第27話 弟子入りさせてください!

 カナメとアヤメは飛竜山にやってきていた。


 そびえ立つ山を眺めて、アヤメは喜びを隠せない。


「カナメ! 早く登るわよ!」


 アヤメはそう言うと、想像を絶する速さで山を登り始めた。


「カナメ! 遅いよ! 早く早くー!」


 随分と先でアヤメがカナメを呼ぶ。


「ね、姉ちゃん。さ、先に行っといてくれ……」


 カナメは息も絶え絶えに山を登った。




 そして、やっとの思いで山頂付近の村に辿り着いた。アヤメは疲労を感じさせない顔でカナメを待っていた。


「やっと来たー! どこ!? どこなの!? 仙女様は!?」


 アヤメは待ちきれずにキョロキョロし出した。


「あそこの階段を登った先の社にいるよ」


とカナメが社を指差す。


「じゃ、早く向かおう!」


 アヤメはカナメの手を取りグイグイと引っ張って行った。




 社に着くと、誰も居なかった。

 仕方がないので


「すみませーん!」


と大きな声で呼びかける。



 すると奥から


「ハイハイ、ちょっとお待ちくださいね」


と仙女様がやって来た。




 アヤメがカナメに耳打ちする。


「あの方が仙女様?」

「ああ、そうだよ」


 カナメの返事を聞き、大きく頷いたアヤメは、仙女様に近付き、膝を地面についた。


「初めまして。銀狼族第1王女のアヤメと申します。こちらの弟のカナメと共に弟子にしていただきたく、参りました。父から書状を預かっております」


と書状を仙女様に差し出した。


 カナメも慌ててアヤメの横で膝を折る。



 仙女様はカナメを見る。そしてやれやれと


「王女殿下はきちんとなさってるじゃない。なぜ王子殿下はああされなかったのですか?」


と溜息を吐いた。


 アヤメがカナメを横目でギロリと睨む。

 カナメは居た堪れなさ過ぎて、逃げ出したくなった。




 仙女様が書状の内容を確認する。


「……。事情は承知しました。しかし、私はどの種族にも肩入れする気はございません。このような事では弟子入りを受け入れる訳には参りません」


 と仙女様は首を横に振った。


「そんな……! でも、我々は仙女様しか頼れる方がいないのです! 何卒、よろしくお願いいたします!」


 姉が悲痛な声で再度頭を下げる。


「そうは言われましても。統一大会で私のことを知られるのも困るのですよ。私はこの山のドラゴンの管理人です。ひっそりとここで生活したいのです。日の下にさらけ出されたくはありません」


 仙女様は困ったように答えた。




「あの……」


とカナメが恐る恐る手を挙げる。


 なんだい?


と仙女様がカナメを見る。


「元々、修行をさせていただきたいだけで、仙女様のお名前をお出しするつもりは毛頭ございませんでした。ただ、オレは……いえ、私は、弱い自分のせいで、一族が笑い者にされるのが嫌なのです。何とか一矢報いたいのです。何卒、お願いできないでしょうか?」



 カナメの言葉に驚きアヤメがカナメを見つめた。

 仙女様はカナメの様子に仕方がないねぇと大きく息を吐くと


「私の修行は厳しいよ。付いてくる気はあるね?」


と聞いた。


 それに対し、カナメは大きく頷く。



 そして仙女様はアヤメを見る。


「王女殿下も大丈夫ですか?」


と尋ねた。それに対しアヤメは


「はい! よろしくお願いいたします!」


と頭を下げた。




 仙女様は目を見開き


「なかなかやるじゃないか」


と嬉しそうに笑った。






 2人は社の奥へと案内された。


「この2つの部屋を使いなさい。ひとまず、荷物を整理したら私の元にいらっしゃい」


 そう言うと、仙女様は離れていった。


 カナメは荷物を整理し、部屋を出た。

 するとアヤメが待っていた。


「仙女様、凄いわね。あの殺気は確かに恐ろしいわ」

「え? 姉ちゃ……姉上、殺気を浴びてたの!?」


 カナメは驚く。


「ええ。『王女殿下も大丈夫ですか?』って聞かれた時にね。カナメの言ってた意味が分かったわ」

「でも、普通に返事してなかった? オレ、声も出せなかったよ」

「それは貴方の鍛錬不足よ。これから、修行頑張らなきゃね」


 そう話しながら2人は仙女様を探した。




 仙女様を台所で見つけた2人は、仙女様に促され、食卓へと向かった。


 仙女様は2人にお茶を出しながら話しかける。


「これから修行をする上で、いくつか取り決めがあります」


 2人は同時に頷く。


「まずは、私のことは『師匠』と呼ぶこと。間違っても『ババア』などと呼ばないように」


 カナメがビクッと肩を振るわせた。

 そんなカナメにアヤメの視線が突き刺さり、カナメは小さくなった。


「次に、ここでの生活は自給自足。村の人たちとも協力して生活するように。貴方たちの考える修行は、普段の生活をしながら合間合間で行います」


 2人は、はい! と返事をした。


「では、今からまずは水汲みからお願いしましょうか? カナメ、そこのかめがいっぱいになるまで水を汲んできてくれますか? アヤメは薬草を仕分けするのを手伝ってください」


 2人は返事をし、動き出した。




 カナメは水汲みを始めた。大きな桶2つに井戸から水を汲み出し、それを両手に持ち、台所まで歩く。水をかめに入れると、少ししか増えなかった。

 カナメは何往復も繰り返す。歩く度に水が揺れて桶から溢れていく。


「はぁ〜。こんなのいつ終わるんだよ」


と悪態をついた。


「こら! カナメ。修行頑張るんでしょ? しっかりしなさい!」


と姉が声を掛けた。


「姉ちゃんは座ってるだけじゃないか。何でオレだけコレなんだよぉ」


 その言葉を聞き仙女様が口を挟む。


「それはですね、アヤメにはその必要が無いからです。アヤメ、一回だけ代わって差し上げなさい」


 そう言われるとアヤメはカナメから桶を2つ受け取る。


「いい? カナメ。しっかり見ててね」


と言うと、井戸に向かう。


 井戸で水を汲むと、気の力を脚に込め、一瞬で台所の入口まで戻ってきた。

 移動の時、桶は確かに斜めか横に向いていたのに水が溢れていなかった。


 その水をかめに流し


「行く時もササっと行っちゃえば、時間短縮になるわよ? はい、頑張って!」


とニコニコしながらカナメに桶を手渡した。


「なんで? 何で姉ちゃん水が溢れないの?」


 カナメは不思議でたまらなかった。


「何でかは私も分からない。でも、不思議なんだけど、水に抑えられる力がかかったみたいに溢れないのよ? 桶をグルグル振り回しても溢れないわよ?」


 もし、ここにイコウの人間がいたら


「それは、慣性力がね、とか反力がね、向心力が……」


 と色々と説明してくれたかもしれない。

 しかし、ここはレセキッドである。感覚的な話になるのであった。

 

「へぇー。それ、オレでもできるの?」


 感心しながらカナメが聞く。


「もちろんよ! 頑張って!」


 そうもう一度、笑いかけた。




 カナメは一度水を汲み桶を持って自分を中心にグルッと回ってみた。確かに水は落ちない。

 次に、そのまま桶を持って走ってみた。

 斜めになった桶から水が溢れる。


「何が違うんだ?」


 カナメは姉のやり方を思い出す。

 次は姉と同じように気を使い走る。

 家屋に近付き止まった瞬間に桶の水がバシャッと溢れた。


「あ! 最後はちょっとコツがいるわ! 水と力の流れを感じて桶の向きを調整するのよー!」


 食卓で作業をしていた姉から声がかかった。


「ふふ。水汲みも修行になるでしょう?」


 姉と作業をしていた仙女様が笑った。


 その後、カナメは試行錯誤を繰り返し、なんとか水汲みを終わらせた。






「では、まず貴方たちの力を見せてもらいましょうか」


 水汲みと薬草の仕分けが終わった後、仙女様は2人を裏の空き地、裏庭へ呼んだ。


「まずは、私と手合わせしてもらいましょう」


 そう言うと、仙女様は被っていたベールを外した。

 下に置いた瞬間、ゴトッと音がした。




 な、何だ今の音? 重りでも付いているのか?


 カナメは仙女様のベールからした音に意識を持って行かれた。



 仙女様はさらに上に着ていた修道服も脱ぎ捨てる。

 同じようにゴトッと音がする。


 さらに首に付けていたをネックレスを外した。


 その瞬間、カナメは死んだと思った。

 突然に襲われた気に喰われたと思ったのだ。


 それはすぐに収まったが、心臓がドクンドクンとうるさい。


「さて、どちらからが良いですか?」


 仙女様はニッコリと微笑んだ。

 カナメがアヤメに肘で小突かれる。


 え!? オレなの!?


とビビりながらカナメは恐る恐る立ち上がった。


「よ、よろしくお願いいたします」


 カナメは極度の緊張で声が震えた。


「おや、私の気の大きさは何となく感じ取れているのですね?それは良いことです。では、どうぞ本気で掛かってきてください」



 仙女様はニッコリとしたまま構えを取らない。

 それなのに、カナメはなかなか一歩を踏み出すことができなかった。


「カナメさん、始めないことには何もできませんよ?」


 仙女様はニコニコと笑いながら待っている。


 恐い。


 カナメは正直にそう思った。

 それでも、仙女様の言う通り、始めなければ何も変わらない。


 カナメは覚悟を決めて、仙女様に飛びかかった。


 カナメの突きも蹴りも尽く仙女様に止められる。さらにたまに思い出したように足をかけられ転ばされた。


 たったの一発でさえ当てられない。


 カナメの攻撃を受けながら仙女様は


「ふむ。なるほど」


と何か考えているようだった。


 やがて、カナメの体力が無くなり、攻撃の手が止んだ。


「おや? お前さんの気持ちはそんな物かい? 虎の坊やを倒すんだろ? 疲れたら手を止めるのがお前さんのやりたい事かい?」


 仙女様の言葉にカナメは歯を食いしばった。

 手の振りが大振りになる。型も何も無いただ暴れているだけのようだ。それでも仙女様は


「うん、うん、そうです。頑張りなさい」


とニコニコしていた。



 とうとう、カナメは腕を振り上げることも足を動かすこともできなくなった。


「ふむ。こんなところだね。横で休んでおいで」


と仙女様はカナメを休ませる。


 カナメは座ることもできず、そのまま横に倒れこんだ。




 次はアヤメの番である。


「よろしくお願いいたします」


と一礼し、仙女様に飛び掛かる。


 カナメよりもスピードがとても速い。

 それでも仙女様はその全ての攻撃を捌いた。

 そして、疲れ出したアヤメにも声をかける。


「貴女はカナメの保険なんでしょう? もし、虎の坊やがカナメよりもうんと強かったらどうするのですか? 貴女も諦めて負けるのですか? 貴女は銀狼族の最後の砦ですよね?」


 その言葉にアヤメがキッと気合を入れ直し、さらに激しく攻め入る。

 それでも仙女様は涼しい顔で全てを捌いた。

 やがて、姉も動けなくなる。


「はい、そこまで。2人ともよく頑張りましたね」



 そう言い、仙女様が修道服を着ようとした時、カナメの視線に気がついた。


「どうしたのですか? カナメ?」

「いえ、その、その服、重りが付いているのですか?」

「ええ、そうですよ。 日頃からの鍛錬は欠かせませんからねぇ。持ってみますか?」


 仙女様はベールと修道服をカナメの所へ持ってきた。


 カナメは恐る恐る手を出す。


「お、重っ! え!? コレ着てるんですか!?」


 カナメは修道服セットを持ち上げるだけでいっぱいいっぱいだった。


「気の力を使えば軽いですよ」


 仙女様がニコニコしている。


「え? じゃあ、師匠は常時気を使い続けているのですか!?」


「そうですよ? でも、あまりに気を使うと恐がらせてしまうこともあるので、必要最低限に調整してますが」


「気を調整……」

「はい、そういう細かい操作ができるようになると強くなりますよ」

「気の操作……」


 カナメは自分の手のひらを見つめた。



 ちなみにアヤメが服を持ち上げようとすると、数cm上げるのがやっとだった。


 ついでに……と、カナメはベールを頭に被せてもらったが、首だけに気を使って支え続けるのに3分も保たなかった。

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