第18話 月下に響くブタの鳴き声

 地下祭壇での儀式は問題なく終了した。

 アンナマリーは飢餓きがとお香の影響で抵抗もできず、グッタリとしたまま町人たちの手によって地上へ運ばれてゆく。


 フォーテスキュー子爵がしばしの休憩きゅうけいを求めたので、一階の別室に案内された。

 神父はキッチンへ行って水をくんでくる。


「ブハァ、暑いな! たまらん!」


 自身の三角頭巾ずきんを乱暴に取り払うと、でっぷりえた醜悪しゅうあくな顔があらわになる。


「もう少しこらえてください」


 子爵は神父が持ってきたカップをひったくり中に入った水を一息に飲み干した。

 

「なあ我が師よ、これでさらに山登りというのはこくではないか?

 私はここで神に祈りを捧げていようかと思うのだが?」


 たしかに覆面ふくめん姿すがたで山登りというのは少しばかりキツイものだ。

 だが神父と町人たちには問題なく実行できる程度の苦労でしかない。

 ようは子爵が太りすぎなのだ。


 神父はわずかに嫌そうな表情を浮かべ、しかし丁寧ていねいさとした。


「我らが神は天空を翔けるお方。建物の中にいては気づいていただけないかもしれませんぞ?」

「しかし……」

「子爵様の席はいうまでもなく主席しゅせき。もっとも良いお立場で神のお目にかかれる機会を、わざわざ私にゆずるとおっしゃいますか?」

「むむむ……」


 仕方なく子爵はもう一度三角頭巾をかぶりなおした。


「ご納得いただけまして何よりです。では片付けてまいりますね」


 ブラナ神父はニコニコと微笑ほほえみながら空のカップを持って部屋を出る。

 だが次の瞬間には表情が一変していた。


 ――ブタが。


 口がそう動いた。誰が聞いているか知れたものではないので声には出さない。

 こんなちょっとした短い動作だけでも、神父がフォーテスキュー子爵に好印象を抱いていないのは明白であった。

 彼もまた、権力者に取り入ってうまく利用しているだけにすぎない。






 神父と子爵が表に出ると、すでに生贄を運ぶ準備はできていた。


 木造の粗末な荷車にアンナマリーが眠らされている。

 中には花がきつめられていて、最低限の見映みばえは整えられていた。

 となりには季節の野菜や果物、川魚といった副菜を抱えている町人たちが立っている。

 子爵の護衛騎士が十名。

 そしてそれ以外の庶民たちが最後尾につづく。


 護衛たちは騎馬でこの町に来たが、あいにく山登りは徒歩とほだ。

 理由はシンプルで、闇夜の山を馬上でのぼるのは危険すぎるためだ。

 しげる枝葉に引っかかって落馬、そのままの勢いで崖下がけしたへ……などという展開は普通にあり得るので不可能なのである。


 そんな理由で、とうとき者もいやしき者も、みな平等に徒歩で歩きだす。

 ある意味『神の前ではみな平等』と言えるかもしれない。


「ブフゥッ、やはり暑い!」


 歩きはじめて数分後、子爵は自分の頭巾ずきんをとってしまった。

 ブタと陰口かげぐちをたたかれるほどの肥満体にはやはりつらいらしい。


「…………」


 神父は苦い表情をしたが、あえてなにも言わなかった。

 もうすっかり夜である。

 満月の光に照らされているものの、見ようと思わなければ他者の顔は見えない。

 本人が気にしないというなら素顔をさらしていても、まあ良かろう。


 行列はさらに山へむかって進みつづける。

 そして最後の分かれ道にたどりついた。

 一つは直進して山へ行く登山道。

 もう一つは横へそれて町はずれに行く道。

 このあたりには民家もなく、視界をさえぎるものは大きな木が一本はえているだけ。

 そこそこ広く開けた場所である。


 一行がそんな曲がり角の付け根部分にさしかかった時だった。


「お待ち下さいな、そちらのご一行!」


 突然こちらを呼びとめる大声。

 木のかげから三つの人影が飛び出した。

 今宵こよいは満月だ。

 足元に影がうつるほどまぶしい月光が、あらわれた三人の姿を鮮明に照らす。


 エリーゼ、オスカー、デニスの三人だ。


 オスカーは手荷物から書類を取り出し、集団に堂々と見せつけた。

 月明かりではさすがに文面までは読みとれないが、高級紙に書かれた公式文書であることは察せられる。


「我々は王国騎士団情報部の者です!

 レジナルド・フォーテスキュー子爵! グゥィノッグ・ブラナ神父! その他の者ども!

 あなた方には悪魔崇拝の嫌疑けんぎがかけられております!

 王命にしたがい調査にご協力いただけることを要請ようせいいたします!」


 臨機応変りんきおうへんな行動は苦手とするオスカーであったが、そのかわり予定通りの行動を正確に実行するのは得意であった。

 その声は名工の楽器のように堂々と高らかににひびきわたり、聞くものすべてに衝撃しょうげきを与える。


 特に、落ち着きのないブタには効果抜群ばつぐんだった。


「お、王国騎士団だと!? 聞いておらんぞそんな話は!」

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