第34話 因縁の対決

 午後になりカナメと白虎族第2王子ゴウとの試合が始まった。


 もちろん観客席の女性陣の声が姦しい。


 しかし、今回はそれだけではなかった。


 虎族VS狼族のしかも第2王子同士の対決である。この好カードにどちらが勝つのか男性陣も興奮を抑えきれずにいた。




 両者開始線に向かい立つ。


「よぉ! 群れなきゃ何もできない弱っちい負け犬のくせによくここまで勝ち残ったな。運だけは一丁前だな」


 第2王子ゴウの言葉に観客席がざわめき出す。


「え? 何だ? あの2人昔何かあったのか?」

「負け犬って言ったってことは、カナメ様が負けたのか?」

「それよりアイツ群れなきゃ何もできないって言ってたぞ」


 ゴウは観客席にいる『群で生活を営むこと』が原型の獣人たちに非難の目を向けられた。


 その様子にゴウは観客席に向かって声を張り上げた。


「いいかよく聞け、群れてる雑魚共よ。群れなきゃ生きていけないお前らと、誰にも頼らず1人で生きていける俺たちのどちらが強いかをこの戦いで見せてやる。ま! 俺たちの圧勝だけどな」


 ゴウはそう言うとガハガハ豪快にと笑った。


 この言葉にゴウに賛同する獣人からは歓声が、反対する獣人たちからはブーイングが巻き起こった。


「そういう訳だ、負け犬殿下。楽しくやろうぜ」


 ゴウはニヤニヤとしている。


「余裕をかますのは勝手だが、オレはこの間のオレとは違う。恥をかきたくなければ本気でかかってこい」


 カナメは負けじと言い返した。




 審判がもう良いでしょうか、と2人に目配せする。

「俺はいつでもいいぜ。なんなら何秒かハンデやろうか?」

「オレだっていつでも構わない。審判、始めてくれ」


 2人が試合開始の意を伝えると、審判は試合開始を告げた。




 相変わらずだが、ゴウが初めに攻撃を仕掛けてきた。

 数ヶ月前にケンカを仕掛けてきた時とさほど変わらない動きだ。


 カナメは余裕を持って、ゴウの攻撃を躱し、受け、そして反撃に出る。

 いくら狼と虎といっても獣人同士、まして男同士の戦いである。しかもカナメは修行前とは違う。どちらも攻撃が重い。


 お互いに打ち合い、お互いに防御し、防御を外れた場合は攻撃をくらい、と少しずつ傷が増えていく。


 拮抗した2人の戦いっぷりに、観客たちは大盛り上がりであった。


「ほぉ、少しやるようになったじゃねぇか。ならこれはどうだ!!」


 ゴウは力任せに足元の石板を叩き割り、飛び散った破片をカナメにぶつける。それは目潰しとなってカナメを襲った。

 予想外の攻撃にカナメは顔を覆いガードする。

 その時、空いていた脇腹に強烈な蹴りをくらった。


 咄嗟に身体全体に気を張ったものの、それでも防御はかなり不完全である。

 カナメは攻撃をまともにくらい、よろめいた。

 そのチャンスを逃さず、ゴウはカナメに総攻撃を仕掛けた。

 顔、胸、腹、脇腹、足、あちこちにランダムにゴウの攻撃が飛んでくる。


 あまりの猛攻に観客席からは悲鳴が聞こえる。


 それに対し、カナメはひたすら防御に徹した。


 確かに一つ一つは重い攻撃だが、仙女様との手合せに比べればまだマシだった。

 ゴウは仙女様と違って、力任せに相手を叩き潰すタイプなので、いくらランダムといっても攻撃が単調で予測しやすいのだ。


 しばらく経つと、ゴウの動きが鈍くなってきた。

 ゴウはスタミナ切れを起こしかけていたのだ。


「クソっ! なぜ倒れんのだ……」


 ゴウは苦々しく呟く。


「もっと恐ろしい程、殴られ続けてきたからな」


 そう、カナメは仙女様との修行で、ただひたすら攻撃をくらい続けた結果、めっぽう打たれ強くなっていたのだ。


「じゃあ、オレの番だな」


 カナメは拳と足に硬く重く気を纏わせる。


 カナメはアヤメのように気の形を色々と変えれる器用さは持っていなかった。が、その代わり、何重にも圧縮して固めることができたのだ。

 前回のレックウとの戦いで仙女様に言われていた方法だ。


 今、カナメの拳と足はとてつもなく硬く重いハンマーのようになっている。


 その拳で、ゴウの腹部を殴り付けた。


「ゴブッ! ぉぁああ゛……」


 ゴウは今まで感じたことのない痛みでうずくまった。腹部が燃えるように熱い。息をするだけで痛みが走る。

 さらに痛みだけでなく、内臓が全て口へと逆流してしまいそうな吐き気で苦しい。

 痛い、熱い、苦しい、痛い……。


 繰り返す痛みと不快感にゴウはただうずくまり耐えるしかできなかった。




 カナメはそんなゴウを場外へ飛ばそうと、駆け寄り、力一杯蹴り飛ばした。


 しかし、今一歩届かず、ゴウはフィールドの端ギリギリで留まる。


「スゲー!! 狼が虎を蹴り飛ばしやがった!」

「カナメ様ー!!!」


 観客席からカナメに向けての感嘆の声が届く。


 ゴウはうずくまったまま動かない。

 カナメは最後の一撃を入れるため、足に力を込め、一足で接近した。




 もうゴウが目の前。

 というところで、カナメは全身に嫌な気配を感じ、慌てて後ろに飛び退いた。


「調子に……調子に乗るなよ小僧ー!!!」

(※ゴウとカナメはほぼ同じ年です)


 ゴウの叫び声とともに、ゴウから黒いモヤが溢れ出し、恐ろしいほど気が膨れ上がった。



「な、なんだありゃ!?」


 観客席はゴウの異常に騒然とする。

 観客席からは黒いモヤに包まれたゴウが見え、その溢れ出した異常な気が観客席に迫ってきているのがよくわかった。


 一方、近くにいたカナメはゴウの膨れ上がる気の影響をまともに受けていた。


 近くにいたカナメには、ゴウの身体の黒い縞模様が徐々に幅広くなっていくのが見える。


 ゴウの身体の黒い面積が増えれば増えるほど、気が膨張し続けていった。

 

 カナメは身体に自分の気を纏わせ、ゴウの気から守るが、それでも間に合わない。

 カナメの身体のあちこちが刃で斬られたように皮膚が裂け始める。

 さらに呼吸も苦しくなっていった。



 そしてとうとう、広がり続けたゴウの気が観客席に到達した。


「キャー!」

「ォワー!!!」

「あ゛あ゛ー!!」

「ぐ、ぐる……じい……」

「……」


 泣き叫ぶ者、呼吸が出来ず苦しむ者、血を吐く者、何もでき無いまま泡を吹いたり、意識を失う者、あまりの苦しさにのたうち回る者。

 ゴウの気に包まれた観客席は阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。



 その時、フィールド横に白虎州の州王、つまり現国王が慌てて走り寄ってきた。


「ゴウ!! それだけは、秘術だけは止めるんだ! 今ならまだ間に合う!!! 止めるんだー!!」


 しかし、国王の必死の制止もゴウには届かなかった。


「父上は黙っていてください。こんな屈辱を受けて、黙ってられるかー!!! あんなクズ野郎八つ裂きにしてくれるわ!!」


 ゴウはゲヒャヒャヒャヒャヒャと笑いながら、どんどんと黒く変色していく。


「!! いかん! もうこんなに飲み込まれておる」


 国王は慌てて審判を探した。そして審判を見つけると猛烈な勢いで詰め寄った。


「早く! 早く試合を中止させるんだ! 棄権で構わない! 試合を止めてくれ! このままでは死人が大勢出てしまう!」



 しかし、審判はあまりの恐怖に震えて動けずにいた。


 その間にもゴウの黒い面積が増えていく。




 そしてとうとう、ゴウは身体の白い部分が全て黒く塗り潰された。


「いかん。間に合わなんだ」


 国王は茫然自失となりその場に崩れ落ちた。


 闘技場の中は、さっきまでの暴れ狂っていた気が嘘のように消えていた。


 しかし、先程の気の影響で7割近い観客が意識を失うか、苦しみに悶絶している有り様であった。

 そして、意識がしっかりとしていた観客の誰もがゴウの変貌に息を飲んだ。


 身体中真っ黒に染まり、目が赤く血走っている。気も先程のように暴れ狂ってはいないが、禍々しく、触れると確実に死に至る感覚に襲われる。

 

「なんだよ、あれ」

「本当にゴウ殿下なのか?」


 観客席がどよめき出した。




 俯いていたゴウが、首を捻るようにカナメに顔を向けた。

 口をニタァと歪ませる。



 次の瞬間、カナメはゴウに正面から首を掴まれ宙吊りにされていた。


「ガッ!」


 首を絞められていて言葉も出ない。

 ゴウの手を外そうと試みるが全くビクともしなかった。


「おうおう。負け犬が一丁前に抵抗か? 蚊ほどにも効かんわ。このまま首の骨をへし折ってやってもいいが、お前は簡単に殺さねえ。殺してくれと懇願するまで痛めつけてやる」



 そう言うと、ゴウの肩からカナメを掴む手まで黒い気がかけのぼる。


 するとカナメの身体全身から血が噴き出した。

 カナメは意識朦朧となりながらも、ゴウの手を外すため、自分の拳に最大限の気を圧縮し、己を掴むゴウの腕に打ちつけた。


 さすがのゴウもこれには顔を歪ませた。

 しかし、手が緩んだのは一瞬で、カナメがゴウの腕から抜け出すことは出来なかった。


「このヤロー。調子に乗るなよ!」


 ゴウがカナメを掴む手に力を入れる。



 カナメの喉が潰れた。


 

 そしてそのまま、反対の手でカナメの足を掴むと、おもむろに手に力を加える。


 観客席にまで骨の砕ける音が届いた。



「……!!!」


 カナメは痛みで声を張り上げたが、喉が潰されていて声にならない。


「んー? 喉を潰したのは失敗だったなぁ。負け犬の泣き叫ぶ声が聞こえねぇじゃねえか」


 ゴウは残念そうに、だが、残忍な顔でニヤつく。


 そして、そのままカナメの残り手足もへし折った。


「おい! おい! 審判!! 止めろよ!」

「そうだ!」

「やり過ぎだぞ!」


 観客席の男性陣から制止の声が飛び交う。

 女性陣はあまりの悲惨さに目も当てることができなくなっていた。




「なんだ。もう動かねえのか?」


 ゴウはつまらなさそうにカナメを眺めた。





 その時、カナメから銀色の気が湧き出した。


 その気はカナメの全身を覆う。

 全身を覆った気は止まることなく膨れ上がり、ゴウを含め、フィールド全体に広がった。


 さらにそこから観客席へと広がろうとした時、銀色の気がピタリと止まり、カナメの元へと収縮していった。


 そしてその気が、カナメとゴウの周りに留まると、ゴウに襲いかかった。


 ゴウを銀色の気が包み込む。


「ぐあーーー!!!!」


 ゴウは痛みに耐え切れず、声をあげた。


 そしてゴウを包み込んだ銀色の気が消えた時、ゴウの身体から血が吹き出した。


「こ、の、ガキー! 調子乗んじゃねぇー!!」


(※もう一度お伝えしますが、ゴウとカナメはほぼ同い年です。むしろゴウの方が年下です)



 ゴウは憤慨しカナメの首をへし折ろうと力を入れた。




「ピーッ!!」



 審判の試合終了の笛の音が響いた。


「ゴウ選手、カナメ選手は既に意識がありません。ゴウ選手の勝ちですので、カナメ選手から手を離してください」


 そう言いながら審判が近付いた。



「ああん? 邪魔すんじゃねぇぞ、オッサン! この胸くそ悪りぃ負け犬をまだ殺してねえだろうが!! 邪魔するならテメエも殺すぞ!!」


 ゴウから怒りの気が審判に向かう。

 審判は恐怖で後ずさった。







「ゴウ! こっちだ!!」


 その時、どこからかゴウを呼びかける声がした。



 ゴウが声のした方へ振り向くと顔に何かの粉が振りかけられる。


「ゴホッゴホッ」


 ゴウは粉を吸い込み、咳き込んだ。


 すると、ゴウの目がとろんとし出した。


「はにぁ……」


と力が抜けるゴウ。


 その拍子にカナメから手が離される。

 カナメは使い捨てられたティッシュのように床に転がった。



「今です! 医療班の方、カナメさんをお願いします!!」


 国王の声が響き渡った。

 国王の手には、先程ゴウに浴びせた粉が握られていた。


 そしてフィールド横には汗だくになった白虎族の第1王子がいた。

 どうやら、第1王子がどこかにその粉を慌てて取りに行っていたらしい。






 カナメは医療班によって医務室に運ばれた。



 試合を見守っていたカナメの父母、兄は居ても立ってもいられず、医務室に向かおうとしたが、それをアヤメが制した。


「カナメも色々と思うところがあるはずです。私が様子を見に行きます。このままこちらでお待ちください」


 アヤメはそう言い残すと医務室に向かった。



 一方、謎の粉によって、ぐでんぐでんになったゴウは白虎家の人間によって運ばれていった。


 そして、観客席の傷付いた人々も順番に治療が開始された。

 観客は、ゴウのあまりの残忍さ、恐ろしさに言葉を失い、憔悴していた。

 



 医務室でカナメの治療が始められる。

 医療班は5人常駐されているが、そのうち2人は観客の治療に、残り3人がカナメの治療にあたっていた。


 そこへ、姉アヤメが到着する。




「あの、カナメは、大丈夫ですよね? 魔法があれば必ず治るんですよね!?」


 アヤメは医療班へ悲痛な思いで話しかける。


 すると治癒魔法をかけながら1人の魔法使いが答えを返した。


「殿下、魔法は万能ではありません。我々魔法を扱う者のレベルによっても回復できる程度が異なります。我々は回復魔法を得意としていますが、それでもこの傷は我々の力を持ってしても何とも言えません」


 医療班の言葉に、頭が真っ白になるアヤメ。


「それは、それは……カナメが……死んでしまう……かも、しれないと……いうこと……です……か?」


 震える喉からなんとか言葉を搾り出す。


「むしろその可能性の方が高いです。カナメ殿下はあの黒い気の影響で内臓や筋肉にも激しくダメージを受けています。さらに手足は千切れなかったのが不思議なほど完全に潰されております。この状況で生きていること自体が奇跡なのです。後はカナメ殿下ご自身の生きる力にかかっております」


「そんな……」


 アヤメはとうとう言葉を失った。


 アヤメは治療を見守るしかなく、ただひたすら待ち続けた。


 ドサッ。

 突然1人の魔法使いが崩れるように座り込んだ。


「わりぃ。魔力切れ」


「大丈夫か!? 回復薬は?」


「観客席の対応に向かったやつにありったけ渡したからこっちにはもうない」


「あ。そうだったな。あっちもヤバいからな。あの数で足りるかどうか」


「とりあえず俺は少し休むわ。またある程度魔力が回復したら続ける」


 そう伝え、1人の魔法使いが壁際に座り込んだ。

 しばらくしてもう1人が声を上げる。


「くそっ! 俺もヤバくなってきた。頭痛ぇ」


 それにもう1人が答える。


「お前もか? 実は僕もだ。何でこんなに治癒が進まないんだろうな。普通もっと傷が治っているはずなのに」


 医療班の面々が、普段と違う様子に戸惑う。


 そんな医療班にアヤメは恐る恐る声をかけた。


「あの……普通と違うのですか?」


 それに1人が答える。


「ええ、普通は意識はなくとももっと傷自体の治癒は進むのです。それなのに、カナメ殿下は傷自体の治りが遅い。まるで魔力だけ吸い取られている気分です」


 その言葉を聞いてアヤメがカナメに駆け寄った。

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