第23話 伝説の男と妖怪女
獣人でガッツ。しかもそんな凄いことをやってのける人。
マックスの頭はあのガッツのことでいっぱいになった。
マックスは確かめずにはいられずに区長に話しかけた。
しかし区長と一緒に入ってきた女性も同時に区長へと口を開いていた。
「ガッツさんって、ナイフ使いのガッツさんですか!?」
「ガッツさんって、漆黒の風のガッツさんですか!?」
2人はお互いの言葉に驚き、え? と向き合った。
「ええ、そうですよ。ナイフ使いの漆黒の風という異名を持つガッツさんです。『狙われた獲物はその姿を捉えることが出来ず、黒い風を感じた時にはもう仕留められた後』と噂される、あの伝説のガッツさんです」
それを聞いた女性が、興奮し目をギュッと瞑り拳を握り締めて身体を少し屈める。
「っくぅ〜!! 凄い! あの伝説のガッツさんは魔法まで操れるのですか!?」
女性は大興奮である。
対照的にマックスは考え込む。
「ってことは、訓練所のあのガッツさんが、伝説の人ってこと?というより、ガッツさん、レセキッドの人だったんだ。それなら、ガッツさんに聞くのも方法だったのか……」
と黙り込んだ。
対照的な2人の様子を面白そうに眺めながら、区長が口を開いた。
「ここまで聞いてですが、マックスさん、貴方はそれでも、気を学びたいですか?」
「はい! それでも、挑戦したいです。やらずに諦めたくはありません」
マックスはそう答えた。
その答えに副支部長は頷き
「では、こちらのトーコを付けましょう。トーコ、先ほど話した通り、こちらのマックスさんに気の扱いを教えてあげてください」
と伝えた。
区長に話を振られたトーコは
「はい、承知しました」
と答え、マックスとマックスの父親に向き直る。
「ピーカーさん、ご子息に気を教えるとなると、ご子息にはここで生活してもらうことになりますが、よろしいですか?」
とマックスの父親に話しかけた。
その内容に父親は当惑する。
「ここで……生活、ですか……」
マックスの父親は考え込んだ。
「父さん、ダメなの?」
マックスは不安でいっぱいになった。
「マックス、お前が自立していることは分かっている。しかし、今のお前は寝たきりの病人と変わらん。つまり、お前の世話をするために、何人もの人に迷惑をかけるということだ。連合軍の方たちは、その目的のため日々忙しくしてらっしゃる。その方々の手を煩わすようなことをしたくはない」
マックスの父親はそうマックスに伝えた。
言われてみれば当たり前のことである。
マックスは悔しさで俯いた。
「ああ! それなら問題無いですよ! 私は実際に傀儡病の方のお世話をしたことがありますし、それに、我々は、侵略者や魔物のことで苦しむ人を助けたくて連合軍にいるんです。魔物による被害で苦しむマックスさんを迷惑に思うことはありません。むしろ、それでも頑張って足掻こうとするマックスさんを応援したくなる人ばかりだと思いますよ?」
そうトーコが微笑んだ。
その言葉を聞きマックスの父親は
「それでは、ご厚意に甘えさせていただきます。愚息がご迷惑をお掛けいたしますが、何卒よろしくお願いいたします」
と深く頭を下げた。
マックスも父親と同じように頭を下げた。
その様子を見ていた区長が、では話もまとまりましたし後はトーコさん頼みましたよ、と退室した。
トーコはマックスの父親に声を掛ける。
「では、今から息子さんを預かります。奥様も心配なさるでしょうから、月に一回は手紙をお送りするようにします」
と伝え、マックスにそれで良いね? と確認する。
「はい。手紙を出します。父さん、我儘を聞いてくれて本当にありがとう」
マックスはそう言うと、父親に頭を下げた。
マックスの父親は
「じゃあ、私も帰るよ。マックス、無茶はしないようにね。トーコさん、どうぞよろしくお願いいたします」
と部屋を出て行った。
2人きりになった部屋でトーコがマックスに向き直る。
「改めまして、連合軍セイルー支部第1区所属のトーコです。レセキッド出身です。よろしくね」
と手を出した。
「マックス・ピーカーです。よろしくお願いいたします」
とマックスも手を取った。
トーコがマックスに話しかける。
「ところでなんだけど、マックスって、もしかして勇者候補生にいた?」
と尋ねた。
マックスは制約のこともあり上手く答えられない。その様子を見てトーコは
「あ! 我々は勇者候補生の存在を知ってるから魔法制約は関係ないから喋って大丈夫だよ?」
と付け加えた。
それに安心し、マックスは答える。
「はい、いました。なんでわかったんですか?」
「いや、実はね、エレファン退治の時に黒いモヤに包まれた君を見たんだよ。本当に大変だったね。君の友達は、魔力が枯渇するまで、君に魔力を注いでいたんだよ。優しい友達を持ったね」
とトーコは微笑んだ。
このトーコ、エレファン退治の時にいたあの餅つき女であった。
『餅つき女』一歩間違えば妖怪のような呼び名のようだが、トーコ自身が「よっこいしょー」を多用するせいで、連合軍の中ではこの名前が通称になりつつあった。もちろん、本人は不満である。
トーコの優しい言葉にマックスは視線を床に落とし後悔の念を多分に含んだ声で返事をした。
「でも、僕のせいで、その子の人生を狂わせてしまいました」
意外な言葉にトーコは目を丸くし、そのまま優しい声で何があったかを尋ねた。
マックスはトーコに、アロンの身代わりに自分がモヤを受けたこと、その時にアロンに夢を託したこと、そして今、勇者になれなかったアロンが魔力欠乏症の治療法を探す旅に出たことを話した。
それを聞いたトーコはあっけらかんと
「なら、何も問題ないじゃない。何がダメなの?」
と答えた。マックスはそれに驚き、え? と固まる。
「確かに、君はアロン君に夢を託した。そして彼はその夢に向かって努力した、が、努力のかいなく約束を守れなかった。きっと彼は落ち込んだよね? 落ち込んで人生終わっちゃったの? 違うよね? 自分で新たに目標を見つけて歩み出したんだよね?」
「……そうです」
「なら、今の彼は自分の人生を歩いてる。貴方のことがきっかけにはなったんだと思う。でも、貴方に命令されて旅に出たんじゃないのよ? 自分で考えて決めて、旅に出たのよ? 貴方は何も彼の人生を狂わしてないじゃない。病気のせいで、気持ちが悪い方に向かっちゃってるのね。大丈夫よ、そんなに思い詰めなくても、大丈夫」
そう言い、トーコはマックスの頭を撫でた。
マックスはトーコの言葉に半信半疑だった。でも、少し心が軽くなったような気がした。
「そういえばですが、エレファンはどうなったんですか?」
マックスがふと思い出しトーコに尋ねる。
「ん? 何も聞いてないの?」
不思議そうにトーコが答える。
「そうなんです。そのことを聞けないまま、家に帰されてしまいまして……」
マックスは困ったように笑った。
トーコは少し考え、こう言った。
「王宮からの情報では、貴方たちがエレファンを倒したことになっているわ」
「え? どういうことですか? 僕たちが倒せるような相手じゃなかったと思うのですが。」
「ふふ。貴方鋭いのね。そうよ、私たち連合軍が倒したわ。でも、これは秘密よ?」
トーコは口元に人差し指を持っていき微笑んだ。
「あの、どうやって倒したんですか!? 僕、意識がなかったから、自分が倒れた後、何がどうなったのか全然わからなくて……」
マックスは俯いた。
マックスの言葉にトーコはどうだったっけ? と顎に手を当て、少し上を向いて考える。
「どうやって……ねぇ。あ! そうそう! バーン! とやって、ドカッとやってズドンッて感じ? ま、そのうち見せてあげるわよ!」
そう言ってトーコは笑った。
その返事があまりにも抽象的過ぎてマックスは混乱した。
そんなマックスを気にもとめないで、トーコは何かを思い出したように天井に目線を向け、話を続けた。
「そういえばだけど、あの黒豹獣人凄かったわね。ナイフ一本でエレファンの攻撃を受け止めるなんて、普通出来ないわ」
「ガッツさん、訓練の時から凄かったですよ。しかも、レセキッド出身の伝説の人だったなんて、さっき知りました」
そうマックスが答えると
グリン! と音が聞こえるかと思うほどの勢いでトーコがマックスの方を向き、肩をガシッと掴んだ。
結構痛い。そして、マックスの肩を前後に揺さぶった。
「どういうこ!? どういうことよ!? あの黒豹の人、ガッツさんだったの!?」
マックスは頭が揺すられフラフラになりながら答える。
「はい、そうだと思います。僕たちは指導者としてガッツさんって名前しか知らなくって。でも、黒豹でめちゃくちゃ強くてガッツって名前だったら、多分そうですよね?」
「そうよ! そうだわ! そんなぁ!! サイン……いや、握手して……いや、手合せしてもらえば良かったー!!!」
トーコは自分の頭を抱え込んで座り込んだ。
そして盛大に落ち込んだ。
しばらくして、突如ガバッと顔を上げ
「ところでマックスくん! 君は魔法が得意ですか?」
妙に明るい声で話しかけた。
「えっと……どちらかといえば、得意です」
マックスはあまりの変貌ぶりに若干引きながら答えた。
「なるほど。それなら、マックスくん、気を操るのはかなり難しいと思うわ。頑張りましょうね」
そう言ってニカっと笑った。
その後、トーコの指導の元、マックスはレセキッド方式の激アツ訓練を受けることとなった。
余談だが、ガッツの情報を仲間に話したトーコにより、漆黒の風ガッツの新たな伝説が生まれることとなった。
『漆黒の風はナイフ一本でエレファンの攻撃を捌く』と。
そしてさらに尾鰭がつき、いつしかガッツは
『ナイフ一本でエレファンを倒した男』
となっていた。
── 第1章完 ──
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます