レセキッド編

第24話 仙女様はどんな人!?

 ここはレセキッド。

 とある建物のバルコニーである。


 夕焼け空が広がり茜色に青い月が染まり紫色に照らされる。


 今日は一段と綺麗な紫月だな。

 空を見上げていたカナメはそう思った。


 その時


「カーナメ! 何黄昏てんの!? センチメンタルぅ!?」


という声とともに背中が重くなった。


「いってぇなぁ。何すんだよ! 姉ちゃん!」


「姉ちゃんじゃないでしよ? 姉上でしょ? 貴方、仮にも王子なんだから、言葉遣いくらい気を付けなさい」


 まったくもう! と呆れながらカナメの姉アヤメがカナメを見た。


 どうやら、この男、王子様らしい。


「いいんだよ。王様になるのはキワメ兄ちゃんだろ? 俺はテキトーにブラブラするから良いの!」


「何言ってんの? キワメ兄様にもしもの事があったらどうするの? 貴方が王位を継ぐのよ?」


「そんなのアヤメ姉ちゃんが継げばいいだろ? 俺は自由に生きたいの!」



 そう、カナメはフンッと顔を背けて景色を眺めた。


「もしかしてカナメ、一匹狼になりたいの?」


「……そうだよ? 悪い?」


「悪くは無いけど、一匹狼になるには、ちょっと弱過ぎるんしゃない?」


 姉アヤメは最もな意見を述べた。

 図星を指されて、無視を決め込むカナメ。


「とりあえず、父上にはその話しとくわよ」


 そんな弟に軽く溜息を吐き、アヤメは、しょうかないなぁと城の中に入っていった。




 数日後、カナメはこの州を治める父親、州王に呼び出される。

「カナメよ、一匹狼になりたいというのは本当か?」

「……はい」


 カナメは父親が少し恐く、目を見ずに答えた。

 そんな息子を見て、呆れたように父親が口を開く。


「お前、一匹狼になる、ということがどういうことかわかっているのか?この州を離れ、1人で生きていくということなんだぞ?」


「分かっています」


 カナメは床を見たまま答える。


「なら、なぜ、私の顔見ながら話せんのだ?そんな度胸もないお前がどうやって1人で生きていくんだ?」


 一番痛い所を指摘され、カナメは言葉に詰まった。



 そのカナメの様子にやれやれ、と頭を抱え州王は言った。


「では、まず、力試しとして、お前に使いを頼む。仙女様の所に行って、薬草を貰ってきてくれ。何を頼むかは書信を渡す。それを仙女様に見せれば良い」


「仙女様……ですか?」


「ああ。ドラゴンの住む霊山に仙女様が住んでらっしゃる。仙女様はな、ドラゴンの管理人である。くれぐれも失礼の無いようにな」


「わかりました」



 カナメは『仙女様』という響きにワクワクしていた。


 部屋に戻って、出かける支度をしていると姉のアヤメがやって来た。


「カナメ、仙女様に会いに行くんだって?」

「ああ。なんか薬草を貰ってこいって言われた」

「良いなぁ!それ私がやりたかった!仙女様に会ってみたかったなぁ」


 アヤメは心底羨ましかったらしい。

 それがカナメは嬉しかった。


「俺も実は楽しみだから、この任務は譲れないからね」

「分かってるわよ。父上の命令に背いたりしないわ。はい、これ。父上から預かったの」


 アヤメはカナメに書信を手渡した。



 カナメは書信を受け取り、荷物に入れる。


「じゃ、そろそろ行ってくるわ!」


 そう言って城を出た。



 空には空の色と滲むように青い月が佇んでいた。


「んー! 今日は気持ちがいいなー!」


 カナメは伸びをして歩き始めた。




 しばらく歩いていると、バイコーンラビットたちが草を食んでいた。

 カナメは音も無く気配を消し近付き


「わっ!」


と声を出した。


 バイコーンラビットたちが驚いてカナメに向き直る。

 そして、興奮した様子でカナメに対し臨戦態勢をとる。

 カナメはそのバイコーンラビットたちに強い殺気を放った。

 バイコーンラビットたちは、カナメの殺気に気圧されて、慌てて逃げ出した。


「あははははは!」


 その様子にカナメは気分を良くし、鼻歌を歌いながら歩みを進めた。


 道なりに進んでいると、リンゴの木があった。ちょうど、小腹も空いてるし、とリンゴを1つもいでリンゴの木の下に座って食べた。


 リンゴを食べ終わり、少し休憩していると、スカルベアが現れた。

 スカルベアは、身体の中にはもちろん骨があるが、顔をフルフェイスのヘルメットのように頭蓋骨が覆い、身体の周りにも肋骨が鎧のように覆っているクマだ。その外骨が非常に硬く、倒すのがやっかいな相手だ。


 どうやら、このリンゴの木はスカルベアのテリトリーにある木だったようだ。テリトリーを荒らされたと思ったスカルベアが怒り出し、カナメに向かって大きく手を振りかぶった。


 カナメはその手を左腕で受け、鳩尾を狙って、気を纏った右拳を真っ直ぐ突き出す。

 カナメの右腕はスカルベアの胴体にめり込んだ。

 口から大量に唾と体液を吐き出して、後ろに倒れる。カナメは、その体液で汚れないように素早く身を翻す。


「うーん。思ったよりも手応えが無い……」


 カナメはつまらなさそうに、手を確かめた後、また歩き出した。




 その日の昼過ぎ、カナメはドラゴンが棲むと言われている霊山『飛竜山』に到着する。

 ここは掟として近付いては行けないと言われている場所である。

 訪れたのも仙女様に会うのも初めてである。

 カナメは山を見上げて緊張と期待に胸を膨らませた。


 飛竜山は霊山と言われるだけあって、なかなかに険しい山だった。登山道はあるものの、その道は危険を感じる場所がいくつもあった。

 頂上に近付いてきた時、小さな村に辿り着いた。どうやら、ここで自給自足の生活をしているようだ。


 カナメは畑で作業をしていた1人の村人に話しかける。


「ここに仙女様がいると聞いたんだが、どこにいるんだ?」


 いきなりの少し上からのタメ口に驚いて村人がカナメを見る。

 カナメの手首に王族を象徴する腕輪がある事に気が付いた。しかも白い宝石が輝いている。


 村人は畏れながら平伏し


「あちらの鳥居のある階段を登った先の社にいらっしゃいます」


と伝えた。


 カナメは、平伏されたことにより、相手が畏れているのだと気が付いた。


「ああ! すまない、別に俺にはそんな態度を取る必要は無い。そのような態度は父上や兄上たちだけで充分だ」


 そう言い、世話になったなと手をヒラヒラと振りながら階段の方へ歩いて行った。

 その様子に村人はポカンと口を開け、しばらく呆然とカナメの後ろ姿を見送っていた。


 カナメは階段を昇りながら、いよいよかと対面に心が弾む。


 仙女様かぁ。仙女様って言うくらいなんだから、きっと絶世の美女だよな?儚い系かな?それとも妖艶系かな?


 カナメは仙女様の姿を想像しながら足を進めた。



 階段を昇りきると、教会のシスターのような出立ちのお婆さんが、子供たちに囲まれて野菜を受け取っていた。

 仙女様はどこかと、とりあえずそのお婆さんに声をかける。


「ばあさん、ここに仙女様がいると聞いたんだが、どこにいるんだ? 州王の命で薬草を貰い受けに来た」


と話し掛けた。


「お兄ちゃーん! 仙女様はこの方だよ!」


と子供たちがお婆さんを指差す。




「は? ババアじゃねぇか」



 カナメはババアもとい仙女様を見て固まった。



 その瞬間、何か分からないが気を失いそうになるほどの殺気に襲われる。

 身体中の汗腺から汗が吹き出し、身体が勝手にガタガタと震え出す。耳が折れ、尻尾が勝手に脚の間に垂れ下がってくる。


 そう、お気付きになったかもしれないが、このカナメは獣人である。

 狼の獣人であった。


 このレセキッドは5つの州からなる連合国家であった。カナメたち狼獣人が治める銀狼州、鳥類の獣人が治める紅鳥州、ライオンの獣人が治める金獅子州、虎の獣人が治める白虎州、そして猿…本当は人なのだが、猿の獣人が治める墨人州。


 その5つの種族がそれぞれ5年毎順番に国王となり5つの州の代表として国を治める事になっている。そうすることで、一つの種族が力を付け国を独占するのを防いでいるのだ。今は白虎族が国王となっていた。

 

 殺気はそのババ……いや、仙女様から発せられていた。

 仙女様はにこやかな顔をしながら


「ババア? 一国の王様になるかもしれないという、王族の方が何ですか? その言動は。お父上は貴方に教育の一つもまともに施してくれないのですか? 第2王子殿下?」


と話しかけてきた。


 実は、各王族は自分たちが王族であり、またどの立ち位置にいるのかがわかるように腕輪を付けていた。カナメは銀狼州の第2王子であった。腕輪にはムーンストーンのような白い宝石が2個嵌めてある。これにより、銀狼州の第2王子と判断できるのだ。


 殺気が消えず、カナメは言葉を発することさえ、いや、息をすることさえまともにできない。

 その様子を見ていた1人の子供がカナメに話しかけた。


「お兄ちゃーん、どうしたの?」


 子供は不思議そうにカナメを見上げていた。

 そんな子供に目線だけ移し、カナメは気が付いた。


 な、この婆さん、俺にだけ殺気を放ってやがる。そんな……! 特定の相手にだけ殺気を送るなんてことが可能なのか!?


 その事実に驚いていると、フッと急に身体が軽くなった。殺気が止んだのだ。


「おやおや、倒れなかったのはまだ見る目がありますが、話すらまともに出来ないのは、まだまだですねぇ」


 相変わらず、人の良さそうな顔でニコニコしている。


「仙女がこんなババアでがっかりしましたか?」


「いや、あの、それは……」


 あまりの実力差を見せつけられ、動揺しているカナメはまともに言葉を紡ぐことができない。


「私がババアで納得いかないようですが……。殿下は仙人って聞いたらどんな人を思い浮かべますか?」


「え? えと……髭の長い何百年も生きてそうな謎のお爺さんです」


「そうよねぇ? 仙人が女で仙女でしょ? 私がお婆さんで何か変かしら?」


 相変わらずニコニコと笑顔の圧が凄い。


 え? そういうこと!? 仙女って天からの美しい使者的なやつじゃなかったの!? と一瞬狼狽えた。


 すると仙女様は返事が無いとみなし


「僕?お返事は?」


と言い出した。


 完全に小さな子供扱いされている。しかし、カナメは仙女様の力を分かってしまったので強くは出れなかった。


 この星の原則は『弱肉強食』である。どんな地位にいようとも強い者には頭が上がらないのであった。


「も、申し訳ございませんでした!」


とカナメは平に頭を下げた。


「はい、わかってくれればそれで良いのですよ? それで? もう一度ご用件を伺いましょうか?」


 そう笑顔で尋ねられた。

 カナメは硬直し直立して答える。


「州王である父から、薬草を頂戴するよう言付かって参りました。詳細はこちらの書信をご覧ください」


 カナメは震える手で書信を渡した。


「あら? やればできるじゃない! 始めっからそうしなさいな。せっかくの腕輪が台無しよ」


 書信を受け取った仙女様は中に目を通し、少し待ってなさいと社の奥に入っていった。

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