第36話 王族の資格とは何なのか
時間になり、アヤメとゴウがフィールドに現れた。
ゴウは昨日と同じく真っ黒である。だが国王の言った通り、昨日のような禍々しさは感じられなかった。
「アヤメ様ー! 棄権するんだ!」
「そうだ! あんなのと戦う必要なんかない!」
アヤメを心配し棄権を薦める声があちこちから上がった。
しかし、アヤメはその言葉がまるで聞こえていないように開始線に立つ。
いつもの雰囲気ではない。
アヤメの変化に観客たちは息をのんだ。
そんなアヤメを目の前にしてゴウが話しかける。
「おや、アヤメ殿下も弟君と同じようになぶられにいらっしゃったのですか? そういえば、昨日は負け犬殿下の泣き声が聞こえませんでしたねぇ。せっかくでしたら、会場中に聞かせて差し上げたらよろしかったのに」
ニヤニヤと笑うゴウ。
それをアヤメは睨み付けるだけで返事をする。
「おい、あの王子理性戻ったんじゃなかったのか?」
「さっき国王はそう言ってたな」
「じゃあ今のセリフはなんだ?」
「すげぇな。元々ああいう性格なんだよ」
「信じらんねぇ。最低だな」
「あれが王族かよ」
観客席はゴウ、引いては白虎族へ嫌悪の意を示した。
「はっ! またギャラリーがゴチャゴチャ言ってんのか? 今日だって、負け犬狼を踏み倒して終わりなんだよ! 所詮は群れなきゃ何もできねぇ雑魚だからな!」
ゴウは観客席を見渡し、続ける。
「同胞よ! 我々が力によって頂点にいることをここに示そう!! 群でしか何もできん烏合の衆に我らの力を見せてつけてやろう!!」
ゴウの言葉に共感を示した観客たちから歓声と拍手が巻き起こった。
その時
「うるせぇー! 昨日カナメ様に蹴り飛ばされてただろ! 卑怯な技使わなきゃ勝てなかったのに偉そうに言うなー!」
観客席からそんな声が響いた。
その声を聞いた、カナメ擁護派や群派の観客がそうだ! そうだ! と同意を示す。
その瞬間、ゴウから昨日のような気が溢れ出した。
それを見た観客たちはピタリと静かになった。
アヤメはため息を吐き口を開いた。
「ねえ? アンタ誰と試合してんの? 観客と試合したいならさっさとフィールド降りて観客席に座ってきたら?」
「なんだと!? この俺がお前を潰すって話してんのが聞こえてないのか? お前の耳は飾りか!」
「はは! まさかアンタのそのつまんないお喋りをわざわざ聞いてあげなきゃいけないの? 私アンタのママじゃないんだけど? それとも、お喋りでしか勝てないの? 自慢そうな割には自分の力には自信がないのね?」
アヤメは残念ねぇと首を横に振ってみせた。
「こぉのぉヤロー!!! お前も昨日の弟のようにしてやる!!」
ゴウから例の気が膨れ上がった。
「姉上……、大丈夫でしょうか?」
VIP席でアヤメを見守りながらカナメは不安にかられた。
「大丈夫ですよ。あの子は強い。しかも昨日のお前さんの試合を見て、とうとう心のリミッターを外したようですね。なかなか楽しみな試合になりそうですねぇ」
「いやしかし師匠……。んん?! 師匠!? 何でここにいるんですか!?」
カナメはさっきまで居なかった師匠がいつの間にか現れていて、驚き固まった。
「それはな、昨日偶然会ったのでこちらにお誘いしたのだよ。いや、仙女様もお人が悪い。お声掛けくださればいいのに」
父親が近所のおばちゃんを誘ったかのように軽く答える。
「そうですわ。せっかくですからご一緒にお茶でも飲みながら観戦したいではありませんか。今日も良いお茶とお茶菓子を用意しておりますのよ。さ、こちらへ」
母もそれは楽しそうにいそいそと仙女様をテーブルへと案内した。
「え? 今日も?」
カナメは不穏な言葉に疑問を抱いた。
それに兄キワメが答える。
「あれ? カナメ知らなかった? 母上と仙女様は茶飲み友達なんだよ」
「ええ!? 友達!?」
「ああ。10年ほど前からかな?」
「そんなに!?」
「まぁ、カナメは外にいることが多かったから知らないのも無理ないか」
「ふふふ。貴方が魚を捕まえようとして川に落ちてずぶ濡れで帰ってきたり、ハチミツ取ろうとしてミツバチの巣を突いてハチに刺されて大泣きしたり、遊びに夢中でトイレが間に合わずに失敗してしまったのなど、色々覚えてますよ」
仙女様は楽しそうに笑う。
「…な! なんでそれを知ってるんですか!? いやもう忘れてください!!」
カナメは真っ赤になって部屋の隅へ逃げていった。
仙女様、本当にただの近所のおばちゃんであった。
そんな和やかな雰囲気の中、フィールド上は物々しい雰囲気に包まれていた。
審判はこれ以上この状態を続けてはならないと試合を開始させた。
ゴウがアヤメに殴りかかる。
アヤメは突き出されたゴウの腕を持ってそのまま背負い投げた。
「な! なぜ俺の速さに追い付ける!? 昨日ほどではないとしても、まだ秘術の力が宿っているんだぞ」
「そんなの昨日のえげつなさに比べたら半分もないわよ? 昨日のアンタだったら私もダメだったでしょうね」
「何をでたらめなことを!」
再びゴウはアヤメに殴りかかる。
同じくアヤメがゴウを投げ飛ばす。
「な、なぜだ!?」
ゴウはなぜまた自分が投げ飛ばされてしまったのかが理解できない。
「アンタ本当に頭まで筋肉でできてんの?」
「な、何だとー!」
ゴウは禍々しい気を強く放ち、アヤメに襲いかかった。
アヤメは己の気で全身を覆い、そして拳、腕、足に尖った気を巡らす。
首を絞めようと手を突き出してきたゴウの下に回り込み、下から顎を狙ってアッパーを放つ。
アヤメの尖った気がゴウの顎に刺さりながらゴウは宙に飛ばされた。
「ガ……ウ、よ、よくも……!」
ゴウは顎から血を流し、アヤメを睨み付ける。
「お前も、お前もあの負け犬と同じ目にあわせてやる!」
ゴウは再び禍々しい気を身体に纏い、そして気を増やしていく。
「それはさっきも聞いたわ」
対するアヤメは、全身に銀色の気を燃える炎のようにたなびかせていた。
「は! そんな気を纏ったぐらいで何ができる? あの負け犬みたいに俺から血を噴き出させて終わりか?」
「アンタ、あの場所にいてあれが何だか分からなかったの? 本当残念な男ね」
アヤメは呆れたように言い放った。
「は? あれが何だってんだ? まさかあれがお前ら銀狼族の秘術だとか言わないだろうなぁ? あの程度が秘術とか笑わせてくれるぜ!」
ゴウが腹を抱えて笑い出した。
「その通り秘術よ。ねえ? まさかとは思うけど、秘術の影響力がどんな物か分からないわけないわよね?」
「ああ? 秘術の影響力? そんなもんお前だって見ただろ? もしお前らの秘術も同じだと仮定したら、周りの影響も同じだろうなぁ」
「その通りよ。私たちの秘術は命の危機に瀕した時、無意識でも発動する。アンタ達みたいな禍々しさはないけど、同じように観客席に確実に到達し、影響を及ぼす」
「だから何だってんだ? 実際には観客席にまで届いてなかったじゃねぇか」
「何でそうなったか、わかる?」
「はぁ? そんなの知らねえって。秘術に失敗でもしたんじゃねえの?」
「カナメはね、わざと発動させないように抑え込んだのよ」
「何だそれ? だからなんだ」
「カナメまで秘術を発動させたらどうなってたのか分からないの?」
「そんなもん俺と対等に戦えただけだろ?」
「観客席はどうなってたと思う?」
「そんなもんどうだって良いだろ? 相手に勝ちゃ良いんだ。なんでそこに観客が出てくるんだ」
「それ、本気で言ってんの?」
「逆にお前が何を言いたいか全然分からねぇよ」
ゴウの返事にアヤメの周りの気がより昂った。
「アンタの気の影響を受けて苦しんでいた観客たちにさらに強い気が襲い掛かったらどうなるか分からないの?」
「だから、観客なんかどうなったって知らねえって言ってるだろうが!」
ゴウはイライラして声を荒げた。そして、より黒い気が荒れ狂いだす。
「おい、どういうことだ?」
「カナメ様も秘術を使おうとしたって言ってたよな?」
「でも観客席に影響があるから、秘術を抑え込んだって言ってたよね?」
「ってことは、まさか俺たちを守るために秘術を抑えて、そのせいであんな風に死にかけたってことか?」
「え? でも、今ゴウ様は観客なんかどうでも良いみたいなこと言ってなかったか?」
観客が2人の言葉を元に何があったかを推察する。
「な、なんて野郎だ」
「どっちも王族だよな?」
「白虎族ってそんな危険思想なのか?」
観客席が騒ぎ出した。
イラつくゴウの様子を見て
「ふふ。アンタが本当クズで良かったわ。心置きなく倒せるわ」
アヤメは荒れ狂う銀色の気を纏いながら不敵に笑っていた。
2人は同時に踏み出した。
ゴウはアヤメに殴りかかる。
アヤメはそれを腕で受け止める。
アヤメの腕は黒い気により血が吹き出す。
しかし、ゴウの拳もアヤメの尖った気により血だらけである。
お互い、血で血を洗う攻防を続けることとなった。
秘術の影響が残っているのに、なかなかアヤメを潰せないことに、ゴウの苛立ちは募っていく。
ゴウは重い一撃を叩き込んでやろうと、アヤメの顔を狙ってパンチを繰り出すため大きく振りかぶった。
その大振りな攻撃は素早く動くアヤメにとっては隙となる。
アヤメはその隙を突いてゴウの足へ蹴りを打ち込む。
その威力は普通のアヤメの威力とは桁違いだった。カナメのこと、観客席のこと、色んな思いがアヤメを強くしていたのだ。
アヤメの足がゴウの足にめり込んだ。
「ぐあぁぁぁ!」
ゴウは足を押さえて転げ回った。
そんなゴウを見下ろしながら、ゆっくりと歩いてゴウに近付くアヤメ。
「カナメの痛みは、そんなもんじゃなかった!」
今度は足を押さえていた腕を踏み潰した。
「があぁぁぁぁぁ!」
ゴウは腕と足を潰され、そして、片腕では痛めた両方を押さえることができずに痛みに悶絶する。
そのゴウの側にアヤメは立ち、ゴウを冷たく見下ろす。
「私たちを『群れなきゃ何もできない』って馬鹿にしたわね。群で生活するということは、自分より弱い者を守るということ、他者を慮ることよ?」
アヤメはゴウをさらに強く睨みつけ、そのままゴウへ言葉をぶつけ続けた。
「観客席にいたのは誰なの? 私たち王族の大切な民でしょう! 守るべき民よ!! 弱者を守り、他者を慮ることもできないクズに王族を名乗る資格なんかない!」
アヤメのその姿は正しく、王族であり、人の上に立つ人間そのものの姿であった。
アヤメの気迫に、その威厳に、ゴウはただ呆然と見つめるしかできなかった。
単独行動派の獣人でもアヤメのその姿は反発してはいけない、そう思わせる力があった。本人達の言う通り、強い者には頭が上がらなかったのである。
「他者を大切にできない、自分の事しか考えられない自己中な単細胞が群のことを偉そうに馬鹿にしてるんじゃないわよ!」
アヤメの言葉と共に重い、それは重い踵落としがゴウの頭に落とされた。
ゴウが最後に見た景色は、アヤメの見下ろすその冷たい瞳と、振り下ろされるアヤメの脚だけであった。
ゴウの顔がフィールドに半分埋まり、ゴウは気を失った。
「うぉーーーーーー!!!!!!」
この大会一の歓声が響き渡る。
特にこの群に対する考え方で長年白虎族との確執があった、群を大切にしてきた金獅子族からの声援が凄かった。
獣人族は強い女を好む傾向にある。
アヤメはその美しさ、その強さで、この大会を観ていた男達のハートを鷲掴みにしたのだ。
アヤメはアヤメ様コールに手を振りながら応え、控室に戻った。
「姉上!」
「カナメ! 敵は取ったわよ!」
「はい! ありがとうございました! あと、昨日の治療のこと、師匠に聞きました。ありがとうございました」
「お礼なんて良いわ。だって私はカナメのお姉ちゃんじゃない」
「あねうえ〜!」
カナメは涙ぐんでアヤメに抱きついた。
「もう! カナメは……というか、うちの家族は本当に涙脆いわね」
そう言いながらもアヤメも少し目を潤ませ、カナメの背中をポンポンと優しく叩いた。
控室では、医療班の1人が待っていた。
「お怪我、治しましょう! 傷痕が残る前に」
その魔法使いはアヤメを急かすようにベッドへと案内する。
医療班の青年がアヤメの傷を次々と治していった。
「毎回見る度に思うけど、本当に魔法って凄いわね」
治っていく怪我をマジマジとみてアヤメが呟いた。
「我々からすると気もすごいんですけどね。我々はゴウ様のような技を使われたら抵抗する術を持っていません」
「そうなの?」
「はい。気に耐性はありませんので。あと……、我々セイルーの住人は強い女性を特別に好むことはないですが、それでも、今日のアヤメ様は本当に輝いていて素敵でした! 少し、レセキッドの方のお気持ちが分かりました」
そう青年がはにかんだ。
その言葉にアヤメは照れたが、その顔がまた可愛らしく、その顔を間近で直視してしまったがために、アヤメに心を鷲掴みにされた男がここにも1人誕生した。
ついでにそれを見ていたカナメはなぜか、1人でやたらと自慢気に頷いていた。
結局はカナメもミドリの子なのである。
治療を終え、VIPルームに戻る途中、カナメはアヤメに尋ねた。
「明日の決勝戦、もし勝ったらどうするんですか? 勇者になるんですか?」
「決勝戦? 出ないわよ? 私の目的はあのクズ野郎を倒すことだけだから」
「なるほど。なら、もう帰りますか?」
「そうね、大会事務局には棄権の旨を伝えとくわ」
「じゃあオレもついでですし付き合います」
2人は大会事務局に寄り、アヤメの大会棄権を伝えた。
その話を聞いた事務局員は唖然とした。
「あの、本当に棄権なさるんですか?」
「ええ、本当よ」
「アヤメ様なら優勝出来ると思うのですが…」
「優勝に興味無いもの」
「優勝したら勇者ですよ!?」
「勇者なんてもっと興味無いわ。じゃあ、そういうことで、手続きをお願いしますね」
そう伝えると、2人は大会事務局を後にし、VIPルームに戻った。
VIPルームには仙女様も待っていた。
「アヤメ、良く頑張りました。もう血は恐くないですか?」
「……あ! そういえば、そんなこと全然考えていませんでした。フウカさんの言ってたこと、こういうことだったんですね」
「ええ、あなたも一皮剥けたようですね。ゴウさんへの対応、とっても格好よかったですよ」
「ありがとうございます!!」
仙女様に褒められ感激するアヤメ。
「本当に格好良かった。僕が王位継承権1位じゃなくても良いな、と思ったよ」
キワメもニコニコしながら声をかける。
「え? 私は王位には興味ないですよ!」
慌ててアヤメが声を上げた。
「ふふっ。でも、素晴らしい威厳でしたわ」
母ミドリも頷きながら、微笑んだ。
「で、アヤメ、明日はどうするのだ?」
父ナツメが声を掛ける。
「もう今日帰りますよ? 明日の試合は棄権してきました」
アヤメは何でもないように答えた。
「そうか。優勝や勇者は良いのだな?」
「はい。興味ありません。私の目的は果たせましたから」
そう言うとアヤメはカナメに微笑みかけた。
「では、皆、帰ろうか! 久々に城のベッドが恋しいわ!」
父ナツメが椅子から立ち上がり、身体を伸ばしながら声を掛けた。
そうして、銀狼族は家族揃って、栄光都市を後にした。
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