第35話 この暴れ龍をどうするか

 カナメに駆け寄ったアヤメがカナメの全身をくまなく確認する。


 傷だらけの姿が痛ましい。


 涙が溢れそうになるのを必死に堪え、カナメの気を観察した。


「!!」


 アヤメはある事に気が付いた。



 そしてカナメに手をかざし、気を送り調整を試みる。

 が、アヤメがどんなに頑張ろうとカナメの状態を変えることはできなかった。


 アヤメは自分での治療を諦め、そして、医療班に声をかけた。



「あの、今一度治療を中断したら、どうなりますか?」


「中断? そうだな。今の状態を維持しつつ少しずつ悪化していくと思います」


「では、少しの間なら中断は可能ということですね?」


「はい、少しの間なら中断も可能ですよ」


「それなら、治療班の皆さんは一度休憩しておいてくれませんか?」


「え? 殿下はどうされるつもりなんですか?」


「助っ人を呼んできます。その方が来てくだされば、もしかしたらですが、他の方と同じように治癒魔法が効くようになるかもしれません」


「! それは有難い。だが、時間との勝負なんです。出来るだけ早く頼みます」



 アヤメは強く頷くと、医務室を飛び出した。







「師匠! 力を貸してください!!」


 VIPルームの扉をノックもせずに力任せに開け、アヤメは飛び込んだ。


「アヤメ! どうしたというのです!?」


 母ミドリが驚いて声をかける。


「今は説明している暇はありません。大至急、師匠のお力が必要なのです。お願いします! 師匠、カナメを助けてください!」


 アヤメは目に溜まる涙を必死に堪え、仙女様に頭を下げた。



「そんなに悪いなら、我々も向かおう!」


 父、ナツメが腰を上げる。


「いえ、父上、師匠でしか対応出来ません。カナメのためにも待っていてやってください」


 アヤメは父に向き直りハッキリと言葉を伝え、父を制した。

 そんなアヤメの雰囲気に、アヤメを信じることとした父ナツメはそっと腰をおろす。


「ナツメ、何かあったらすぐに連絡するんだぞ」

「はい! カナメを救って良いご報告をあげられるよう尽力します」


 アヤメは力強く答えた。




 そこへ仙女様が、声を掛けた。


「何か非常事態みたいだね。アヤメ、案内しな」

「はい!」


 アヤメと仙女様はVIPルームを飛び出した。



 ちなみに仙女様は緊急事態を察知して、戦闘モードに入ったため、口調が変わっていた。




 アヤメの全速力で医務室に到着する。


「お待たせしました!」


「え? 早っ!!」


 医療班が余りの早さに驚く。



「師匠! こちらです! 私では、カナメの気を整えることができないんです」


「! なんてことだ! 何でこんなことになってるんだ!?」



 気というのは、普通身体の中と周りを穏やかに循環している。魔力と似たような感じだ。

 しかし、カナメは今、身体の中で膨大な量の気が暴れ狂っている状態であった。


「おそらくですが、秘術の影響と思われます」


 アヤメが悔しそうに答える。


「秘術?」


「カナメが最後の方で銀色の気を出したじゃないですか? あれのせいと思われるのです」


「あれだけで、こうまでなるものなのかい?」


「いえ、どうご説明すれば……」


 アヤメは少し考え込み、言葉を紡いだ。


「我々銀狼族は、命の危機に瀕すると意識の有無は関係なしに秘術が発動します。白虎族のような禍々しいものではありませんが、しかし、ほとばしる気が周りに影響を及ぼすのは同じなんです」


「なるほど。そういえば、あの虎の坊やも秘術って国王様が言ってたね」


「はい、ゴウ殿下のも秘術なのだと思います。あの時、観客席には既にゴウ殿下の気によって苦しむ人々が大勢いました」


 アヤメは、一度唇を引き結び、言葉を続けた。


「ですので、カナメは秘術の発動を無理矢理抑え込んだのだと思います。そうでなければ、秘術があのような不発で終わるはずがありません」


「なんてことを……。あの状況で、この尋常じゃない気を抑え込んだのかい? なんでそこまで……」


「当たり前です。我々は王族です。あの状況で秘術を発動させると、生存者を数えた方が楽なくらい、恐ろしい状況になっていたと思われます。民を守るのは我々王族の務めなのです」


「そうか。確かにそうだね。何で同じ王族でもこんなにも違うのだろうね。正しく爪の垢でも飲ませてやりたいくらいだよ」



 仙女様はやれやれとため息をつき、カナメに手をかざした。


「アヤメ、この膨大な気を整えるのは私でも難しい。整える上で、不要な気を外に出すことしかできない。アヤメは外に出た後、暴走しようとする気が周りに影響を及ばさないように囲って打ち消しなさい」


「わかりました」


「失敗すると、この建物が崩れるから、心して掛かるんだよ」


「はい!」



 アヤメはカナメを包むようにドーム状に気を張り巡らせた。


「では、始めるよ」

「はい!」


 仙女様の掛け声で気の調整が始まった。


 カナメの身体から銀色の気が立ち昇る。


 その量が突然変わり、噴き出し始めた。


「くっ! これは本当に大変だね」


 仙女様の額に汗が浮かぶ。

 アヤメの張ったシールドにカナメの暴れ狂った気がぶつかり始めた。


「うぅっ!」


 アヤメはシールドが破られそうになるのを必死に堪える。


「アヤメ! しっかり抑え込むんだよ!」


「はい!」



 2人の様子を治療班の3人は呆然と眺めていた。


「俺、初めて気が見えた」

「俺もだ。魔力が暴走してるみたいだな」

「僕も、初めて見えた。あれ魔力だと思うと本当にとんでもないな」


「何か俺たちもできたらいいのにな」

「いや、俺たちはこの後の治療用に魔力回復に集中しよう」

「そうだな」


 3人はできるだけ魔力が回復するように集中しだした。




 しばらくすると、カナメの身体から出ていた気が落ち着き始めた。

 徐々にカナメから放出される気が減っていく。

 そして、全ての不要な気の排出が終わると、仙女様がカナメの身体の気の流れを整えた。


「よし、後はこの暴れ龍をどうするかだね」


 仙女様はアヤメの横に並ぶ。

 アヤメのシールドはヒビだらけでなんとか形を保っているという程度であった。


「アヤメ、大丈夫かい?」


 仙女様も残りの気を使い、アヤメのシールドに合わせるようにシールドを張った。

 それでもシールドにヒビが入り続ける。


「アヤメ、よくこれを抑え込んでいたね。そして、カナメもよくこれを身体の中で抑え込んだものだ。アンタ達は本当に良くできた弟子だよ」


 仙女様は気を強く持ち直し、シールドを徐々に狭めていく。アヤメもそれに合わせるようにシールドを調整した。


「これは抑え込みじゃどうにもできないね。アヤメ、完全に包み込んだら、空に向かって放つよ。そうだねぇ……せっかくこんな凄い気打ち出すんだし、何か面白いことはないかねぇ?」


「面白い……ことですか?」


「そうそう。ただ空に打ち上げるだけじゃ勿体ないだろ?」


「うーん……。でも空にはセイルーとイコウと侵略者のアジト、他の星しかないですよ?」


「セイルーとイコウに飛ばしちゃったら大問題だね。そうだね、なら侵略者のアジトを狙ってやってみるかい?」


 仙女様はイタズラっ子のような顔で笑った。

 アヤメは一瞬ギョッとしたが、すぐに笑顔になり


「はい! それ面白いですね! やってやりましょう!」


 喜んで賛成した。



 それを聞いた治療班の3人は


 え? そんなことして大丈夫なの?!


と、ちょっとビビっていた。


 そこへ仙女様が治療班へ話しかけた。


「ちょっと悪いけど、魔法使いのお兄ちゃんたち、手伝ってくれないかい?」


「は、はい! なんでしょうか!?」


 慌てる3人。


「窓を開けてくれないかい? まずはこの気を外に出したいんだ」

「わ、わかりました!」


 1人が窓を大きく開ける。


「あとね、ガイドラインで良いんだ。別に外れても構わない。途中までで良いから、アジトの方向に魔力の道を作ってくれないかい? トンネルのイメージだ。それすると魔力が足りないかい?」


「いえ! 3人いますし、恐らく大丈夫です」

「でも、魔力と気は違いますよね? 魔力で大丈夫なのですか?」


「ふふ。魔力も気も元々同じなのさ。だから、大丈夫。トンネルである程度道を作ってやれば、後は真っ直ぐ行くさ」


「それならば……!」


 3人は魔力を練り合わせ、アジトのある場所と思われる方に向かいトンネルを作る。


「トンネルをもっと狭くして距離を伸ばせるかい? そうだね、メロンくらいの大きさだ」


 仙女様指示のもと、3人はトンネルの大きさと距離を調整した。


「有難い。では、行くよ! アヤメ!」

「ハイ!」


 仙女様とアヤメはシールドを小さくしていき球状にし、窓から出す。そして、治療班の指示のもと魔力トンネルの入口に設置する。


「じゃあ、1、2の3で押し出すよ。……せーの! 1、2の3!!」


 仙女様の合図と共にアヤメは力一杯シールドを外に押し出した。


 ドンッと爆発音のような音がして、銀色に輝く物が空を走っていく。


「本当に、本当に気の塊が魔力トンネルを進んでる」


 治癒班3人とアヤメはその不思議な光景にしばらく魅入っていた。


「な、言っただろ? 大丈夫だって」


 仙女様は得意げに微笑んだ。



「さて! お兄ちゃんたち、コレを飲みな!」


 仙女様はとある薬を3人に手渡した。



 3人は訝しみながらもそれを飲み込む。


「何だ? なんか力が湧いてくる」

「ああ! なんか何でもやれそうな気がする」

「お前、何でもは言い過ぎだろ。けど、本当に身体が軽いな」


 3人が驚いていると


「気力回復薬だよ。元気な方が魔法の質が良くなるだろ? 気と魔力は切っても切れない関係なのさ」


と仙女様が笑いかけた。



 3人は大きく頷き、カナメの治療にあたった。


 治療にあたった3人が誰よりも驚いていた。

 傷の回復速度が先ほどより、いや、普段よりも段違いに速いのだ。


 カナメの傷はみるみる塞がっていき、砕け潰れた骨さえも手早く修復していった。




 治療が終わり、3人が汗を拭う。


「なんとか、治療は終わりました。しかし、魔法で傷が治ったからといって、身体に溜め込んだダメージや疲れが消えるわけではありません。熱が出ることが多いです。ですので、数日は安静にして回復に備えてください」



 魔法使いの説明に深く頷くアヤメ。

 それを見た魔法使いの1人が口を開いた。


「我々は、観客席の治療に向かいます。カナメ様が気が付かれたら、もう帰っていただいて大丈夫です。ご家族でゆっくりお過ごしください」



 そして3人は部屋を出た。


 部屋を出てすぐ、1人が振り返り閉めた扉や壁に魔力を通し、一つの魔法をかけた。


「おい、お前粋なことするなぁ!」


 それを見ていた1人が魔法をかけた仲間を肘でつついた。

 それに魔法をかけた本人が答える。


「いや、いるだろ?」

「ああ。いるな。絶対いる」

「お前最高だよ」


 3人は学生のようにはしゃぎながら、観客席へと向かっていった。


 医務室には防音の魔法がかけられていた。



 

「さて、では私も部屋に戻ろうかね」


 よっこいしょと仙女様が座っていた椅子から立ち上がった。


「師匠! この度は、本当に、本当にありがとうございました!」


 アヤメが勢いよく頭を下げる。


「お礼なんて良いんだよ。弟子を助けるのは師匠の仕事の一つだろ?」


 仙女様はそう微笑んだ。


「あ、そうそう。州王様たちには私から話しておくから、アヤメはカナメに付いていてやりなさい。そして、目が覚めたカナメが落ち着いたら、部屋に帰っておいで」


 そう言い残し、仙女様も部屋を後にした。






 どれくらい時間が経っただろう。外は夕焼けに染まろうとしていた。


 カナメが薄っすらと瞼を開けた。

 そして驚いたように起き上がる。


「カナメ!! 目が覚めた! 良かった。良かっ……」


 アヤメの言葉は途中から泣き声で聞こえなくなった。


「すみません、姉上。ご心配をおかけしました」


「身体、痛い所とか、苦しい所、ない?」


 アヤメが鼻を啜りながら、カナメに尋ねる。


 カナメは腕を回したり身体を捻ったりしながら確認した。


「特に何もないですよ! 全然平気です!!」


 カナメはアヤメを慰めるため、努めて明るく伝えた。



 しかしすぐに俯いてしまった。


「姉上、オレ……オレ……負けてしまいました。あんなに息巻いていたのに、情けない」


 カナメは拳をギュッと握り締め、悔しさで奥歯がギリッと鳴った。




 その瞬間、突然カナメの視界が暗くなり、アヤメの匂いに包まれた。頭周りが温かい。


「姉……上?」


 カナメはアヤメに頭を抱きかかえられているのだと気が付いた。


「カナメ、今から起こることは私は何も見ていない。父上も母上も兄上もVIPルームで待ってもらってるから、ここには私たち2人しかいない。我慢しなくていいのよ」


「姉上……。つまり、それは……」

「大丈夫だから。今なら、大丈夫だから」



 アヤメの言葉の意味を噛み締め、カナメは無意識に堪えていたものが溢れ出した。


「姉上……。オレ、悔しい。あんなに修行頑張ったのに」


「うん。頑張ってたの知ってる。1番近くて見てきた」


 うっ……。ひっく……。と声が詰まり、カナメの喉が震え出した。


「自分が弱くて……、弱くて……。悔しい、ぐやじい」

「うん。でも、凄く格好良かったよ」


「でも、でも、結局オレは負けて、自分が……恥ずがじい……。弱い自分が……なざげない……。ねえぢゃん……。オレは、なんで……、なんで……、ゔ、ゔぅ……ゔあーーー!!」


 カナメはとうとう言葉にすることが出来ず、アヤメにしがみつき、叫ぶように子供のようにわんわんと泣き続けた。



 そんなカナメを胸に強く抱きしめアヤメは宙を睨む。


 そしてカナメに聞こえるか聞こえないかの声で


「姉ちゃんに任せろ」


と呟いた。





 その後、落ち着いたカナメはVIPルームへ戻り、今度は父・母・兄の涙でぐちゃぐちゃに濡れることとなった。




 翌日、とうとう準決勝が始まった。

 その前に、昨日のゴウのことについて国王から説明があった。


「昨日のゴウのことだが、あれは白虎族に伝わる秘術である。寿命を20年縮めることによって、変身直後は通常の2倍以上の能力を得ることができる。その代わり、ゴウの場合はではあるが、身体はあの気によって全身が黒く変化し、性格も気によって残忍なものへと変化する」


 国王の告白にその場にいた全員が驚愕に染まった。


「何だよ、秘術って」

「あんなの反則だろ」

「まだ昨日の影響で起き上がれないやつもいるんだぞ!」


 観客席がざわめき出す。


 国王はざわめきが少し落ち着くのを待って話を続けた。


「皆の心配も最もだ。あの変化は、変化直後から時間が経つにつれ、徐々に効果は薄まり1週間程で元に戻る。今日はゴウも理性を取り戻しておる。皆には多大な迷惑をかけ、申し訳ない。後遺症のあるものは引き続き白虎族でフォローをしていくので報告して欲しい」


 そう言うと国王はVIPルームへと帰っていった。

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