第3話 迷子(の老人)
ある晩の9時半頃、「ピン・ポン」と、ドアベルが鳴る。
ドアを開けると、暗闇の中に一人のおばあちゃん(80才くらい)が立っている。
私を見るとにっこり笑い、「あーれ、まぁ、こんな所に・・・」と、わけのわからないことを口にする。いわゆる「徘徊老人」らしい。
晩秋の外は寒いので、取り敢えず居間に通し熱いお茶を出すと、おいしそうに飲んで部屋の中をキョロキョロ見回し、何か話しているのですが意味はわからない。
名前や住所を聞いても、とんちんかんな回答ばかりで、埒があかない。
夜も遅いし、警察に電話することにしました。
その時はたまたま、北鎌倉駅前の交番に警察官が居たらしく、15分ほどで一人の警察官(35才くらい)が来たので、居間に通しました。
驚いたのは、この警察官自身が自閉症の子供のようで、相手の目を見てキチッと話ができない。お年寄りに対する質問の仕方もぶっきらぼうで、誠意が感じられない。警察官に多い、大学の柔道部員(もっそりした)タイプでもないし、ひ弱なオタクタイプでもない。
私たちは、警察官というのは1年間の警察学校時代に、「ボケ老人との話し方」といった学理や技術を学んできているものかと思っていたのですが、そんな知性は全く感じられない。
警察官:「おばあちゃん、名前は ?」
おばあちゃん :「・・・」
警察官「だーめだ、こりゃあ。」で、お終いです !
で、警官は携帯電話で(大船警察)署に電話します。
「・・・、うん、ぼけちゃってぜんぜん駄目なんだわ。○○(警察官の符牒でパトカーのことらしい)よこして、・・・。」と、コソコソという感じで、小声で話をしている。
(この事件から10年後になりますが、台湾で見た、ハキハキ・キビキビ・すっきりした、誠意と善意のある若者らしい警察官に、私は愕然としました。「これが同じ警察官なのか」と。)
私の妻は高校生の頃から、寝たきりだった彼女の祖母の介護を経験してきているのですが、警官が電話をしている時「年寄りって耳が遠いから、大きな声で話してみればどうかしら ?」と思い立ったように言うと、大きな声で「おばあちゃん、お名前は何と言うのですか ?」と聞くと、「○○○○」と答えるではないですか !
そこで、彼女がメモ用紙を差し出し「名前と住所を書いて下さい !」と叫ぶように言うと、綺麗な字(達筆)でしっかりと書くのです !
しかも、電話番号まで。
私たちの家は建長寺の近くなのですが、おばあちゃんの家はそこから2キロくらいの所(大船駅の近くで資生堂の工場がある辺り)だったのです。おそらく、おばあちゃんの足では2・3時間かかってここまで来たのでしょう。
それにしても、「人身受け難し、いま既に受く」「仏法聞き難し いま既に聞く」(金剛経)ではありませんが、この広い街の中を何時間も徘徊して辿り着いたのが私たちの家であったというのは、何か因縁を感じました。
とにかく、これで問題解決。
数分後、おばあちゃんと薄らボンヤリしたこの警察官は、到着したパトカーに乗って去りました。
面白かったのは、おばあちゃんが名前と住所を書いたメモに、妻は警察官に「あなたの名前も書いて下さい」と言って、彼の名前も書かせたことです。
あとで理由(わけ)を尋ねると「あんな頼りない警察官じゃ、あとで何か問題が起きるかもしれないから」と。
「どんな問題が起きるんだろう ?」
「おばあちゃんが家に帰ったら、財布がなくなっていたとか・・・。」
確かに、明るさや公明正大さが全く感じられない、コソコソ・ウジウジした感じの警察官でしたが、彼の場合、警察組織の影響というよりも、彼自身が縄文人(在来種)らしくない人でした。大学の体育会にはいないタイプです。
数日後、隣に住む妻の父親と、家の前でバッタリ会いました。(義理の)父は妻からこの話を聞いていたようでした。
「例のばあさんの家から何か連絡があったのか ?」と聞かれたので、「何もありません」と答えました。
すると、父はこう言いました。
「そりゃあ、警察官が自分の手柄にしたんだな。」
「???」
「だってそうだろう。夜、徘徊していた婆さんを家に入れて保護して、名前や住所を聞き出したのは○○子(私の妻)だろう。普通は『お世話になりました』と言って、お前の所へ挨拶に来るもんだ。」
「その警官はお前たちの事は話さずに、自分が保護したことにしたんだろうぜ。」
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51才のある警察官(警部補)が、数年間に亙り2,000件近くの「過大違反」切符を切ることで、本来違反していない人たちから「総計1,500万円以上の過大徴収」をしていた、という新聞記事(2023年7月15日 日経)がありました。
動機は「仕事ができると思われたかった」ということなのですが、 これが「日本の警察官の仕事」であり問題解決能力というものなのです。
2023年7月16日
V.2.1
平栗雅人
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