第26話 カカア天下の歴史は古い

 みっちりとお説教をくらったカナメはしょんぼりしたまま部屋へ戻った。


 部屋では姉アヤメが寛いでいた。


「ちょっ! 姉ちゃん! 何でひとの部屋にいるんだよ!」


 カナメは慌てて姉に詰め寄った。


「え? なになに〜? 見られたら困る物でも置いてるのー? やだぁ。カナメも大人になったわねぇ」


とニヤニヤするアヤメ。


「な! そんな物は無い!! でもいきなり自分の部屋に誰かが居たら嫌だろう!?」


 カナメは何か見られたら困る物があったっけ、と思いながら、誤魔化すように言った。


「ふーん」


 姉はそんなカナメをニヤニヤしたまま薄目で眺めた。そして


「ま、そんなことより、怪我よ怪我! ほら薬塗ってあげるから、怪我したとこ見せなさい」


 そう言って、救急箱をトントンと叩いた。

 どうやらアヤメは薬を塗るために部屋で待っていてくれていたようだ。




 大人しくアヤメに怪我を見せるカナメ。


 アヤメは薬を塗りながら


「いやぁー、手酷くやられたもんねぇ。アンタそこそこやる方だと思ってたけど、世の中上には上がいるんだねぇ」


と感心しながら言った。


「いや、姉ちゃん、こないだオレに『弱過ぎる』って言ったじゃないか」


 アヤメの言葉に不貞腐れながらカナメが答えた。


「そりゃそうよ! 一匹狼になるには弱過ぎでしょ? 全部1人でやらなきゃいけないのよ? 苦手なタイプの敵に襲われたら? こんな風に怪我したり、体調崩したら? 全部自分でやって、自分の身を守らなきゃいけないのよ?」


 アヤメは当たり前でしょ! とガーゼを当てた部分を軽く叩いた。


「いって! 叩くなよぉ。痛いんだから」


 カナメは少し涙目になった。


 この『一匹狼』であるが、狼獣人にとってはとても特別な意味を持つ。仲間を大切にする狼獣人たちは、自分たちの州をとても大切にしている。その州から離れ独立して行動することは、彼らからすると考えられないことなのである。そして、群としての生活に慣れている狼獣人にとって、個として生活するのはそれなりのハードルがあるのだ。



 そんな涙目なカナメを優しい姉の目で見ていたアヤメが、そういえば……と思い出したように話し始めた。


「仙女様ってどんな方だった!?」

「え? 皺くちゃな婆さんだったよ。でも、めっちゃ強かった。で、子供たちから野菜貰ってた」

「え? 強かったって、アンタ仙女様と闘ったの!?」

「いや、ちょっとその、殺気を当てられて……。ってか、そうだ! 仙女様、殺気をオレだけに当てたんだ。オレだけを選んで殺気を当てたんだよ!」


 興奮気味にカナメが話した。


「え? アンタ仙女様に殺気を当てられたって、一体何したのよ? 仙女様ってきっととてつもなくお優しい方よね? その仙女様に殺気を当てられるって、よっぽどのことを何かしたんでしょ!?」


 カナメはアヤメに言い詰め寄られ、ウッと言葉を飲み込んだ。


「も、もうその話は父上から、散々説教されたから、勘弁してよぉ」

「ふーん。……そう」


 ジトっとアヤメに見られる。



「まぁいいわ! とりあえず、仙女様はとてもお強い方なのね。って、そりゃそうよね? ドラゴンの管理人なんですものね」


と姉が納得という風に頷いた。


「姉ちゃん、ドラゴンって本当にいるの?」


「さっきも思ったけど、あ・ね・う・え! 

 ドラゴンねぇ。言い伝えに出てくるだけだし、私も半信半疑だなぁ。でも、実際に仙女様がいるんだし、あながち嘘でもないかもしれないわね?」


と、少しワクワクした様子でアヤメが言った。


「そっか。じゃあ、オレいつか見れるかもしれないな!」


 カナメもワクワクし出す。



「え? 何でカナメが見れるの?」


 アヤメはキョトンとする。



「オレ、仙女様の元で修行することにしたんだ」


 カナメはニカっと笑った。



「え? 何で?」


 アヤメはますます不思議がる。



「実は、オレ、白虎州の第2王子と会ったんだ。それで……」


と、白虎州の第2王子とのやりとりを全て話した。



 話を聞き終わったアヤメがふるふると震え出した。


「な、な、な、なに〜!? 許さん。許さん! 許さん!!」


 アヤメがブチ切れる。



「ね、姉ちゃん! いや、姉上! 落ち着いて!!」


「これが落ち着いていられるかー!!!」


 アヤメは叫んだ後、急に静かになった。

 そして呟く。


「……出るわ」

「え?」

「私も出るわ。統一大会。そして、私も仙女様の所で修行するわ!」

「ええー!? 姉上、本気ですか!?」

「当たり前よ。本気じゃなくてこんな事言うわけないじゃない」

「いや……でも……」



 カナメが驚き、戸惑っていると、目にも止まらぬ速さでアヤメが部屋を飛び出していった。


 カナメは慌ててアヤメを追いかけて部屋を飛び出したが、もうアヤメの姿はどこにも見当たらなかった。


 アヤメ、素早過ぎである。





 アヤメは父親の元に向かっていた。


「父上ー!!」


 ノックも無しに扉をバンッと開けるアヤメ。

 それに驚いて固まる父親と長男のキワメ。


 長男のキワメは政務のことで父と話合いをしている最中であった。


「ど、どうしたんだ?」


 父親が声を絞り出した。


「父上! 私も統一大会に出ます! そして、仙女様の元で修行して参ります!」


 アヤメの宣言にさらに固まる2人。


「ほ、本気か? アヤメ?」


 父もカナメと同じことを恐る恐る尋ねた。


「本気以外でこんなこと言うと思います?」


 さも当然と返すアヤメ。



「いやいやいやいや! やめとけ! お前まで統一大会に出る必要は無い!」

「そうだよ、アヤメ! 落ち着け!! もしお前まで怪我でもしたらどうするんだ?」


 父と長男が必死に止める。




 そこにカナメが到着する。


「父上! 姉上を止めてください! 統一大会に出るって言い出して」

「カナメか! お前アヤメに何を言ったんだ!?」


 父親に在らぬ疑いを掛けられるカナメ。


「そんな! 何も吹き込むような事は言っておりません。ただ、白虎州の第2王子と何があったか話しただけです」


 カナメは焦って答える。


 

 そこにアヤメの力強い声が響く。


「父上! このままでは我々銀狼族の沽券にかかわります!カナメのためにもどうか、サポート要員として私を遣わせてください!」


 その言葉を聞き今度はキワメが説得にかかる。


「いや、わかる、気持ちはわかるけどなアヤメ……」


 と話し始めたところに母親がやってきた。



「一体、何を騒いでいるのですか?」


「ぉお! ミドリ! 良い所に来てくれた!」


 州王である父が妻を見て声を上げた。そして


「カナメ、あった事を説明しなさい」


とカナメに説明を求めた。


 カナメは、白虎州の第2王子とのやり取り、そして、姉がこうなった経緯を説明した。

 その話をじっと聞いていた母親は


「で、それでアヤメは仙女様の元で修行し、統一大会に出たいのですね?」

「そうです! 母上!」


 アヤメが勢い良く声を上げる。


「そうなのだよ。何とかアヤメを止めてくれんか?」


 と州王が王妃ミドリに頼む。それを聞きミドリは


「なぜ、止めなければならないのです? 出ればいいじゃないですか、統一大会」


と平然と答えた。



「な……。ほ、本気で言っておるのか?」


「当たり前です。本気でなくてこんな事言うと思いますか?」



 その言葉を聞いた瞬間、男たちは全員思った。


 母娘(おやこ)ソックリー!!!


「だ、だが、カナメは向こうの第2王子と直接やりとりしたから分かるんだが、アヤメは関係なくないか?」


 恐る恐る州王がミドリに窺う。


「先ほど、アヤメも言いましたよね? 我々の沽券に関わると。同じ気持ちだからカナメも統一大会に出たいのでしょう? 違いますか? カナメ?」


「……はい、母上の言う通りです」


 カナメは気まずい思いのまま答えた。


「では、同じく銀狼族の思いを背負ったアヤメが出場することに何のおかしさも無いではないじゃないですか」


 その言葉に州王が狼狽える。


「いや、まぁ、それはそうなんだが……」


「それに、カナメの力を信じない訳ではありませんが、保険は多いに越したことはありません」




 ミドリはオホンと一つ咳払いをし、アヤメを正面から見据える。そして力強く言葉を発した。


「アヤメ、カナメをサポートし、そのクソヤローをブチのめして差し上げなさい」


「はい!」


 アヤメは今日一番の返事をした。



 その2人の様子を呆然と眺める男たち3人。

 この家族は女性には頭が上がらなかったのである。


 そして、実はであるが、この女性に頭が上がらないのは、この家族に限ったことでは無かった。レセキッドの住人はほぼ誰でも女性に頭が上がらない。


 母なる大地、母なる海という言葉があるように、みな女性から生まれ、育まれる。妊娠中の辛さや出産の痛みに耐え、己の命をかけて子供を育む女性をこの星の住人は大切に、そして敬っているのだ。

 ただそれが、いつしか、現在のカカア天下の文化へと変貌していったのであった。


 これを男尊女卑の傾向が強いイコウの人間が見たら、あまりのカルチャーショックに卒倒する者がいるかもしれない。



 かくして、アヤメの統一大会出場が決まってしまった。

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