第32話 空飛ぶアイツを掴むには

 トップとの試合があった日の夜、久々に家族全員で食事を囲んだ。


「カナメ、明日の相手は鷹の獣人だな? どう戦うつもりだ? 空に逃げられると追えんぞ」


 父がカナメに話しかける。


「そうなんですよね。恐らく、ヒット・アンド・アウェイで来ると思うんですよ」


 カナメがうーんと眉間に皺を寄せる。

 それにアヤメが答える。


「それも作戦としては分かるけど、なかなか卑怯よね」


「トップ殿下ほどではないと思いますよ?」


 アヤメがその言葉に飲み物をブッと吹き出す。


 母ミドリが


「アヤメ、はしたないわよ」


とたしなめた。



「なんとか足を捕まえるか羽をどうにかできれば良いのですが……」


 カナメは唸るばかりだった。


 そんなカナメを見たアヤメが声をかける。


「ま! 悩んでてもしょうがないわね! 相手がどんな手でくるかも分からないし。今日は明日に備えてしっかり休みましょ!」


 アヤメはカナメの肩を軽く叩いた。

 カナメも、それはそうだなと思い、考えるのをやめ、ゆっくり休むことに専念した。





 そして翌日、カナメの試合が始まった。


 カナメがフィールドに上がると


「キャー!!! カナメ様ー!!」


 昨日とは一転、観客席が黄色い声で埋まった。

 両手に色々と文字が書かれた華やかな団扇を持っている女子の姿が多く見られた。もちろんペンライトもセットだ。


「女性にモテるからといって、調子に乗らないでくださいね? 第2王子殿下?」


 対戦相手の鷹の獣人が挑発的な目つきで話しかけてきた。


「いや、調子に乗るつもりはない。何でこうなっているのかも分からないし」


と素で答える。


「ははははは! 嫌味な方ですね。まさかこんな形でマウントを取られるとは思いもしませんでした」


 鷹の獣人はカナメを睨み付けた。

 カナメは


 ええー! 本当のことなんだけど


と、濡れ衣を着せられたことに困惑した。



 カナメは美形だが、カナメの家族も漏れなく美形であった。つまり、カナメにとってはこの顔が『普通』なのである。なのでそこまで騒がれる理由が本当に分からなかったのである。


 しかし、無知は時に人を傷付ける。

 鷹の獣人にとっては、完全なマウントと取られてしまったのであった。


 カナメが困惑している間に試合が開始される。


 鷹の獣人レックウは、開始の合図とともに空へ飛び上がった。そして、カナメ目掛けて急降下し、足の鉤爪でカナメを抉りにかかった。


 カナメは仙女様との修行で殴打に対する気の纏い方はかなり上達していた。

 しかし、切り裂き、抉る攻撃というのはまた別のタイプとなる。殴打に対する気の纏い方では対応しきれないのだ。

 本当は、カナメの得意とする気の使い方が有効なのだが、カナメはそれに気付けずにいた。


 カナメは気を纏って防御し、その気ごと身を切り裂かれることを繰り返した。それならばと、何とか回避を試みるものの、レックウが予想以上に速く、避けきれないこともしばしばあった。


 度重なる攻撃に傷を増やしていってしまうカナメ。


 レックウはひたすらヒット・アンド・アウェイを繰り返す。


 傍目には、カナメがレックウにただ襲われているようにしか見えない。

 2人の戦いはレックウの独断場となっていた。


「イヤー! カナメ様ー!!」

「負けないでー!!」


 観客席から悲痛な叫びが聞こえてくる。

 反撃の様子がないカナメに、観客たちはカナメの負けを予感していた。




 カナメは、何とかしたい、何とかしたいとは思っているが、レックウが離れるのが速すぎて、身体を掴むことさえできない。

 カナメはどうにかしてレックウの動きを止める方法を考える。しかし、何も思い浮かんではこなかった。




 くそっ! このままでは防戦一方だ。何か手を打たなければ……! どうすれば……。ああ! もう! 仕方がない、まずは距離を取って様子を見よう……!



 カナメは苦肉の策で自分のいた場所から大きく離れた場所に移動した。

 すると、レックウは自分を追ってきた。

 さすが鷹である。接近するスピードが半端なく速い。まるで弾丸のようだ。

 

 レックウは頭からカナメに突っ込むように低空飛行で接近した。そして、正面にカナメを捉えると、姿勢を起こし鉤爪で攻撃を仕掛けてきた。


 そこにカナメは違和感を覚える。


 え? 鉤爪で来た? なぜだ? なぜそのまま殴ってこない? たまたまか?


 攻撃を受けながらもカナメは再度、距離を取り、観察する。


 また、鉤爪で攻撃された。


 そんな、まさか。鉤爪でしか攻撃しないのか? しかも、鉤爪で攻撃するために毎回あんな風に身体を起こすのか?


 そう。カナメの思う通りであった。


 離れた場所からカナメを追いかけた場合、途中からは低空飛行となる。地面にほぼ平行に飛ぶため、鉤爪の攻撃をするには、一度上体を反らし、滞空しなければならないのだ。


 カナメは再び、同じように距離を取ると、迫ってきたレックウの動きを見て、確信した。



 カナメは意を決し、距離を取り直すと、追いかけてきたレックウから逃げるように走り出した。


「ははは! 情けないですね、殿下。敵に背を向けて逃げ回るのですか?」


 レックウは余裕の表情で、カナメを追いかけ回し、近付くと鉤爪で攻撃するために身体を起こした。

 この時、レックウは油断していた。


 その隙を突くように、カナメがレックウに飛びかかった。

 レックウが上体を起こすために止まる一瞬を狙っていたのだ。


 そのままカナメは、レックウを組み敷くようにのしかかる。


 レックウの四肢と羽根を腕ごと上から押さえつけた。



「! キャー!!!」

「ズルい! ズルいわ!!」

「私に代わってー!!!」


 観客席からまた悲鳴が巻き起こる。

 今度は、カナメに組み敷かれるレックウを羨ましがる悲鳴であった。


 斜め上のヤジに、観客席の男性陣が女性陣からそっと距離を置いた。



 そんな中レックウは、大空を自由に飛び回る自分に土がついたことに怒りを覚えていた。


「くそ! 離せ! 俺の背中を地面などにつけやがって!」


 レックウはカナメから逃れようと暴れた。

 しかし、狼の力を持つカナメが押さえ込んでいるのである。そう簡単には逃れられない。


 レックウは狩る立場にある自分がまるで獲物になったような錯覚に襲われる。


 初めて感じる恐怖であった。


 カナメは何とかレックウを昏倒させたいが、レックウを押さえつけるために両手足を使っていた。

 ここで、攻撃のために手や足を外すと、暴れるレックウを押さえ切れずに逃してしまうことになる。


 残る手は一つしか無かった。


 カナメは額に気を厚く纏わせ、歯を食いしばり、思いっきり頭を振りかぶり、自分の額をレックウの額に打ちつけた。



「ゴッ!!!」



 明らかにこちらまで痛くなるような音が観客席に届く。

 その音を聞いた、観客席の男性陣は痛みを想像して震え上がった。


 そして腕と翼を押さえつけられたレックウはまともに防御することもできず、渾身の頭突きをくらって、失神した。





「!!! キャーーーーーー!!!」




 この日1番の悲鳴が響き渡った。


 分かってはいる。分かってはいるのだ。

 違う、頭突きをしただけだと。頭では分かっているのだ。


 しかし観客席の女性陣からは、レックウを組み敷いたカナメがまるで口付けをしたかのように見えたのである。


 もちろん、男性陣には頭突きにしか見えていない。しかし、女性陣には謎のフィルターがかかっていた。

 女性陣、色んな意味で大興奮であった。


 カナメはレックウから離れ、勝利宣言を受けた後、審判に頭を下げフィールドを下りる。




 控室に繋がる通路に入ってしばらくすると、カナメは床にしゃがみ込んだ。

 

 控室前で待っていた姉アヤメが驚いて駆け寄る。


「カナメ! どうしたの!?」

「ってぇ」

「え?」

「痛てぇ!! 痛い! 痛い!! めっちゃ痛い!」


 カナメはオデコを押さえて蹲っていた。

 呆気に取られるアヤメ。

 そしてアヤメは呆れたように軽くため息を吐き、カナメの前髪をかきあげた。


「ふ、ふふふ。すっごいタンコブ出来てるわよ」


「だよなぁ? なんかすっごい膨らんでる感じするもん」


 予選の時とは違い、今度はカナメが涙目になっていた。





 控室で治療と受けた後、アヤメとカナメがVIPルームへ戻る途中、廊下で仙女様が待っていた。


「「師匠!」」


 2人は久しぶりに見る仙女様が嬉しくて駆け寄った。


「お久しぶりですね。まずは、一回戦、突破おめでとうございます」

「「はい! ありがとうございます!」」


 久々の仙女様のニコニコ顔に、アヤメもカナメも満面の笑顔であった。


「まず、アヤメ。あのなんとも戦い難い中での粘り勝ち、お見事でした。何度か危ない時があったと思いますが、最後まで踏み止まったことが、結果に繋がったんだと思います」


「ありがとうございます! でも最後なぜ勝てたのかいまいちよく分かってないんですよね」


 アヤメはアハハと頭を掻いた。


「あれは、完全な運ですね。頑張ったアヤメに幸運の女神様が力を貸してくださったのでしょう。運も実力のうちです。よく頑張りました」


 アヤメへ言葉を伝えた後、仙女様はカナメを見た。


「カナメ。先程の試合、打つ手がない中で、よくぞ活路を見出しました。また、カナメも諦めずに落ち着いて相手を観察したこと、実に良かったです」


 仙女様に褒められて、カナメはさらに機嫌を良くした。そこに仙女様の言葉が続く。


「ですが、なぜガードしなかったのですか? 観ていて不思議だったのですよ」


「ガード……? 普通に気で防御しましたが、鉤爪が貫通してきましたよ?」


「それはそうだと思います。私が言いたいのは、なぜ、気を硬く固めなかったのですか? ということです。カナメの得意分野でしょ?」


「え? 気を硬く……? あ! ああ! ……す、すみません。あれは攻撃用と思ってて、防御に使えるとまで頭が回りませんでした」


 カナメは項垂れて答えた。


「なるほど。気を硬く固めることができる、というのは、攻守どちらでも役に立ちます。これからは、活用できると良いですね」


 仙女様が落ち込むカナメの頭をヨシヨシと撫でた。


 そこで仙女様は、アヤメが頭を撫でられるカナメを羨ましそうに見つめていることに気付く。


「もう、アヤメまで。子供じゃないんですから」


 そう言いながらも、仙女様はアヤメの頭にも手を置いた。



 明日はいよいよベスト4を懸けた試合が始まる。

 カナメはいよいよ宿敵、白虎族の第2王子との対戦である。

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