別人になれば誰にも気づかれはしないって。

 これは今後の国政のために必要なことなんだ、頼む!」


 ここまで国王陛下に懇願こんがんされては臣下しんかとしてノーとも言えない。

 無理を承知でおともをするしかなかった。

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