第17話 逢魔が時の白頭巾たち

 空が夕陽ゆうひによってあかね色に染まるころ、町の大人たちはそれぞれの家で祭儀さいぎの準備をはじめる。

 各家庭の箪笥タンスの奥に、三角形の形をした白い頭巾ずきんかくすようにしまってあった。


 ――別に隠さなければいけない決まりは無いのだが、心中のやましさから自然と目につきにくい場所に片付けたくなってしまうのだ――。


 各家庭の家長かちょうはその頭巾をかぶって薄暗くなった町に出る。

 すると同じように三角形の頭巾をかぶったあやしげな集団が一つの方向にむかって歩いているのだった。

 白い頭巾の集団は一人、また一人と参加者を増やし続け、行列をなして教会に集まっていく。


 誰一人として口をきかない。

 皆どこか陰鬱いんうつな気配を発している。

 彼らはこれから生贄いけにえささげるという、他者にはいえないやましいことをするのだ。


 心からやりたいと思っている町人などまず居ないだろう。

 本当に必要なことだと信じている町人ですら、はたしてどれほど居るのやら。

 できればやりたくない。

 だがはるかな昔からこの町で行われてきた重要な儀式だから、仕方なく参加しなくてはいけない。

 参加しないようなままな一家は周囲から敵視され、バレたらいわゆる村八分むらはちぶにされてしまう。

 それは次回の生贄に選ばれることを意味した。

 

 だがその一方で、嬉々ききとして生贄を殺すような無法者も歓迎かんげいされなかった。

 そういう人間は危険人物あつかいされて、様々な方法・・・・・で町から排除される。

 いつもの日常に戻ってきた時、殺人を楽しむような人物が愛されるはずもないのだ。

 

 今日これから始まる生贄の儀式は、そういう非日常でありながら日常と無関係でもないという、とても曖昧あいまいな空気感の中でおこなわれるものであった。

 だから住人たちは頭巾ずきんをかぶって正体を誤魔化ごまかす。

 実は親しい間柄あいだがらであれば顔を隠したって正体は分かってしまうものだ。

 親しい仲間の体格、服装、歩き方。そんなものは覆面ふくめんひとつで誤魔化せはしない。

 だがそれでも町人たちは頭巾をかぶって自分を誤魔化す。

 知り合いに出会っても他人のふりをして誤魔化す。

 

 白い三角形の頭巾をかぶるという行為は、彼らが日常と非日常を行ったり来たりするためにどうしても必要な『誤魔化ごまかし』の手段であった。





「なんだあの気持ち悪い連中は……」

「いよいよ始まるようですね」

 

 デニスがぼやき、オスカーが厳しい表情で道行く白頭巾しろずきんの集団をにらんでいる。

 ギリギリ教会周辺が視認できるくらいに遠く離れた位置から、エリーゼたち三人は町人たちの不気味な集団行動を観察していた。

 あの三角頭巾の気持ち悪い集団の中に、エレノア婆さんは混ざっていない。

 今はエリーゼたちの馬車で旅の荷物と一緒に待機中である。


「やれやれ、あの婆さんがいなかったら今回は見送るしかなかったかもしれんなあ」


 デニスがハンカチで脂汗あぶらあせをぬぐいながらつぶやく。

 この偵察場所しかり、儀式の流れしかり、外部の人間たちには知る方法もないことばかりであった。


・教会の地下祭壇さいだんで地の神にいの

・山の中腹にある祭壇で空の神に祈る

・最後にがけから落として森の神に祈る


 こんな三段階もある面倒めんどうな儀式だと知らなければ生贄の救出作戦などたてようもなく、可哀そうだと思いつつも見殺しにしかできなかった。


 エリーゼたちが考えたアンナマリー救出作戦とは、ズバリ『待ち伏せ』である。

 地の神とやらに捧げる儀式終了の後、敵の一行は地上へ出てアンナマリーを山へ運び始める。

 そこを襲撃しゅうげきして奪取だっしゅしようという作戦だった。

 こんな事は町を知り尽くしている協力者がいなければ到底とうてい不可能な案だ。

 その点、いいタイミングで協力者を得られた三人の王国騎士たちは幸運であったといえる。


「では行きましょうか」


 エリーゼは先頭に立って走りはじめる。

 一見これまでと同じ旅行用のドレス姿だが、実はワンサイズ大きい。

 さらによく観察すると足元にちがいが見えた。


 靴は頑丈がんじょうそうな革製のブーツ。

 その上にチラッと見えているのは白い生足でもストッキングでもなく、男物のズボンであった。

 内側に動きやすい服を着こんでいる。これが彼流の戦闘準備だった。


「この世に悪がさかえたためしなし。子爵様、目にもの見せてさしあげますわ!」


 美しい顔をゆがめて不敵ふてきに笑うエリーゼ。いやエリオット?

 スカートが大胆だいたんにひるがえるのも構わず疾走しっそうするその姿は、どこか猫科の猛獣を思わせた。

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