第25話 白虎州の第2王子
仙女様を待っていると、先ほどの子供が、ねえねえと、カナメの服の裾を引っ張った。
「仙女様、凄い強いでしょ? たまにね、仙女様の噂を聞き付けて、仙女様に挑みに来る人がいるの。その人たちみんな、仙女様に見つめられて倒れたり、怯えて帰っていっちゃうんだよ?」
子供はとても楽しそうだった。
「そ、そうなのか。それは凄いな」
あの殺気を喰らったらそらそうだよな。
とカナメは思った。
「あとね、たまに仙女様に弟子にしてください! って人が来るんだけど、皆1ヶ月もしないで辞めちゃうんだよ? 仙女様あんなに優しいのに不思議だよねぇ?」
と別の子供も言った。
「あの婆さ……いや、仙女様、弟子を取るのか?」
カナメが子供たちに尋ねる。
「うん! 仙女様に見られて立っていた人が合格なんだって! だから、お兄ちゃんも弟子になれるよー!」
子供が無邪気にカナメに笑いかけた。
「おやおや、勝手に弟子を作らないでおくれ」
そう言いながら仙女様が奥から出てくる。
「えー? でも仙女様も弟子がいたら楽だってこの前言ってたよね?このお兄ちゃんじゃダメなの?」
仙女様はカナメに薬草の入った包みを渡しながら
「このお方はね、この州の王子様だよ? 誰かの弟子になったりする人じゃないのよ」
と仙女様は子供に笑いかけた。
「えー? 王子様だって弟子になったっていいじゃん」
と子供は口を尖らせた。
仙女様はその様子に和むかのように微笑み
「ほら、もうすぐ日が傾き始めるから早くお帰り」
と帰宅を促した。
そして、カナメを見て
「殿下はどうするんですか? 泊まっていきますか?」
と尋ねた。カナメは
「いや、今日は帰らせていただきます。早く薬草を届けたいので」
と頭を下げ、社を後にした。
帰り道、さっきの仙女様の殺気を思い出した。あんな殺気を受けたのは初めてだった。
身体が勝手に身震いした。
しばらく歩いていると、行きに通りがかったリンゴの木が見えて来た。
そこに誰かがもたれかかっていた。
どうしたんだろう?と木に近付く。
白い虎?と一瞬思ったが、どうやら獣人のようだ。そこには大きな白い虎獣人がいた。
「なんだテメェ?」
いきなり絡まれる。
「いや、人がいるように見えたので、何かあったのかと気になって、見に来ただけだ。怪我をしているとかでなければ、それで良い。邪魔したな」
カナメはすぐに立ち去ろうとした。
すると
「おい、ちょっと待て」
と声をかけられた。
何事かと振り返ると、虎獣人がジロジロとカナメを見定めている。
「お前、王族だろ?んん?その腕輪、銀狼州の第2王子か」
王子と分かっていながらのその態度に少しカチンと来たカナメは口を開きかけ、相手にも腕輪があることに気が付いた。
腕輪にはタイガーアイのような黄色い石がはまっている。
どうやら相手は白虎州の王子らしい。しかもカナメと同じく第2王子のようだ。
「どうやら、そちらも第2王子のようだな。それで、俺に何のようだ?」
カナメは面倒ごとに関わり合いたくなく、さっさとこの場を離れたかった。
しかし、相手から返ってきた言葉は
「お前、強いのか? 銀狼州の王子の強さがどんなものか試してやる。俺と闘え」
だった。
さっさと帰りたいカナメは
「断る。使いの途中だ」
そう言い、そこを離れようとした。
その背中に声がかかる。
「はっ! 銀狼州のイヌッコロは意気地がないねぇ。所詮、群れなきゃ何も出来ない雑魚の集まりだな」
その言葉にカナメはカッとなる。
確かに狼は群を大切にしているが、群れなきゃ何も出来ないわけではないのだ。
ちなみに、この『群れなきゃ何もできない』と相手を見下す考え方のせいで、ライオンと虎は仲違いし、今の州の在り方に繋がっていた。
その昔、白虎族は金獅子州の民として生活していたのであった。
白虎族の第2王子はそのままカナメの背中に向かってパンチを繰り出した。
カナメはそれを振り返るように身体の向きを変えながら躱す。
続けて相手はひたすらカナメを攻撃し続けた。カナメはその全ての攻撃を避けた。
白虎族の第2王子はそれに苛立ちながらも、さらに挑発する。
「このちょこまかちょこまかと……! さっきからお前避けるしかしてねぇじゃねえか。そうか、そんなに自分の攻撃に自信が無いんだな」
とニヤリと笑った。
次の瞬間、拳に気を纏わせてカナメが相手の顔を殴り飛ばした。
白虎族の第2王子は数歩分後ろに飛ばされる。そして、嬉しそうに頬を触りながら歯を剥き出しにして笑った。
「なかなかやるじゃねぇか。そうじゃなきゃ面白くねえよ……な!」
言葉とともに一気にカナメに詰め寄り、カナメの顔を殴り返した。
重い一発だった。さすが虎である。狼のカナメとは力の差があった。
軽く吹き飛ばされたカナメは、そのまま反撃を仕掛ける。
その後、お互い殴ったり、蹴ったりの大喧嘩になった。
結果として、カナメは力の差により負けてしまった。
「はっ! ちょっとは骨があったが、所詮はイヌッコロだな。父上が各州の王族には気を付けろと言っていたが、全然ではないか」
白虎族の第2王子はカナメを見下し馬鹿にする。
「もうしばらくで統一大会もあるし、偵察と思っていたが、これじゃ全然相手になんねぇなぁ。って、負け犬のお前じゃ統一大会にも出ねぇよな。家族揃って試合観戦でも楽しむんだな」
そう言い残し、去って行った。
カナメは、服に付いた土を払い落とし、荷物を持って城へ帰った。
今まで、カナメはそこら辺の魔物に負けたことがなかった。だから、それなりに強いと自分では思っていたのだ。しかし、その考えは今日1日で覆された。
城に入り、カナメの様子に周りの皆がギョッとする。父の執務室へ向かって歩いていると、話を聞きつけた姉アヤメが走ってきた。
「カナメ! どうしたのその怪我!? 何があったの!?」
心配して事情を聞こうとするアヤメ。
しかし、カナメはそれに答えない。
「先に父上の所に行って参ります」
それだけ言い、父親である州王の執務室まで向かった。
カナメを見た父親も、カナメの様子に非常に驚いた。怪我をしているだけでなく、明らかにいつもと違う雰囲気だった。何か思い詰めているようにも見える。
カナメは仙女様に渡された包みを父親に手渡した。そして、こう言った。
「父上、俺、統一大会に出たいです。このままでは銀狼族の威信に関わります」
それを聞いた父親は一体何があったのかを何となく悟った。
「相手は誰だ?」
と頭を抱え尋ねる。
「名前は分かりません。白虎州の第2王子です。我々一族を馬鹿にされました。そして、負けてしまいました。申し訳ございません」
そう言い、カナメは拳をギュッと握り締めた。
「事情はわかった。で、お前は統一大会でそいつを倒したいのだな? 今のままで再戦して勝てる見込みはあるのか?」
「……ありません。闘った感触として、ウチの兵より強いと思われます。我々の軍も再指導が必要かと思われます」
「わかった。そこはなんとかしよう。で、それなら、お前を軍で修行させる訳にはいかなくなったな。軍がそいつより弱いのでは意味がない。さて、どうしたものか……」
と父親は思案を始めた。
そこでカナメが声を上げた。
「1人、思い当たる人がいます。その人に聞いてみます」
「そうか、なら、その人に取り合ってもらえるよう、私からも手紙を書こう。それは誰だ?」
「仙女様です」
カナメの言葉に父親は度肝を抜かれた。
「仙女様ぁ!? な! お前まさか仙女様に特訓してもらうつもりなのか!? そんな無茶な……」
と再び頭を抱える。
「しかし、仙女様はとても強かったです。殺気だけで動けなくなりました! しかも、弟子を取っているそうです!」
カナメはそう言い募る。
「殺気!? お前、仙女様に何をしたんだ!?」
父親が椅子から前のめりに立ち上がった。
「い、いえ! 何も……。声を掛けただけです」
「あのお方は、そんな事で殺気を放つお方ではない」
とカナメを訝しみながら、そういえば、と仙女様から届いた包みを開ける。
そこには、頼んでおいた薬草の他、カナメが開口一番にババアと言ったこと、王子としての立ち振る舞いが全然なっていなかったことが書いてある手紙が入っていた。
それを読みわなわなと震える父親
「カ〜ナ〜メ〜!!!」
怒気をはらんだ父親の声が響く。
カナメは突然の父親の怒りにビックリして小さくなった。
そして、その後、小一時間、しっかりと説教されることとなった。
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