第31話 出る杭は打たれるが出過ぎた杭は打たれない

 アヤメとトップの2人が開始線に立つ。


 そして審判のかけ声とともに試合が開始された。



 お互いしばらくにらみ合いが続く。

 先に動いたのはトップだった。

 アヤメはトップの攻撃を掻い潜りながらもカウンターを返す。


 しかし、トップは人族のためそこまで力が強くなく、カウンターの威力も落ちてしまう。

 なかなか思うようにダメージを与えられない状況に少しずつアヤメに苛立ちが募っていった。



 ダメよ。落ち着いて。冷静に。師匠の教えよ。


 アヤメは自分に言い聞かす。

 その時、トップの動きの隙を見つけた。


 あの突きを打つ直前、一瞬だけ胴が開くわ。あれを狙えれば、一撃を入れられる!


 アヤメはトップの動きを注視しながら隙を待つ。

 そして、隙が出た瞬間、胴を薙ぐように蹴りを入れた。

 が、その蹴りはトップに届くことなく、逆に反対方向から蹴りを入れられた。


 蹴りに集中していたため防御が遅れたアヤメは、トップの蹴りをまともに受けてしまう。

 吹き飛ばされるものの、何とかフィールド内に留まった。


 アヤメはなぜ蹴りが入ったのかが分からない。

 しかし、考える暇も無く、トップが迫り再び攻められ続けた。

 また別の隙を見つける。

 そこを突こうとして、また反対側から攻撃をくらった。

 

「うーん。なかなかしぶといですね、王女殿下。さすがに今のでダウンしていただきたかったのですが」


 トップは困ったように話しかけてきた。

 アヤメはトップを睨み付けることしかできなかった。


「そんな顔をされても困ります。こちらとしてもダウンが欲しかったんですよ。しかし、やはりというべきか、野生の力をお持ちの皆様は頑丈ですね」



 このトップのいう『野生の力』とは、獣人たちのことを指している。それぞれ獣人たちはその元となる獣の特性を受け継いでいるのだ。

 そして周りの獣人からは猿の獣人と思われている人族だが、決して猿のように木登りが得意だったりバランス感覚が優れている訳ではない。


『人』なのである。

 そんな彼らの特性はその知能にあった。


 人間は他の動物に比べて直情的では無い。故に色々と策を練って仕掛けてくるのである。

 その作戦は他の獣人では考え付かないような巧妙な物が多くあった。


 今回の策もその一つである。

 トップはわざと自分の動きに隙を作り、そこをアヤメが狙うよう誘導していたのである。


「これでは埒が明きません。次の作戦に出ましょう」


 そう言うとトップは、おもむろにマスクに手をかける。


 そして、マスクを外した。




「うっ!」


 アヤメが苦しそうに顔を歪める。


 観客が何があったのかとザワザワと話し出す。


 アヤメは、苦しそうな顔のままトップに攻撃を仕掛けた。


 しかし、先ほどのキレは無い。

 その隙を突いて、トップが畳みかける。

 しかし、なんとかアヤメは踏み留まった。


 次の攻撃の瞬間、トップがアヤメの顔に近付き、大きく息を吐いた。

 その瞬間、アヤメは苦しそうに咳込み、トップから距離を取った。


 顔色も悪い。


「おや、まだ耐えますか。しかし、どんどんと弱ってきていますね。このニンニク増し増し10倍増しラーメンを食べた効果はあるようですね」


 トップは満足そうに笑う。


 それを聞き、観客たちは騒然となった。



「な、アイツ、今ニンニク10倍増しラーメンって言ったぞ」

「ああ、ってことは、アイツの口は今……」


 観客席の獣人たちに寒気が走る。


 そう、トップの口は今とてつもなくニンニク臭がするのだ。


 アヤメは狼獣人である。嗅覚が鋭いのである。

 そのアヤメは直でトップの臭いにやられていた。


「卑怯だぞー!」

「麗しの王女様に何をするんだー!!」


 観客席からヤジが飛ぶ。

 しかし、トップは毅然とした態度であった。


「勝つための作戦です。なんと言われようと構いません」

 

 トップは構えを取り直す。


 そして、アヤメに肉薄する。

 また、息を吐く。


 アヤメは涙目だ。


 それでもアヤメは必死に攻撃を防ぎ、カウンターを仕掛ける。

 しかし、トップもアヤメの戦い方に慣れてきたのもあり、なかなか決まらない。


 剛を煮やしたトップは


「仕方がありません。これだけは使いたくありませんでしたが……」


と前置きし、アヤメに攻撃を仕掛ける少し前に、下半身からガスを噴き出した。








 そう放屁である。






 王子の品格は地に落ちた。



 トップはもしもの時のために、先程言っていたラーメンをニンニクの漬物ともに3杯食べていたのだ。

 つまり、臭いがきついのは、口だけではないということだ。



 まるで色が付いているかのような屁香がアヤメを襲う。

 アヤメは臭いのダブルパンチに目が回りそうになっていた。


「お……おい。アイツやべぇな」

「ああ。あそこまでいくと逆に尊敬してしまいそうになる」

「なんてやつだ。俺はあんなことできない」

「な、なんかこっちまで臭いが届いてきたぞ」

「う! くっせぇー!!」


 観客席では先ほどとは違う意味でザワつきだした。


 正しく『出る杭は打たれるが出過ぎた杭は打たれない』状態だ。


 そして、臭い攻撃にとうとう耐え切れなくなったアヤメは





「もうイヤー!!! サイテー!!!!」




と今日一番の本気の平手打ちをトップに放った。


 アヤメの気を溜め込んだ本気の平手打ちである。型も何も無い、ただの平手打ちである。

 完全な不意打ちであった。


 アヤメの平手打ちを受けたトップはその衝撃に脳震盪を起こし倒れてしまった。






「へ?」




 アヤメは驚き、固まる。


 観客も同じように驚き、固まる。




 

 試合は終了した。


 アヤメは、倒れているトップを思いっきり睨みつけると、フンッと怒りながら、退場した。


 アヤメが控室に向かって歩いていると


「姉上ー!」


とカナメが走ってきた。


 そして、3mほど手前でピタリと止まる。


「姉上、ただならぬ激しい戦いお疲れさまでした」


 鼻を摘み、距離3mをキープするように後ずさるカナメ。


「気持ちはわかるけど、流石にそれは傷付くわ」


 アヤメはカナメの行動に目を潤ませた。


「すみません。しかし、本当に恐ろしい攻撃ですね。まだ残り香が姉上に……」


 アヤメは俯き黙る。そして


「もう! 何で私の相手はあんなのばっかりなのよー!!!」


と叫んだ。


「シャワー入ってくる!!」


 アヤメは光の速さで控室へと消えて行った。




 シャワーから上がり、2人はVIP席にいる家族の元へ向かった。



 扉を開けると、人族の州王とその奥方が、アヤメらの父母の前で土下座していた。



 アヤメに気付いた人族の州王が、アヤメの元に駆け寄り、再び土下座をする。


「アヤメ殿! この度はうちの愚息が誠に、誠に申し訳ない! 何か策は練っていたようだが、まさかあんな品性のカケラもない、クズな作戦を実行するとは思いもよらず……。誠に失礼いたしました!」


「え!? あ、え!?」


 アヤメはまさかの展開についていけない。


「謝罪する立場でこんなことを申すのは、誠に厚かましいとは存じますが、人族は……我々人族はあんなヤツのような集まりではないのです。どうか、どうか、その点だけはご留意をお願い申し上げます!」


 州王は床に埋まるのではと思うほど、額を床に擦り付けた。


 さらに州王を追うように慌てて駆け寄った奥方も州王と共に頭を下げる。



 どうやら人族の州王夫妻はまともだったらしい。



 そこへ、扉をノックする音がした。


 入室を許可すると、トップが入ってきた。


「父上、外から見えましたが、なぜ銀狼族のVIP席にいらっしゃるのです? しかもどうしたのですか? そのように頭を下げて」


 トップは一体何があったのか全く理解ができなかったようで、訳が分からないと尋ねる。


 そこに人族の州王が無言でズカズカとトップへ歩み寄り、渾身の一撃をトップの頬に炸裂させた。

 その衝撃でトップのマスクが外れる。



 臭いの威力を知っているアヤメとカナメは身構えた。

 しかし、トップからは先程のような強烈な臭いはしてこなかった。



 実は、トップが医務室に運ばれた際、あまりの臭いに顔をしかめた医療班が、臭い消しの魔法をトップにかけたのである。


 この臭い消しの魔法、生ゴミの臭いを抑えるためによく使われる魔法で、臭いが強烈であればある程効果がある。

 正にトップにうってつけの魔法であった。


 トップは知らない。

 医療班から『生ゴミ』認定されていたということを。




 トップに鉄拳制裁を加えた人族の州王は


「どうしたもこうしたもないわ!!! お前は神聖な大会の試合で、しかも事もあろうに嫁入り前の王女殿下に対し、なんということをしでかしたんだ!!!」


とブチ切れた。

 州王は倒れたトップを引き摺り、再びアヤメの前に戻ると、トップの頭を床に沈め、州王自身も再び頭を下げた。


「も、もうシャワーで臭いも取れましたし、大丈夫ですよ。州王様、頭をあげてください」


 アヤメはあまりの様子に驚きながらも、州王の言葉に溜飲を下げた。




「こんなに優しく美しいお嬢さんに……。本当に情けない」


 人族の州王は目に涙を浮かべていた。



 そこにアヤメの父ナツメが口を挟んだ。


「アヤメもこう言っておりますし、ご子息が今後気を付けてくれれば構わない。我々も人族と敵対したいわけではない。今後も仲良くしていこう」


 その言葉を聞いた人族の州王は


「ナツメ殿……。かたじけない。銀狼族王家の皆様のお心遣いに痛み入ります。ほら、お前は言うことが無いのか!」


とトップを叩いた。トップは


「こ、この度は、勝ちを焦るあまり、配慮に欠けた卑劣な行為を申し訳ございませんでした。今後、一切あのような行為をしないと誓います」


と頭を下げた。



 そうして、人族一家が銀狼族のVIP席から退室した。





「び、びっくりしたー!」


 カナメが一番に口を開いた。

 それに答えるように父ナツメが話し出した。


「それがな、アヤメの試合が終わってすぐ、お二人が来られてな。入って早々スライディング土下座じゃ。さすがに私も驚いたわ。どうしたもんかと困っておったら、お前たちが戻ってきてくれて助かったわ」


 そこにずっと静観していたキワメが口を開く。


「そういえば前に、人族の第1王子が『弟が何を考えているのか分からない。将来が心配だ』とこぼしていましたよ」


 母ミドリも頬に手を当て、話に入った。


「ご両親はあんなにキチンとされてる方なのに……。本当、どの家庭にも1人はいるのね、親の心配の尽きない子が」


と、チラリとカナメを見た。


「い、いや母上! オレはあんなことしませんよ! あんな非常識なこと、する訳がないでしょう!?」


 カナメは完全なとばっちりを受けた。

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