第26話 未来への切符

 さてあと二人、今回の事件に関与した人物たちの後日談ごじつだんが残っている。

 エレノア婆さんとその孫娘アンナマリーについてだ。

 彼女たちは事件の大事な証人であるため情報部が保護している。 

 王都内にある賃貸物件の一室を用意して新生活を送っていた。




 ある日、エリオットは目立たぬよう私服で二人の新居を訪問してみた。

 いまだ暗殺などの恐れがあるため、ここの住所はごく一部の人間しか知らない。


 コンコン。


 部屋の扉をノックすると、ハーイ! と元気のよい女の子の声がする。

 ドタドタと走ってくる音。

 そのまま不用心にも扉はガチャッと開かれた。


「あー! エリ――オット様!」


 喜色満面きしょくまんめんのアンナマリーが出迎でむかえてくれた。


「やあアンナマリー。危ないからドアを開ける前に相手を確認しないと――」

「どうぞどうぞ入ってください! おばーちゃーん、エリオット様が来たよー!」


 部屋の奥に声をかけながら腕をグイグイ引いてくる。

 エリオットの忠告など耳に入らない様子。

 玄関扉にはちゃんと確認用の小窓がついていて、開けなくても扉の反対側にいる人物を確認できるようになっているのだ。

 だが、そんな防犯設備も住人が使わなければ意味がない。


(やれやれこの子には都会での暮らし方を一から教えないといけないらしい)


 などと考えながら腕を引っ張られていくと、エレノアおばあさんがつくえにむかって何か書き物をしていた。


「おやおやまた面倒くさそうなのが来たね」


 不愛想にそう言うと、お婆さんはウーンと背筋を伸ばしながら肩を回している。


「頑張ってるようだね」

「冗談じゃないよまったく、よくもまあこんなばつを思いついたもんだ」


 エレノアお婆さんが書いている内容、それは彼女が長い年月をついやして会得えとくした薬草に関する知識を一つ一つまとめた物である。

 これこそエリオットがエレノアお婆さんに課した罪のつぐないかたであった。

 自分が学び得た知識を公開して社会に貢献こうけんせよ、というわけだ。


 人類の歴史というものは壮大そうだいな社会実験と人体実験の集合体である。

 薬学やくがくなどまさに典型的なそれで、『やってみなけりゃわからない』を超大量に積み重ねてきた結果が今なのだ。

 ぶっちゃけ、『この野菜は体を温める』とか『この薬草は食あたりに効く』という結果・・は分かるが、なぜ・・効くのかは分からないというちょっと怖い環境にあるのが実情である。


 なぜ効くのか分からない、でも治ったんだから良いじゃないか!

 めでたしめでたしハッピーエンド!

 ――なんてことを数千年やってきたのが人類である。


 だからこそ『知る』ということが重要なのだ。

 知っていれば何となくでも治せる病気がある。知らなければ普通の風邪かぜでも人間は簡単にバタバタ死んでいく。


 エレノアお婆さんはプロの薬師やくしである。その能力はすでに色々と証明済みだ。

 しかしその薬師が現役でいられるのもせいぜいあと十年くらいだろう。

 死ねばその知識は永遠に失われてしまう。

 そうなる前に書き残せ、世の中の役に立てろ、というのがエリオットの考えた贖罪しょくざいだった。


「へー。文句ばかりのくせに絵までついているじゃないか」


 書きかけの原稿げんこうはイラストつきだった。

 意外と上手にえがくもので、矢印やじるしをつけて文章による特徴の説明もある。

 これなら赤の他人でも理解できるだろう。


「二度も三度も同じことをやらされるのは御免ごめんだからね。どんなアホでも分かるようにしてやってんのさ」

「ありがとう」


 老婆がしきりに首や肩のあたりを気にして辛そうにしているので、エリオットはんでやった。

 貴族がこんな事をするのは非常にめずらしいことだが、かえって文句を言われてしまう。


「痛ッ、イダダッ、よしとくれアンタのはマッサージじゃなくて拷問ごうもんだよ!」

「なんだそうかい」


 彼はつまらなそうに手をはなす。


「そんな事より孫を外へれてってやんなよ。あんたが来るのをずっと待ってたんだ」


 そう言われて少女を見ると期待に胸をふくらませた表情をしている。

 エリオットは彼女の願いをかなえることにした。






「あ~! 今日がいい天気で良かったです~!」


 アンナマリーは飛び跳ねるような元気さで路上に出る。

 すっかり悪い薬が抜けきった今、彼女は本来の活発かっぱつさをとり戻していた。

 クルリと勢いよく一回転してエリオットのもとへ戻ってくる。


「ね、エリオット様、今はどうしてエリーゼ様にならないんですか?」

「あれは仕事専用なんだよ」


 正体不明の謎の美少女、という設定が便利だから女装するのだ。

 変に有名人になってしまっては本末転倒である。


「え~もったいないですよ~。一緒にお買い物とかしたいです~」


 どうも彼女が会いたかったのは『エリオット』ではなく『エリーゼ』のほうらしい。


「買い物だったらこっちの姿で付き合うさ」

「え~っ」


 アンナマリーはまだ不満そうだったがそれでも笑顔に戻って、二人肩をならべ繁華街はんかがいに入っていく。

 大きな高級店がいくつもつらなる中を、キョロキョロと興味深そうにながめている。


「欲しいのがあれば遠慮なく言いなよ」

「えっ!? いいんですか、すっごく高そうですよ!?」

「こう見えて僕も貴族のはしくれさ」


 エリオットの言葉に、どことなくボンヤリとしていたアンナマリーの顔つきが変わった。

 自分とは無縁の高級品と思っていたものに手が届くと知って、眼に欲望の炎が宿る。

 ……が、意外にも彼女はエリオットの提案を拒絶きょぜつした。


「ううう~! 欲しいけど……でもやっぱりいいです!」

「遠慮はいらないよ」

「いえっ、私、いつか自分で買えるようになりたいんです!」


 フンス! とアンナマリーは鼻息はないきあらくこぶしを握りしめ、自分の夢を語りはじめた。


「私、ウィンターブルームの町でいっぱい薬を作って、王都こっちで売ったらお金がい~っぱいもうかるんじゃないかってひらめいちゃったんですよ!」

「ふーん?」


 つねに若さと元気が空回からまわりしているような少女にしては、やけに具体的な発案だった。


「おばあちゃんが薬のことを本にしているのを見てたら、私も何かしなくちゃって思って。

 おばあちゃんの薬は本当に良くきくんですよ。

 た~っくさん作ってみんなに売ったら、みんなに喜ばれてしかも大金持ちに……なんちゃって」


 最後にいきなりトーンダウンしてしまうのは、やはり経験がまったくないからだろう。

 だが案外悪くない考えだとエリオットは感じた。


「ふーん、あの町、土地はあまってたな……。

 元々薬草園を二人でやっていたんだからノウハウはある。

 人を増やせば田畑を拡大するのは難しくない」

「えっ、あ、あの」

「金さえ十分に得られれば生贄いけにえなんて時代錯誤さくごなことも必要なくなるだろう。

 あとは輸送費だが……こればっかりは商品に上乗うわのせするしかないだろうな。 

 いや帰りの馬車は空っぽになるのだから、いっそ兼業で行商ぎょうしょうもやってしまえばいいんだ。

 行きは薬を乗せて、帰りは王都で仕入れた品を乗せて道中で販売すれば……」

「あの~エリオット様? もしも~し!」

「ん? ああごめんごめん」


 つい心ここにあらずになっていたエリオットは謝罪する。


「もしね、将来本当に挑戦してみる気になったなら、我がハミルトン伯爵家が支援するよ。

 この王都で大きな商売をするなら後援者がいないと難しいんだ。

 でも今さらフォーテスキュー子爵家はあてにできないだろ?」

「えっ本当ですか!?」

「ああ本当さ、だけどこれはちゃんとしたビジネスの話だ。

 汚い真似はしないけどちゃんと利益はもらうからね?」

「は、はいっ」


 未来の女社長は興奮した表情で深々と頭を下げた。


「さ、難しい話は終りにしよう。もう少し街を歩いてみようよ」

「はいっ!」


 二人はまた肩をならべ、楽しく雑談しながら街を歩きだす。

 

 経験も財力もない少女が本当に製薬会社の経営者になんてなれるのかどうか。

 それは未来になってみなければわからない事である。

 だが少なくとも彼女は死の運命から解放され、未来にいける切符きっぷを悪漢たちからとり戻した。

 それはまぎれもない真実である。





 こうしてウィンターブルームでの一件は終了する。

 町の問題は解決したが、巨悪の存在はむしろ浮きりになった。

『姫騎士』エリオットの戦いはつづく。


 第一章 完

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