第37話 仙女様のお仕事

 翌日、アヤメの決勝戦を楽しみにした観客はアヤメが現れないことに困惑していた。


 大会事務局からアヤメの棄権とその理由(興味がないこと)が告知され、対戦相手の優勝が告げられた。


「ええええええええ!?」


対戦相手共に観客全員が開いた口が塞がらなかった。


 優勝したのはカナメと予選で当たったあのリザードマン、コモドドラゴンの獣人、サバナであった。


 この決勝戦不戦勝という出来事により、閉会式が予定よりもうんと早く行われた。


 その影響により街を散策する人が増え、店の売り上げは通年より良くなるという謎の経済効果を生み出した。

 特にアヤメ・カナメグッズの売れゆきは凄まじかったそうだ。

 もちろん、あのレストランも2人が立ち寄ったレストランとして、また宿屋も2人が泊まった宿屋として非常に繁盛したそうだ。



 栄光都市から銀狼州州都までは1週間ほどかかる旅程だが、仙女様は急ぐとのことで、街を出てすぐロケットのような速さで帰って行った。


 対するカナメたち一家は1週間以上かけてのんびりと州都に帰った。


 城に着き、久々の自分の部屋で寛ぐカナメ。


「あー! マイルーム最っ高!」


 ダラダラしていると、ドアがノックされた。


「カナメー!」


 姉が入ってくる。


「何? どうしたの?」


「あのね、カナメの身体のこともあるし、大会の疲れが取れたらで良いんだけど、また仙女様の所に行かない?」


「! 姉上も行くの?! オレはもっと強くなりたいから、行くつもりだったけど。姉上はもう修行する必要無いんじゃない?」


「んー。なんというか、仙女様のお手伝いがしたいなって思ったの。このまま城にいても時間を無駄にしてしまいそうだし、私のできることを一つでもやっていきたいわ」


「そっか。じゃあ、いつ行くか決めよう!」


 2人は、仙女様の所にいつ行くかを話し合った。


 翌日、2人の元に大量のファンレターや求婚状が届く。


 父ナツメはアヤメに婚姻を薦めたが、アヤメは仙女様の手伝いがしたいとそれを突っぱねた。

 項垂れるナツメにミドリが


「まだまだ娘が側にいてくれると思ったら幸せじゃないですか」


と慰めた。


 そして、その翌日もその次の日も、連日城には大量のラブレターが届き続けた。

 2人は逃げるように城を出て仙女様の元へ向かった。


「「師匠ー!」」


 2人で声を揃えて呼びかける。

 すると奥から仙女様が出てきた。


「おやおや、また来たのですか、あなたたち。」

「「はい!」」


 2人は満面の笑みで答えた。

 2人は完全なおばあちゃん子となっていた。





 それからしばらく2人は仙女様の元で手伝いをしながら、時間のある時は仙女様に修行をつけてもらい過ごした。


 ある日、仙女様がアヤメとカナメに呼びかけた。


「今日は2人に付いて来てもらいたい所があります。少し険しい山道を通るので、そのつもりでいて下さい」

「「はい!」」


 2人で返事をする。そしてアヤメが続けた。


「何か持ち物はいりますか?」

「持ち物は特にありません。が、そうですねぇ……もしもの時のために薬草は持って行きましょうか」


 それを聞き、2人は薬草を多めに準備した。


「2人とも準備できましたね? それでは向かいましょう。アヤメ、今後私の手伝いを続けて行くなら、出来るだけ道を覚えていてください」


 仙女様はそう伝えると歩き出した。


 3人は仙女様の社の裏手から獣道に入る。

 しばらく道なりに進むと、木々が徐々になくなりだし、岩肌の目立つ景色となった。


 そこを通りながらどんどんと山道を登っていく。

 カナメは周りを珍しそうに見渡しながら


「師匠のお社もかなり標高が高いのに、まだ登るルートがあったんですね」


と話しかけた。


「ええ、私の社からしかここへは来れないようになっているので、ある意味未開の地ですよ。私の代でここに私以外に入ったのは、村長以外ではあなた達が初めてですよ」


 仙女様は楽しそうに答える。


「「初めて……」」


 アヤメとカナメはその言葉に嬉しくなり口元が緩んだ。


「ふふ。本当に2人はソックリというか、仲が良いというか。見ていて飽きないですね」


 仙女様は2人を見ながらニコニコとしていた。


 道なりに進んだ先に洞窟があった。

 洞窟の前で仙女様が立ち止まり、2人を見回す。


「さて、ここから大事な約束をお願いします。まず、この先何があろうとも気を暴れさせないでください。何を見ようとも、何が起ころうとも、です。あ! 怖気付くのは構いませんよ。殺気などで気を暴れさすことに気を付けてくださいね。そして、大声、これも禁止です。わかりましたか?」

「「はい」」


 2人は声を抑えて返事をした。


 そんな2人を満足そうに見た後


「では、参りましょうか」


と仙女様は歩き出した。


「なぁ、もしかして、これってもしかするのかな?」


 カナメがアヤメにコソッと話しかける。


「そうね、そんな気がするわ。私かなり緊張してるかも」


 アヤメもカナメに同意する。


 仙女様は2人の会話に気が付きつつも、素知らぬ顔で歩き続けた。

 洞窟の中はかなり温度が高かった。

 奥に進めば進む程、暑くなっていく。


「この奥にこの山の火口があります。そこを目指しています。まだもう少し暑くなるので頑張ってくださいね」


 仙女様は2人に声を掛けながらどんどんと進んだ。

 しばらく歩くと、突き当たりに扉があった。

 仙女様は扉に手を当てて2人に振り返った。

 仙女様は唇に人差し指を当てて、静かにというゼスチャーをする。

 2人は口を閉じ頷いた。


 仙女様は扉をそっと開く。

 そして2人を招き入れた。


 扉に近付くと中からモワッとした空気が溢れ出してくる。

 空気が熱い。

 肺が焼け付くようで息が苦しい。

 それに負けじと気をまとい、足を踏み込む。


 中はマグマの煮えたぎる火口となっていた。


 そしてそのマグマに浸かるように1匹のドラゴンが眠っていた。

 ドラゴンはとても気持ち良さそうに寝ている。

 仙女様は2人をこっちだと手招きする。

 仙女様の所まで行くと、ドラゴンの顔が近くに見える。


「これが……ドラゴン……」


 2人はその巨大さに圧倒される。


 そして本能で感じる絶対的強者の空気。


 2人は恐怖から暴れそうになる気を必死に抑えこんだ。


 仙女様が荷物から鈴を取り出し、優しく鳴らした。すると、ドラゴンが薄目を開けて、仙女様を見る。

 ドラゴンはまるで飼い犬のように仙女様の所へ頭を持っていき、大人しくしていた。

 仙女様はそのドラゴンの鼻周りを優しく撫でてあげていた。


「結構甘えん坊な子なんです。アヤメ、カナメ、あなた達も撫でてごらんなさい」


 2人は恐る恐る手を伸ばし、ドラゴンに触れる。ドラゴンの硬い鱗の感触とその体温を感じながら手を優しく動かす。

 ドラゴンは一度目を開けたが、また気持ち良さそうに目を閉じてジッとしていた。

 徐々に恐怖と緊張が和らぎ、2人は優しい気持ちでドラゴンを撫でられるようになった。


 しばらくの間撫でていると、再びドラゴンは目を開け、小さくグルルルと鳴くと頭を動かし再び寝る体勢に入った。


「ふふ。2人とも気に入ってもらえたようですね。良かったです。ドラゴンの状態も確認できましたし、では、家に戻りましょうか」


 仙女様は鈴を丁寧に片付け、ドラゴンの巣から出た。2人もそれに続く。


 洞窟を出て、下山しながら仙女様が話し始めた。


「2人とも、声や殺気、よく我慢してくれましたね。おかげで、また気持ち良く眠ってくれました。ドラゴンはいかがでしたか?」


 先に口を開いたのはアヤメだった。


「最初は恐かったです。本能的に恐れが先走り、気が暴れそうになって、抑えるのに苦労しました。でも、師匠の様子や実際に触れてみて、その温かさや穏やかさを感じると可愛く見えてきました」


「そうですか。それは良かったです。カナメはどうですか?」


「オレも初め姉上と同じでした。あの口の大きさとかオレ、一口で丸呑みだし。で、撫でるのを許してもらえて、撫でてるうちに、あの鱗とかフォルムが格好良いなと思いました。仲良くなりたいです。もし仲良くなれたら、背中に乗せてもらって飛んでみたいです!」


「はははっ! あの子の背中に乗るのかい? 守神みたいなものですよ? カナメは本当に面白いですねぇ」


 仙女様は声をあげて笑った。

 仙女様のそんな姿を初めて見た2人は、目を丸くしたが、仙女様にその姿を見せて貰えたことがとても嬉しくなった。


 その日、カナメはドラゴンに思いを馳せて眠りについた。




 翌日、アヤメとカナメは仙女様に修行をつけてもらっていた。




 ゴゴ…ゴゴゴゴ…



 突然地鳴りが響き出した。


 その直後、世界が揺れ出す。


「な! 何だ!?」

「キャア!!」


 地面がグラグラと揺れる。


 揺れ出してすぐに揺れは止まった。


「地震ですね」


 仙女様がそう告げた。


「地震? これが地震なのですか!?」

「こ、恐かったぁ。まだ心臓がバクバクいってますぅ」


 カナメとアヤメが狼狽える。


「おや? アンタたち地震は初めてかい?」


 仙女様が不思議そうに聞いてきた。

 それにアヤメが答える。


「はい。もしかしたら小さい頃にあったかも知れないのですが、覚えていません。地面が揺れるってこんなに恐いものなのですね」


 アヤメは恐さのあまり耳がペタンと折れていた。


「ここではね、20年から30年周期で地震が起こるんだよ。地震の周期に入ったのだろうね。これから、地震が増える可能性が高いから、できるだけ慣れとくんだよ」


 それを聞いてカナメが疑問を投げかける。


「あの……地震で建物が崩れたりしないんですか?」

「え!? 建物まで崩れてしまったら、州都が壊滅じゃない!?」


「はい、それが心配になってきました」


 それを聞いて仙女様が答える。


「地震で建物が崩れることはありますよ? ただ、20年から30年周期って言いましたよね。度重なる地震被害により、州都は地震に強い建物がほとんどだと思いますよ? それに、震源はここです。州都まである程度距離がありますし、州都がそこまで揺れることはないと思います」


 仙女様の言葉に2人はホッと胸を撫で下ろした。


「って、震源はここなんですか!?」


 カナメが仙女様の言葉に気付いて驚いて聞き返した。


「ええ、昨日の火口にいたドラゴンが起き出して、暴れ出すと地震が起きます。たまにストレス発散したいのでしょう」

 

 アヤメも驚き声をあげる。


「え!? 昨日のドラゴンですか!? あんなに大人しそうだったのに……」


「ええ。普段は寝てるんですよ。ただ、2、30年に一度しっかりと目覚めて……、まぁ、伸びをして身体を解す感じですね。少し暴れます。それの相手をして、ドラゴンを大人しくもう一度寝かせるのが、仙女、私の仕事です」


 仙女様の役目を知り、2人は息を呑む。

 カナメはすかさず質問を続けた。


「あのドラゴンと戦うのですか?」

「ええ、そうですよ?」


「眠らせるとは?」

「1番手っ取り早いのは倒してしまうことです。と言っても気絶させるのですが、それが1番楽ですね」


「ドラゴンを気絶させる……」


 そこら辺の魔物をサクッと倒すような感覚で話す仙女様。

 カナメは思った。


 そりゃ強いわ。ってかバケモノだわ。


 仙女様の底知れぬ強さにビビり倒すカナメであった。


 一方アヤメは、仙女様を羨望の眼差しで見つめていた。



「ま! 周期に入ったことだし、アナタたちにも色々と手伝ってもらいますよ」


 仙女様は2人を見て微笑んだ。


 仙女様の仕事の手伝いができる。


 2人は嬉しくなり力強く頷いた。

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