第6話 疾走する黒い影

 夜の町を疾走しっそうする小柄こがらな影があった。


 まずしいウィンターブルームの町に街灯がいとうなどという金のかかるものはない。

 存在する光といえば基本は月明かり。

 あとはせいぜい各家庭の暖炉だんろかまどの火が外に少しばかりこぼれて見えるくらいだ。

 事実上、ウィンターブルームの夜は真っ暗闇なのである。


 そんな暗闇の中を、女装を解いたエリオットが疾駆しっくしていた。

 服装は動きやすさと隠密性を重視した黒装束くろしょうぞく

 護身用にやや大きめのナイフを用意している。


 闇夜に隠密行動をしている理由は、もちろん教会の探索が目的だ。

 あの建物の地下に秘密の祭壇さいだんがあるという。

 そこを探れば今回の任務は達成したも同然だろう。


 ちなみに今はまだ酒場で情報収集を行ったその夜である。

 まだこのウィンターブルームに到着してからまる一日も経過していない。

 ちょっと過密すぎるスケジュールではあるが、様子見だけでもしておきたいというエリオットの強い願いからこんな行動になっている。 


 というのも潜入作戦というのはどうしても運の要素があり、タイミングを逃すとどうにもならなくなってしまうことがあるのだ。

 全然まったく関係のない理由で対象物の警備が厳重になってしまうことなどもあって、とりあえずやれる時に簡単な確認だけでもしておいたほうが良い、というのがエリオットの経験則だった。


 ザアーッ、と草木のざわめく音がする。

 今日は夜風が強いようだ、あるいはもともと風の強い地方なのかもしれない。

 どちらにせよ好都合こうつごうだ。潜入者のちょっとした物音をかくしてくれる。


 さほど大きな町でもない。教会の外へはすぐにたどり着いた。

 途中で誰かに見つかるようなヘマはしていない。

 チラッと誰かに見られるようなことがあったとしてもこの闇夜だ、エリオットの体格なら近所の青少年がうろついていたようにしか見えなかっただろう。


(さて、こんな所を警備する兵なんているわけないか)


 教会の外は当然のように無人であった。

 入り口はさすがに閉ざされているが、特に防犯設備がととのっている建物ではないことを昼間のうちに確認ずみだ。

 エリオットは裏口に回り込むとナイフを取り出し、扉の隙間すきまに差し込んでかんぬきをはずした。

 そしてすみやかに教会内に侵入する。

 扉を閉めると夜風が木々をざわめかせる音が遠くなり、急に静かになった。





 神の家と表現されることもある教会だが、深夜に一人ぼっちとなると独特な不気味さがあった。

 木々がざわめき、風が鎧戸よろいどを鳴らす音にまぎれて、エリオットは慎重に建物内を歩く。

 この歩法は昆虫こんちゅう蟷螂カマキリから学んだものである。

 蟷螂カマキリはその緑色の身体で植物のくきに擬態して隠れひそみ、獲物の昆虫を待つ。

 花のみつにさそわれて獲物が来ても、すぐれた蟷螂カマキリは雑に襲いかかったりしない。

 風が吹き、植物全体がゆれる、その瞬間にジリジリと近づいていくのだ。

 獲物は吹き飛ばされまいとして花にしがみつく。みずから動かなくなってしまう。

 そこを電光石火の速さでおそいかかるのだ。


 今、エリオットの心境は少年時代に見た蟷螂カマキリのそれだ。

 夜の闇におのれの姿を隠す。

 風の音におのれの音を隠す。

 

 ふと風が静まった瞬間、彼は廊下ろうかの途中で足を止めた。


 コツ、コツ、コツ、コツ……。


 少しはなれた場所から何者かの足音がする。

 履物はきものは革靴。

 音の質感からわりと体格の大きな人間だとわかる、つまり男だ。


(消去法でブラナ神父の方だな)


 昼間の下調べで教会の構造は頭の中にある。

 神父たちの居住スペースから祭壇さいだん方面へ移動しているようだ。

 こんな深夜に何をしているのだろう?

 不審な行動であった。


(どうする? 追うか、それとも……?)


 彼を追った先で重大な情報を発見できる可能性がある。

 だが発見される危険性も飛躍ひやく的に高まってしまうだろう。


 そしてこの状況でもう一つ出来ることがあって、それは無人となった今のうちに神父の私室を探ることだ。

 こちらは比較的リスクの低い行動になるが、しかし絶対に安全とまではいえない。


 どちらが得かは運まかせのギャンブルに近い。迷うところだ。 

 ともあれ途中までは同じ道であるため、エリオットは気配を殺して慎重に進む。

 

 わずかな時間をかけて、彼は祭壇の前に着いた。

 美麗であったステンドグラスも陽の光なくしては輝けず、神像も今は眠るがごとしである。

 神父の姿はない。どこに居るのか。

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