第30話 予選 あの人はだあれ?
予選が始まる前、審判から改めてルール説明があった。
1.場外は漏れなく失格、つまり負けとなる
2.ダウンはフィールドにいくら倒れていようと意識があれば試合続行
3.逆に意識を失った場合はいかなる状況であろうと負けとなる
大まかにはこんな感じだ。
1は、場外に飛ばされるような軟弱者は漏れなくアウト!
2は、意識があれば反撃できるからオッケー!
3は、意識失う=死でしょ? アウトだよ!
ということらしい。
そしていよいよ予選の第1試合が始まった。
そこには件の白虎州の第2王子がいた。
第2王子はその体格とパワーで周りを圧倒する。次々に選手が場外へと投げ出された。
最後に残ったのは、第2王子と、第2王子の攻撃を空へ逃げてかわし続けた、鷹の鳥獣人の2人だった。
第2試合はカナメの番だった。
「カナメ! 緊張してるでしょ?」
アヤメがニヤッと笑いカナメの顔を覗き込む。
「お、おう。少し」
実はめちゃくちゃ緊張していた。
カナメは他の20名と一緒にフィールドに上がった。
すると観客席から黄色い声が飛んできた。
「キャー!!! ショーリさまぁー!!! 頑張ってー!!」
観客席からの女子の声が姦しい。
どうやら、ショーリという男がいるらしい。
時間になり、予選の第2試合が始まった。
とりあえずカナメは自分に迫ってきた相手を倒し続ける。
6人程倒した時に、1人の男がカナメに攻撃してきた。
「あれ? イケメンがいると思ったら、王族の方じゃないですか? こんな所にいて良いのですか? 大人しくVIP席でご観覧されては?」
攻撃をしながら男が話しかけてきた。
その男もかなりの美形である。
その時、観客席がざわめき出した。
「え? ショーリ様と戦ってるのって誰!? カッコいい!!!」
「そうなの? あ! 本当だ!! 私あの方のほうが好みかも!!!」
「王族の腕輪付けてるわ! 王子様よ! けどこの距離じゃ見えないわね。ちょっと待って!」
1人の女子が目に気を集め、視力を上げる。
「分かったわ! 銀狼族の第2王子殿下よ!」
「第2王子殿下!?」
「キャー!!! 第2王子殿下ー!! 頑張ってーー!!!」
黄色い声援がまた激しくなった。
その声を聞き、カナメの母ミドリはとても満足そうに頷いていた。
そして、その声を聞き、ショーリはイラついていた。
「殿下、私のファンを誘惑しないでいただけますか?」
「いや、オレは何もしていないんだが……」
ショーリの攻撃を躱しながら、困惑を声に滲ませカナメが返事をした。
しかしショーリはそんなカナメの思いを掬いあげてはくれなかった。
「貴方の存在がどうやら、私にとっては、邪魔なようです。ここで、終わって下さい!」
ファンを盗られた(と思い込んでいる)ショーリは、カナメを蹴落とそうと燃え出した。
気を一気に高め、カナメに猛攻を仕掛ける。
しかし、カナメは仙女様の攻撃をくらい続けた男である。
ショーリの攻撃を捌くのはさほど難しいことではなかった。
カナメはショーリの攻撃を避けつつ隙を見つけ、足に気を纏い、ショーリを場外へ蹴り飛ばした。
「「「「きゃー!!!」」」」
観客席から甲高い悲鳴が響き渡った。
ショーリが負けてしまったことへの悲哀の悲鳴と、カナメが勝ったことによる歓喜の悲鳴だった。
ショーリを蹴飛ばした後、カナメはすぐにフィールドの様子を確認する。
残り5人となっていた。
どこからか血の匂いもしてくる。
カナメがフィールド上を確認していると、1人の白い虎獣人が近づいてきた。
レストランで出会った第1王子であった。
「おやおや、女性陣の声が凄いと思ったら、貴方でしたか、第2王子殿下。とてもファンが多いのですねぇ」
第1王子はニタニタと笑いながら歩み寄る。
そして、相も変わらず勝手に喋り続けた。
「そういえば、お姉様、第1王女殿下はお元気ですか? VIP席にいらっしゃらないようですが」
第1王子は銀狼州王家のVIP席に目線を向ける。
「姉でしたら、この後の第4試合に出場しますのでVIP席で観覧はしていないと思われます」
カナメは努めて冷静に答えた。
「なんと! あの美しさでさらに武の心得まであるとは! いやぁ、第1王女殿下と戦える方たちが羨ましい。あの柔らかな肌に爪を立てたらどんな感触なんでしょうねぇ。傷を負わされ出す悲鳴はどんな声なんでしょうねぇ」
第1王子は恍惚とした表情で興奮し出した。
何コイツ、本当ヤバいな。
カナメは内心ドン引きであった。
すると先ほどまで大興奮だった第1王子が突然カナメにぐるりと向き直り
「まずは、この予選で生き残らねば、姉君と触れ合うことすらできませんねぇ。ああ! 早く傷付き怯える顔が見たい!」
そう言うと、いきなりカナメに襲いかかった。
流石は虎獣人である。
その威圧的な気とパワーは周りを圧倒する。
カナメは腕に気を充分に纏わせているものの、攻撃を受ける度に腕が痛んだ。
カナメは第1王子をどう倒すかで思案する。が、なかなか決め手が見つからない。
しばらく、ただ打ち合うだけの時間が過ぎた。
カナメは突破口を見出せないことに焦り始める。
しかし、決め手が無いのは第1王子も同じであった。
ふむ……。この弟君は思ったよりもやりますねぇ。話に聞いていたより強いように感じますね。これでは埒があきません。致し方ない。本気を出しますか。
第1王子は一度軽く離れ体勢を整え、再びカナメへ向かった。
カナメはその攻撃を受けるため腕に気を巡らせる。
その時、カナメは背後に恐ろしい気配を感じ、咄嗟に横に飛び退いた。
飛び退いたカナメの横を血生臭い風が通り抜ける。
背筋を走る悪寒にカナメが肌を粟立てた瞬間、目の前の第1王子に何かがしがみついていた。
カナメに気を取られていた第1王子は何が何だかわからずに、ただ、もがく。
その間にも、飛びかかった相手は第1王子のあちこちに咬みつきだした。咬まれた傷からは血が流れ出す。かなり深く咬まれているようだ。
その様子にカナメは呆気に取られていた。
どうやら、第1王子を攻撃しているのはリザードマン系の獣人、つまりトカゲやワニなどの爬虫類の獣人のようだった。
第1王子は力づくでそのリザードマンを振り解く。
するとそのリザードマンは尻尾を大きく振り回し、第1王子の目元を打った。
反射的に目を瞑るものの、トカゲ類の鱗は硬い。第1王子は両目の瞼に傷を負い、目を開けることができなくなってしまった。
そこにまたリザードマンの咬みつき攻撃が襲いかかる。第1王子は身体中あちこちからドクドクと大量に血を流し始めた。
血が、止まらない?
カナメは、第1王子の流血が一向に止まる気配がないことに気が付いた。
「毒……か?」
ふと思い当たったことを口にする。
すると、第1王子を攻撃していたリザードマンがぐるりと振り向き、血がベッタリと付いた口元を歪ませるようにニヤリと笑った。
「ご名答。私の毒は血が止まらないわよ?」
とうとう、第1王子は立っていられなくなり、しゃがみ込んだ。
そしてそのまま倒れ込む。第1王子の周りには夥しい血の池ができあがっていた。
「本当はアンタを狙ったんだけどさぁ、なかなか敏感で良いじゃないか。気配を消してたのに良く気付いたね」
リザードマンが喋りながら、ゆっくりとカナメに近付いてくる。
「虎の王子様は肌が分厚くて咬みにくかったよ。それに血も余り美味くない。イケメンのアンタの血なら美味いと思ったのに残念だよ」
そう言うと、口周りについた血を二股に分かれた長い舌で舐めとりながら、またニヤリと笑った。
カナメは、その異様な雰囲気に後ずさった。
しかし、リザードマンは突如フッと肩の力を抜き
「ま、この予選はアンタと私の2人で決定だね」
とニカッと笑った。
リザードマンの言葉に、カナメがハッとして周りを見てみると、第1王子を含めて血の池が3つ出来上がっていた。
辺りは血の匂いでむわっとする。
その狂気と惨状にカナメの背中がゾクリと震えた。
「担架だー!! 担架を急げ! 医療班早く!!」
この大会は悲惨な怪我でもなんとか一命を取り止められるよう、セイルーの魔法使いが医療班として控えていた。
しかし、出血多量が過ぎればいくら魔法使いの回復魔法でも命を繋ぐことはできない。
一刻の猶予もない状況に場内が騒然となった。
試合会場が落ち着き、予選が進んでいく。
いよいよ、アヤメの出る第4試合が始まった。
アヤメがフィールドに上がると、また観客席がざわめき出す。
そしていつしかそれは、叫び声のような、咆哮のような野太い声に変わった。
「お・う・じょ・さ・まーーーー!!!!」
明らかにアヤメに声援を送っている。
カナメの時と同じく、アヤメにも一瞬でファンができたようだ。だが、なんともむさ苦しい。
が、またこの声援にも、母ミドリは満足そうに頷いていた。
一方、試合が開始されたフィールドでは、アヤメの身体に触ろうと欲丸出しの選手が尽くアヤメに叩き潰されていっていた。
さらに、そんなアヤメの様子を観察していた者のうち、アヤメに踏まれたい・殴られたいと思うタイプの人間がアヤメに襲いかかり、倒されていく。
その表情は、まるでこの世の楽園にいるかのような幸せそうな顔だった。
そんな気持ち悪さに辟易としながらもアヤメは襲いくる敵を全て捌ききった。
と思った時、急に足元の石板が盛り上がり、腕が現れアヤメの足首を掴む。
思わずアヤメから
「キャアッ!」
と声が出た。
「うぉー!!! 声まで可愛いーーー!!!」
観客席から暑苦しい声が響く。
不思議に思っている方もいるかもしれないので説明させていただこう。観客たちは皆、闘っている選手の会話が気になるので、耳に気を纏い、聴力を上げている。そのおかげで、フィールドにいる選手の声が聞こえているのだ。
アヤメの足を掴み、床下にいたのはモグラ獣人の男であった。
アヤメは足を掴む手を振り解こうとするが、しっかりと掴まれていて、外すことができない。
なんとか振り解こうと足を振り回しているうちに、モグラ獣人が石板から顔を出した。
アヤメは隙ありと言わんばかりに、そのモグラ獣人の頭に、掴まれていない方の足で踵落としを打ち込んだ。
モグラ獣人は失神し、アヤメの足から手を離した。
アヤメは次の敵はどこかとフィールドを見渡す。アヤメの他、残り2人が死闘を繰り広げていた。
アヤメはその様子を見守る。
しばらくして、決着がついた。
すると、勝った方の人間が近付いてきた。
「キミがほとんど相手してくれたおかげで、僕は楽できたよ。ありがとう」
王族の腕輪を付けた猿獣人(人族)が手を指し出した。
「本当、怖かったですよ」
そう答えアヤメは手を掴んだ。
「はは。確かに凄い勢いだったよね」
と相手の王子が苦笑いする。そして
「本戦では、君と闘えるのを楽しみにしているよ」
そう言い残し、去って行った。
統一大会、王族が出過ぎである。
「姉上ー!」
フィールドから出で、控え室に行くとカナメが待っていた。
「カナメ! もう聞いてよー!! なんか男共の目! 目がヤバいのよー! めちゃくちゃ気持ち悪いし怖かったよー!!!」
アヤメがカナメに泣きつく。
「いや、凄かったよね! 姉上モテモテだねぇ。声援も凄かったんだよ。なんか変な応援の踊りしてる人とかいたもん」
「何それー!! ますます怖いんだけど!」
アヤメはさらに涙目になった。
「ま、まあ、でも、姉上を応援してくれてるんですし、ここは喜んでおきましょう!」
「そ、そうね! 確かに。応援は有難いものね」
カナメの言葉にアヤメは気を持ち直した。
その後、予選は順調に進み、本戦に出場する16人が決定した。
翌日の本戦に向け、本戦参加者16人でくじ引きを行った。
その結果が掲示板のトーナメント表に貼り出される。
カナメは第8試合、2日目の最終試合となった。
一方アヤメは第5試合、つまり同じく2日目であるが、2日目の一番目となる試合であった。しかも相手はまさかの予選に残ったあの人族の第3王子トップであった。
翌日、本戦が始まる。
アヤメとカナメは家族と共に王族VIP席で観戦していた。
1対1ということもあり、本戦はやはり予選とは違い、手に汗握る試合展開であった。
第3試合の途中、銀狼族王家VIP席の扉がノックされた。
入室が許可され入ってきたのは大会運営委員であった。
「御観覧中に失礼いたします。アヤメ様、この後はご予定がおありでしょうか?」
「この後、ですか? 何事でしょうか?」
アヤメは質問の意図がわからず、聞き返す。
「実は、本日の試合なのですが、思いの外早く進んでおりまして、できましたら本日にアヤメ様の第5試合をさせていただきたいのです。もちろん、トップ殿下の許可も必要なのですが、いかがでしょうか?」
「私は別に構いませんよ。またどうなるか決まりましたら教えてください」
「御配慮ありがとうございます。それでは、決まり次第また伺います」
そう頭を下げると、運営委員は退室した。
「試合、早く進んでいるのですね」
カナメがフィールドを見下ろしながら呟いた。
「そうみたいね。でも、確かに、去年はもっと一試合毎に時間がかかっていた気がするわ」
アヤメもフィールドを見下ろし、カナメの疑問に答えた。
そしてアヤメの回答をサポートするように、父が口を開いた。
「毎年、試合毎にフィールドの清掃や整地に時間がかかるからな。言われてみれば確かに、今年はフィールドが荒れるような試合が無いな。それのせいだろう」
2人の話にカナメは、なるほどー! と納得した。
実はカナメは、観戦も含めて統一大会初参加であった。
結局、アヤメの第5試合は、本日行われることとなった。
予想外の展開に、観客は大盛り上がりだった。
第4試合の後、長い休憩が取られて第5試合が始まった。
アヤメがフィールドに立つと、観客席から滝のような声援が降り注ぐ。
「うぉー!!! アヤメ様ー!! 待ってましたー!!!」
なぜか狼やアヤメのイラストがついた服を着た観客や、ペンライトを両手に持ち謎の踊りを一糸乱れぬ動きで披露する観客たち。
なぜ観客がアヤメの名前を知っているのかというと、トーナメントの順番を決めるくじ引きの時、とうとう、どの選手が何の名前かが、知れ渡ったからである。
それにしても、需要をいち早く察知し、昨日の今日で、ここまでグッズを用意した栄光都市の商人たちは、商人の中の商人と言えよう。
「はは! 相変わらず凄い人気だね。お手柔らかに頼むよ」
対戦相手のトップが握手をアヤメに求めてきた。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
アヤメはその手を取った。
すると観客席から大ブーイングが起きる。
「おらー! 予選の時と今回も対戦にかこつけてアヤメ様の手を握ってるんじゃねー!!」
「そうだそうだー!」
「手を離せー!!」
ブーイングが響き渡る。
「おっと、これは困ったな。ごめんね」
トップは苦笑いして手を離した。
アヤメは、いえ、と笑いかけながらも、トップが昨日はしていなかったマスクを着けていることが気になった。
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