第20話 剣の舞

「ためらうな! さっさと始末しまつするのだ!」


 ブラナ神父は厳しい口調で攻撃命令を下す。子爵はアワアワと口を動かすだけで、結局なにもしない。

 十人の護衛たちはもはやどちらが主人だか分からぬような有り様であったが、それでも気を取りなおして先頭のエリオットに襲いかかる。


「エリオット!」


 後方からオスカーが細剣レイピアさやごと投げて寄こした。

 エリオットは空中でそれを受け取る。

 そしてすでに眼前にせまっていた男の横っつらを鞘で殴り飛ばした。


「ギャッ!」


 硬く丈夫な木材に金属の装飾で補強されたさやは、強度も重量も十分な武器であった。

 脳震盪のうしんとうをおこしてくずれ落ちる男を尻目しりめに、エリオットは白刃を抜きはなつ。

 満月の光をあびた切っ先が闇夜に輝く。


「お前たち、こんな事で命を捨てるな。投降するなら助けてやる」


 少年のような外見の男にこんな事を言われて、ハイそうですかと素直になれる敵は居ない。

 そもそもまだ九対三の人数差である。

 躊躇ためらいなく次の男が襲いかかってきた。


「オリャアッ!」


 剣を高々と振り上げて突っ込んでくる。

 エリオットは白刃と同じくらい冷たい目つきで、剣をかかげている敵の腕を刺しつらぬいた。


「ひ、ぎ……ぁっ!」


 男は声にならない悲鳴をあげながら激痛にもだえる。

 剣をかかげたまま前にも後ろにも動けなくなった男の鳩尾みぞおちに強烈な蹴りが炸裂した。

 相手は腕から大量の血を流し、口から胃液をまき散らすひどい有り様で倒れてしまう。

 当たり前のように戦意喪失そうしつしていた。

 残り八人。


「このガキ……ヒィッ!?」


 横からせまってきた三人目の男ののどには、早くもエリオットの剣先が突きつけられていた。

 二人目の男を足で蹴り倒す、その動きが刺さった剣を引き抜く動作になっていたのだ。

 死角から奇襲したつもりの三人目だったが、そんな安い手の通じる相手ではなかった。


「うわ、わ、わわ……!」


 男の喉から少量の血が流れ出ている。

 あとほんのわずかに深くえぐれば、簡単にこの男は死ぬ。


 ジリジリと後ろに下がっていく男。

 しかしエリオットも同じ速度でジリジリと押していく。


「ま、待って、殺さないで」

「フン」


 エリオットはつまらなそうな顔で鼻を鳴らした。

 殺してしまってもいいが、それほど価値のある敵とも思えない。

 彼は殺すかわりに硬い革靴で男の股間を蹴りあげた。

 敵は泣きそうな表情で前のめりに崩れ落ちる。

 残り七人。


「な、な、なにをやっておるか、ちゃんとやれ貴様らー!」


 フォーテスキュー子爵がようやくまともに口をきいた。

 戦いがはじまってからまだわずかな秒数しかたっていないが、彼の兵は早くも三割が脱落している。

 戦場では五割の戦闘不能で『壊滅』と表現するのだが、この男たちはあとどのくらい部隊を維持できるのだろう。


 一方のエリオットはかすり傷一つなく、呼吸も乱れていない。

 余裕よゆうの表情でレイピアを構える立ち姿は優雅ですらあった。

 そんな彼の左右から二人の仲間、デニスとオスカーが飛び出してくる。


「こんなもんかよ?」

「しょせん正規軍ではありませんからね!」


 デニスの武器は短槍ショートスピア、オスカーは片刃のサーベルだ。

 デニスは槍の前後をクルリと替えて石突いしづきで。

 オスカーも刃を返し峰打みねうちで。

 無駄な殺生せっしょうをしないよう手加減する三人の騎士だったが、それでも倍以上の敵を圧倒した。


「ハアーッ!!」


 偉丈夫いじょうぶのオスカーが振るうサーベルは峰打ちとはいえ一撃で骨をも砕き、次々と敵を戦闘不能にしてしまう。


「ほい、ほい、ほいっと」

「のわぁっ!」


 デニスは熟練の槍技で相手の目をくらませて翻弄ほんろうする。たくみなフェイントに目をくらませた相手は、いつの間にか仕掛けられていた足払いをくらって盛大にズッコケた。


「ホラホラ、後ろにいるからってボンヤリしてちゃダメだよ」


 最前線の二人に後方の敵が気を取られていると、横からエリオットが疾風しっぷうのように駆けてきて戦力をぎ落していく。


 まさに一心同体。数の多さだけが頼りだった敵兵は三人のチームワークの前に見る影もなくボロボロになっていった。

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