第25話 戦女神と福音のカラス


「あいつ単なる定時報告だって言っていたが、なかなかどうして貴重な情報じゃないか」


 エリオットは同僚のオスカー、デニスと共に資料に目を通していた。

 モリガン女神とか、世の変革とか、なかなか興味深い文言もんごん散見さんけんされる。

 

 デニスは書類のたばながめながらポツリとつぶやいた。


「モリガンっていう女神は、なんとなく聞き覚えがあるような」


 そこはエリオットやオスカーも同意である。

 モリガンというのは古代の自然宗教、ドルイドとかケルト神話などと呼ばれるものに登場する女神様の名だ。

 資料によれば戦争、死、予言、魔術などをつかさどる恐ろしい女神なのだそうな。

 別名を「大いなる女王」、「戦士の女神」。


 オスカーも翻訳ほんやく文を読みながら。


物騒ぶっそうな、戦争でも起こす気なのだろうか」


 などとつぶやいている。

『世を変革する』ということは、変わる前の世は壊すということになる。

 皆が住んでいるこのグレイスタン王国を。


 エリオットは手紙の原文をながめながら言う。


「ありるな。少なくともあいつは自分を正義の味方だとでも思っている雰囲気ふんいきだった」

「ではあの神父、いや司祭とかいうやつは、何百年も昔の女神さまを信じて大昔の国を復活させるつもりだと?」

「うん、迷惑な話だな」


 エリオットは拳を握り、あの満月の夜の戦いを思い返していた。

 グゥィノッグ・ブラナの魂には確かな思想があった。

 強い武力を持ち、深い知識を有するまでにおのれみがいたのは思想があったからである。

 その思想とはモリガン女神という古代の戦女神いくさめがみを信仰し、この世に変革をもたらすことだ。

 最後に見せた脅威の魔術は、女神からさずかったものなのだろう。

 そう考えると辻褄つじつまが合うように思えた。


「あの大学教授なんて名前だったかな。性格のわりに能力はまともだったようだね」


 エリオットはデニスから資料のたばを受け取って、パラパラとページをめくる。

 中には『グゥィノッグ・ブラナ』という名の意味するところまで書かれていた。

 古代ケルトの言葉で直訳ちょくやくすると『幸福のカラス』。

 意訳するなら『神の福音ふくいんをもたらすカラス』という意味になるのではないか、とのことだった。


 カラスはケルト神話にとって重要な生き物なのだと資料に書いてある。

 モリガン女神にとってもそれは例外でなく、女神はカラスの姿を借りて地上に降臨こうりんし人々に予言をもたらすのだそうな。

 あのグゥィノッグ・ブラナ司祭がカラスのような翼を使えた理由は、荒唐無稽こうとうむけいながらモリガン女神の加護によるものと考えて間違いなかろう。


「一体こんな馬鹿な話、どうやって陛下に報告すればいいんだ」


 うんざり顔で天井にむかってため息をつくエリオットであった。


 おそらくあのウィンターブルームの町は実験場だったのだろう。

 新しい宗教とその戒律かいりつで人々を支配する。

 世の中に対する不平不満はあやしげな薬品で住民を無力化しておさえつける。

 それでも制御できない場合は生贄いけにえとして粛清しゅくせいする。

 これらのことを実際にやってみた場合どうなるのか、それを確かめるための実験場だったのだ。


 グゥィノッグ・ブラナ司祭を止めなければ第二、第三のウィンターブルームが作られ、悲劇はくり返されるだろう。

 いやもしかしたらすでにいくつか存在しているのかもしれない。

 あの男は一刻も早く退治されなくてはならない。

 そしてそれは自分の役目だと、エリオットは強く感じた。


(どこにいるんだグゥィノッグ・ブラナ。

 早く出てこい、すぐにとどめを刺してやる)


 きびしい表情で職場の天井を見つめるエリオット。

 残念だが今はまだその時ではない。今はまだ。

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