第19話 論戦、ブラナVSエリーゼ

 運悪くフォーテスキュー子爵は素顔をさらしたまま道を歩いていた。他の者とおなじように顔を隠していればどうにか誤魔化せたかもしれないのに。

 こうもバッチリと顔を確認されてしまっては、もはや言いのがれは出来ない。

 後方にいた護衛や町人たちもザワザワと騒ぎだしてしまった。


「わが師よ、どうするのだ!」


 子爵はあからさまに取り乱しブラナ神父の肩をつかんだ。

 神父は一瞬狂暴な目つきになり、つかまれた手を乱暴につかみ返す。


「痛ッ!?」

「おおこれは失礼を。しかしご安心ください。

 このような者どもが王国騎士などと、そのような虚言きょげんまどわされてはいけません。

 あんなにせの紙切れも信ずるにあたいしません」


 偽の紙切れと言われ、エリーゼはムッとした顔で二人の会話に割り込んだ。

 これは直接国王陛下に面会し署名しょめいをもらってきた文書である。

 国王と乳兄弟ちきょうだいという特別な立場だからこそ手に入れられた貴重品で、それを侮辱ぶじょくすることは王と自分の友情を侮辱するにひとしい無礼だった。


「無礼な、これは国王陛下直筆じきひつの署名がはいった正式の指令書ですのよ。

 態度をあらため協力なさい。さもなければあなたは王国法によって処罰しょばつの対象になります」


 毅然きぜんとしたエリーゼの態度。

 しかしブラナ神父は猛然と反論した。

 ここで『はいそうですか』と簡単に降参するようでは腹黒はらぐろい世の中を生きていけない。

 降参=死罪なのは明白めいはくである。何がなんでも勝ち残るしか道はなかった。


だまれ小娘! 貴様のような小娘が王国騎士などと、誰が信じる! 

 貴様のほうこそ王国貴族に対し無礼であるぞ!

 さあ子爵様、この無礼な詐欺師さぎしどもの方こそさばかれるべきです。兵に命じて逮捕させるのです!」

「う、うむ……」


 しかしフォーテスキュー子爵の判断は鈍重どんじゅうであった。

 彼は肉体と同様、精神の動きもにぶい。

 

(いい加減にしろブタめ! このような時に動かなくてどうするというのか!)


 とうとうブラナ神父は忍耐の限界をこえ、怒りの表情で勝手に護衛たちに命令を下した。


「早くあの者たちを捕らえよ、抵抗するなら殺してもかまわん!

 子爵様をお守りできなければお前たちも処罰されるのだぞ!」


 神父の怒号どごうを聞き、十人の護衛たちは一斉に殺気だった。

 どうやら彼らのほうが子爵よりよほど知恵がまわるようだ。

 今後も幸せな人生でありたいと願うなら、まずは目の前にいる三人の邪魔者をつぶさなくてはいけない。

 こまかい理屈は子爵と神父が後からどうとでも考えるだろう。

 そんな事より重要なのは、目の前の三人を逃がさずキッチリ潰すことだ。


 殺気だった目つきで凶器をかまえた敵勢を見て、エリーゼは『まあそうなるでしょうね』という表情を見せた。 


「小娘だからどうとでもなるとお思い? 

 だったら男になりましょうか!」


 エリーゼはこの時のためにわざとワンサイズ大きなドレスをかさね着していた。

 そのドレスとかつらをつかみ、バッ! と素早く脱ぎ捨てる。

 一瞬にして美少女・エリーゼは美男・エリオットへと早変わりしていた。

 突然のことに敵勢はギョッと驚き、動きを止める。

 ブラナ神父も眼を大きく見開き驚愕きょうがくしていた。


「お前はあの時の子供……!?

 ええい、ためらうな! 殺してしまえ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る