第33話 やっとできる、まともな試合
日が昇り、いよいよベスト4を決める試合が始まった。
まずはアヤメの試合だ。
「うおおおおー!!!! アヤメ様ー!!」
相変わらず観客の声援が暑苦しい。
観客の声援はアヤメ8割、対戦相手2割という感じだ。
初めアヤメ一色だったが、途中から対戦相手を応援する声が出てきていた。
アヤメの相手は熊獣人のフウカであった。
「ははは! 相変わらず凄い人気だねぇ」
フウカが豪快に笑う。
「でも、フウカさんを応援する声もありますよ? それに私個人としてはここまで騒がれたくないんです……。変な人ばっかだし」
アヤメは話しながら気持ちが沈んでいった。
「ま、私はゴチャゴチャするのが苦手だから、真っ向勝負でいかせてもらうよ!」
「そうなの!? やっとまともに戦えて嬉しいわ!」
アヤメはウキウキと心が弾みだした。
2人が開始線に立つ。
審判の開始の合図が響いた。
お互い睨み合う。
先に動き出したのはフウカであった。
フウカから熊の獣人らしい力強いパンチが繰り出される。アヤメはそれをバックステップで躱した。
それを予想していたようにフウカから2撃目が繰り出された。
今度はそれを横に跳ぶことで躱す。
そしてフウカが目の前に来た時を狙ってアヤメは蹴りを繰り出した。
しかし、フウカにはほとんどダメージが無かった。
「さすがは王女様、蹴りもお上品ですね」
フウカの余裕から出される挑発にアヤメは奥歯を噛み締める。
フウカからは次々とフェイントを交えた攻撃が繰り出されてきた。その一つ一つのパワーも凄まじい。
アヤメはカウンターを狙うが、フウカの攻撃範囲が広く、なかなかカウンターに持っていけない。防戦一方になっていくアヤメ。
しかし、アヤメは粘り続けた。
身体が大きく、パワータイプのフウカは一つの動作が大きくなりやすい。つまりその分体力を消費する。アヤメはフウカの体力切れを狙っていたのだ。
徐々にフウカの攻撃にキレがなくなり出す。
アヤメは頃合いを見計らって、フウカがパンチしてきた腕を絡みとるように腕で掴み、フウカを投げ飛ばした。
しかし、それだけでは足りない。
すかさずアヤメは飛び上がり。肘に気をしっかりと纏わせ、落下するエネルギーを利用しつつ、フウカの腹部に肘鉄を叩き込んだ。
さすがのフウカもこれには耐え切れず、かなりのダメージを負った。それでも強靭な筋肉に守られた身体はまだまだ戦える。
フウカは腹部を押さえながらも立ち上がった。
「なかなかやるじゃないか王女様」
フウカはそれは楽しそうにニヤリと笑った。
そして、大きく咆哮を一つあげた。
その咆哮の圧に空気がビリビリと揺れる。
アヤメはその圧に押され、立っているのがやっとだった。
咆哮と共にフウカの身体が徐々に大きくなっていく。
空気が落ち着いた時、フウカは先ほどの1.5倍ほどの大きさになっていた。
「まさかこんな所で本気を出すことになるとは思わなかったよ」
フウカは身体を軽くほぐすと、アヤメに飛びかかった。
速い。
先ほどよりも移動・攻撃速度が上がっている。
アヤメは避けきれなかった攻撃を腕に受けた。
腕にしっかりと気を纏っていたのに、骨が軋む。
そして、フィールドギリギリの端まで飛ばされた。
アヤメは足に気を纏い、一気にフウカまで肉薄し、その勢いのまま蹴りを入れた。
自分の移動速度を乗せた重い一撃だ。
それでもフウカにはほとんどダメージを与えられない。
「軽い。軽いね。そんなのじゃ私には効かないわよ?」
フウカは余裕の姿勢だった。
その後、アヤメとフウカは幾度となく打ち合うが、アヤメの攻撃は入るもののこれといった大きなダメージを与えられずにいた。
アヤメはフウカに殴り飛ばされ、戻り、また組み合い、また殴り飛ばされるを繰り返した。
フウカの一撃をくらう度にアヤメにダメージが蓄積されていく。
とうとうアヤメの息が切れだした。
何か……何か重い一撃を入れないと。どうやれば……。
アヤメはなかなか逆転の一手を考えつくことができなかった。
「アヤメ、アンタは力が弱い。力が弱過ぎるんだよ。その力でパワータイプを倒せると思うかい?」
師匠に言われた言葉を思い出す。
ほんと、私は力が足りなさ過ぎるわね。
アヤメは師匠に言われた通り、力を上げる修行を頑張ったが、まだまだ力が足りなかった。
そして、さらに師匠の言葉を思い出す。
「それにアンタは攻撃をする時、力を緩める癖があるね。無意識かもしれないが、きっと、相手を傷付けることに躊躇いがあるのだろう」
アヤメは修行でそれもなくなるよう気を付けてきた。
しかし、実際に敵を前にしまた癖が出てるのかもしれない。
「良いかいアヤメ? 敵はアンタを殺す気で来る。その相手に勝つには、相手の身体を潰す気で攻撃するしかない。自分がやられる前にやるんだよ。それに大会では回復の魔法使いが控えてるだろ? 多少の怪我は問題ないよ。ガツンといきな」
アヤメは師匠の言葉を思い出し
ガツンといく、ガツンといく……。
と心の中で繰り返した。
そしてアヤメは拳に気を纏った。
修行で練習したように気を円錐のように尖らせた形で。
ついでに相手の攻撃を受ける腕にも同じように気を纏わせる。
アヤメは大きく一歩後ろに下がった。
本気の突きを打つために腰を落とし、構えを取る。
フウカはアヤメに向かって飛びかかった。
フウカがパンチを繰り出す。
アヤメはより深く沈み込んで、頭上でフウカの腕をガードしながら纏わせた気でフウカの腕を切り裂いた。
そして、フウカの勢いをそのまま利用して突きを放った。
アヤメの拳には円錐形の気が纏われている。それは突きを繰り出すアヤメの腕を槍のような武器へと変えていた。
アヤメの拳はフウカの腹部にのめり込んだ。
フウカから抜いた腕には血が付いていた。
もちろん、ガードした腕にも。
その血の匂いに、アヤメは一瞬気持ちが悪くなる。
それでもそれに戸惑っている場合ではなかった。
フウカは突然のダメージに膝を落としていた。
しかし、目はまだ爛々としている。
まだだ、まだ、足りない。
アヤメは脚により硬く気を固め、フウカの顔を横薙にした。
フウカはそれを腕でガードしたが、そのガードごと、倒された。
それでもフウカが起き上がる。
腹部と腕からはまだ血がドクドクと流れていた。
「降参だ」
フウカがそう言った。
「この怪我じゃ、さすがにこれ以上戦えない。凄いパンチとキックを持っているじゃないか王女様。次の試合もそれでいくんだよ。生温い攻撃なんかしたらアタシがヤジ飛ばすからね」
そう言い終えると、もう一度床に倒れ込んだ。
医療班が慌てて駆け付ける。
フウカは医務室に運ばれて行った。
「うぉーーーーー!!!!!」
突然、観客席が土砂降りのような声でいっぱいになった。そしてアヤメ様コールが鳴り響く。
呆然としていたアヤメはその声で我に返り、審判、観客席に礼をして立ち去った。
控室前ではカナメが待っていた。
「姉上、大丈夫ですか?」
カナメが気遣わしげに聞いてくる。
「……うん」
そう返事を返すが、手に貼り付いた血と、肉を割き、穿つ感触がまだ生々しく残っている。
アヤメは初めてあそこまで人を傷付けたのだ。手足が震えが止まらない。
「姉上、それを洗い落としたら、ゆっくり休みましょう」
「……そうね」
「しかも、午後からはオレの試合です。とうとうアイツと戦えます」
「……! そうね!」
アヤメは急いで控室で血や汗を流すと、カナメのもとへ戻った。
控室からVIP席に向かう途中、フウカが待っていた。回復班に治療してもらえてもう傷は癒えているようだった。
「王女様、アンタもう大丈夫なのかい?」
そう話しかけてきた。
「大丈夫……とは?」
「アンタ、今まで人にあそこまでの怪我を負わせたことがないだろう?」
「!! ……そうです。なぜ分かったんですか?」
「めちゃくちゃ動揺してたもんな。あんなんで分からない方がおかしいよ」
フウカがニカッと笑う。そして続ける。
「王女様はさ、魔物に対してはどうしてたんだ?」
「普通に突きや蹴りで逃げるように仕向けてました」
「そうかい。王女様、アンタは優しい。優し過ぎる。戦うってのはね、命を懸けるってことだ。今回でいえば、私はアンタを殺すこともいとわず攻撃していた。魔物だってそうだ。攻撃対象に出会ってしまったら、殺られる前に殺る。それが自然のことだ」
「でも、わざわざ殺す必要はないですよね?」
「そうだね。じゃあ、アンタは自分が勝てそうにない相手にもそうやって手加減するのかい? それで殺される気かい?」
「それは……」
アヤメは言葉に詰まった。
「私はね、正々堂々とアンタと戦えて楽しかった。そして、戦うからには命を懸けていた。アンタはそれに真剣に応えた。それだけだ」
アヤメはフウカの言葉の意味を理解しようとフウカの顔を見る。フウカは言葉を続けた。
「自分を本気で殺しに来るやつに同情なんてしなくて良い。そのせいで相手がどうなろうとそれは相手の責任だ」
フウカはそう笑った。
「頭では理解できます。ただ、どうしても気持ちが……」
アヤメは俯く。
「今はそれで構わないと思うよ? それにそんなの気にならないくらい憎い相手に出会ったら、そんなこと考えられなくなるからね。そしたら変わると思うわ」
フウカは押し黙ったままのアヤメの頭をクシャっと撫で
「ま! 何にせよアンタのパンチもキックも凄い効いた! 楽しかったよ! じゃあな!」
そう言い残し立ち去った。
フウカが立ち去った後、アヤメはカナメに尋ねた。
「カナメは……平気なの?」
「人に怪我させることですか?」
「……うん。魔物もそうだけど」
「オレはどちらかといえば平気です。男だからですかね? あの第2王子ともやり合ってたでしょ? 相手が怪我させに来るんだから、反撃したらお互い怪我をするのが普通です。で、怪我の程度で死んでしまうことも。後味は良くないですけどね」
「そっか。それが普通なんだ」
「いや、普通なんて人によって違いません? 姉上の普通は姉上の普通で良いと思いますよ?」
「! そ、そうなのかな?」
「はい、そうだと思います」
「……そっか」
アヤメは吹っ切れたように軽く笑った。そして続けた。
「まさか弟のアンタにアドバイスもらえる日が来るとはね」
「まあ、オレだって子供じゃないですからね」
鼻を膨らませ、カナメは胸を張る。
「そういう所はまだまだお子ちゃまね」
「な! せっかくの良い雰囲気を壊さないでください!!」
「ふふーん。可愛い可愛いカナメちゃん♪」
「な! 揶揄わないでください! 姉上!」
本当に仲の良い姉弟である。
2人はその後しばらくの間、戯れあっていた。
その頃、建物から出たフウカは1人の老婆とすれ違う。
そして急に声を掛けられた。
「私も行こうと思っていたのですが、あなたがあの子に声を掛けて下さったんですね?」
「あの子? ああ! 王女様かい?」
「ええ、そうです。優しすぎて危ういでしょ? 試合後の様子に心配しておりました」
「へぇ? お婆さん、王女様の知り合いなんだ?」
「そうです。あの子は根っから優しい子でね、誰かが傷付くのをとても恐れているのです。王族なのに優しすぎて心配なのです」
「そうか。確かに上に立つ者として冷酷さは大事だし、王女様には足りなさそうだな。でも、良いんじゃないか? たまにはあんな王族がいても」
「そうでしょうか?」
「ああ。もし王族全員が皆冷酷だったら、今頃死刑囚だらけになってるんじゃないか?」
フウカはそう言いニカッと笑った。
「ふふふ。それもそうですね」
お婆さん、もとい仙女様もそう笑った。
そうして2人は別れた。
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