第22話 マックスの挑戦

 大興奮で気持ちを固めた後、ブルーノはフゥっと息を吐き、真剣な表情に戻り


「それにしても、問題はマックスさんですね。彼が心配です」


と話し出した。


「そうですね。アロンは恐らくもう大丈夫でしょうが、マックスは心配ですね。アロンを苦しめているという気持ちに囚われすぎています。アロンだけでなく、自分自身に呪縛をかけてしまっていますからね」


「きっと、アロンさんの決断にも、マックスさんは苦しむでしょうね」


「ええ。何とか、その思いが逆に起爆剤として作用してくれると良いのですが。彼なら、乗り越えられると思うんですけどね」


 ブルーノとガッツは、病に苦しむマックスの事を思いやった。






 アロンがブルーノとガッツに相談した日から1週間後、アロンは訓練所から姿を消した。





 突然姿を消したアロンに訓練生たちは騒然とした。

 訓練生のほとんどは、アロンは精鋭部隊に従軍するものと思っていたのだ。

 訓練所を後にしたアロンを心配する声がいくつも上がった。






 その頃、マックスの元に2通の手紙が届いた。

 一つはアロンからだった。

 マックスはまず、アロンからの手紙を読んだ。


『マックスへ


マックス、ごめん。

俺はマックスに謝ることしか出来ない。


俺は勇者になれなかった。カリナに負けたんだ。


マックスとの約束、守れなかった。


本当にごめん。

マックスに会わせる顔がない。



だから、いつかマックスと笑顔で会えるように、旅に出ることにした。

魔力欠乏症の治療法、探してくる。

そして、いつか、治療法を見つけて、マックスに会いにいくよ。


アロンより』


 アロンの手紙を読んだマックスは手紙を握り締め、苦しそうに顔を歪めた。

 アロンが勇者決定戦で負けてしまうという、恐れていた事態が起こった。

 マックスはアロンの気持ちを想像し、そのままその苦しさを自分に投影してしまったのだ。


 しかも、アロンは魔力欠乏症の治療法を見つけると言っている。魔力欠乏症の治療法を探すなんて一生かかっても不可能と思われるようなことだった。

 


「もう良い。もう、良いんだよ。

 もう、僕に縛られなくて良いんだよ。

 アロンは、自由に生きて良いんだよ」


 マックスは手紙に顔を埋めるように、背中を丸め、嗚咽を漏らした。



 その日は泣き疲れ、マックスは眠ってしまった。

 翌日、その翌日もその先も、アロンの事を考え、申し訳無さと後悔に苛まれた。

 そんな日々にも疲れた頃、マックスはもう一通の手紙を読んでいないことに気が付いた。


 もう一通は、ブルーノからの手紙だった。

 そこには、アロンが勇者に選ばれなかった経緯、試合での様子、そして、試合後、旅に出ると思い至るまでのアロンの様子が綴られていた。


 そして、ガッツからも


『アロンは大丈夫だ。お前が思うように囚われているわけではない。自分で自分の道を決めたんだ。マックスもきっと自分のやりたいこと、出来ることがあるはずだ。ブルーノさんも私もマックスを応援している』


 そう書いてあった。


 マックスは、また手紙を握り締め顔を歪めた。


 もう……もう、ブルーノとガッツは勇者にもなれない自分の事なんて、興味が無いのだと思っていた。それなのに、2人は自分のことを案じてくれていたのだ。

 アロンも自分のために動いてくれている。

 両親だって気にかけてくれている。


 そんなに周りの人に大切にされ、

 マックスは何もできない自分がただただ惨めだった。

 ベッドから立ち上がることもできない、日中ずっと起きていることもできない。自力で思うように動くことさえできない人形のような自分が嫌だった。


 そんな自分がアロンを縛っているのだと、ただただ苦しかった。


 でも今は、何もできない自分が、いや『何もできないと思っている自分』がただただ悔しい。

 マックスは何もできないと『決めつけている自分』に気が付いたのだ。



 マックスは決める。

 動けるようになると。

 アロンとは別の方法になるだろうが、魔力欠乏症の治療法を探す、と。

 そして、いつか胸を張ってアロンと出会う、と。



 その日から、マックスは動ける手立ては無いか、以前にも増して必死に探すようになった。 

 そして、魔力欠乏症と似た傀儡病という病気があると知る。しかも、レセキッドのとある村では、何とか自力で動いて生活している人たちがいる、という情報を手に入れたのだ。

 そこでは、気の力を高めて体力を補い、身体を動かしているという。


 マックスはその話に飛びついた。

 魔力は纏えなくても、気なら纏えるかもしれない。マックスの瞳に希望の光が灯った。

 

 マックスは気を学ぶため、レセキッドに行きたいと父に頼み込んだ。

 もちろん、父親の返事はNOだった。

 それでも父親自身、息子の病気をどうにかしてやりたいと思っていた。そこで、マックスは連合軍に連れて行ってもらえることとなった。





 ここは、連合軍セイルー支部第1区の受付。


「こんにちはー!お世話になっております!」


 にこやかに挨拶する男性が1人と車椅子に乗った少年が1人やって来た。


「おや! ピーカーさん! こんにちは! 今日って搬入の日でしたっけ?」


 受付の人が、マックスの父に気付き、声をかける。


「いえ、今日はそうではなく、先日お伝えしましたように、息子のことでご相談に上がりました」



 ここで、マックスの父親について説明しておこう。

 セイルー、イコウ、レセキッドの3つの星は、仲がそこまで良くは無いものの、ある程度交易はあった。例えば、セイルーのガラス・宝石の加工品、イコウの医薬品や各種機械類、レセキッドの鉱石や宝石の原石などが主に取引されていた。


 マックスの父はセイルー側での卸し会社に勤めていた。その仕事の一環で、連合軍に顔を出す事が多かったのだ。



 マックスの父は、車椅子に乗った少年を息子のマックスです、と紹介する。

 マックスも緊張した面持ちで挨拶をする。


 マックスを見た受付の人が


「ああ! この子が、ピーカーさんのおっしゃってた息子さんなのですね?」


 そう言うと受付の人は、マックスに痛ましそうな視線を向けた。


「こんにちはマックスさん。マックスさんのお話はお父様から何度も聞いております。大変でしたね。今もきっと身体がお辛いでしょう? ベッドを用意いたしましょうか?」


と聞いてくれた。



 マックスは父親が自分のことを話していたことに驚きながらも、受付の人の気遣いに心がほぐれる。


「ありがとうございます。今のところ、まだ元気なのでこのままで大丈夫です。もしキツくなったらちゃんとお伝えしますので、その時、助けていただいても良いですか?」


と答えた。

 受付の人は、マックスの礼儀正しさに目を丸くしたが、すぐに微笑み


「承知しました」


と答えてくれた。そして


「それで、本日はご相談でしたよね?」


と父親に向き直る。



「ええ。実は、以前こちらで購入させていただいた魔力欠乏症関連の本に、傀儡病に関する記述がありまして。そこに傀儡病なのに気の力を使って普通の生活をしている人たちがいる。とあったのです。で、息子が気を学びたいと申しまして、流石にレセキッドまで連れて行くには体力的にも心配で……」


 マックスの父親はそこまで言うと、マックスへと一度視線を移し、また受付の人へと向き直り続けた。


「で、こちらならレセキッドの方がいらっしゃるのでは!?と思ったのです。お忙しい事は重々承知しているのですが、どなたかお手隙の際にでも、気について教えていただけましたらと……」


「なるほど。お話はよくわかりました。まずは上司と相談して参ります。お疲れのところ申し訳ないのですが、今しばらくお待ちいただけますか?」


 受付の人はそう言うと、マックス親子をベッドのある個室へと案内した。


「上司と話をしてきます。もし、座っているのがしんどくなったら、こちらをお使いください」


 そうベッドを指し、そして部屋を出て行った。




 マックスの父親が口を開く。


「マックス、ダメ元だからな。断られるつもりでいておけよ」


「うん。ありがとう父さん。後はなるようになれと思ってる」



 しばらくして、連合軍セイルー支部第1区の区長と1人の女性が入ってきた。


 マックスの姿を見た女性はハッとした顔をしたが、すぐに普通の顔に戻る。


「ピーカーさん、いつもありがとうございます」


 とにこやかに区長が話し出した。


「こちらこそ、いつもお世話になっております」


とマックスの父親も大人の挨拶を交わす。


「で、貴方がマックスさんですね」


と区長がマックスを見て目を細め、マックスの魔力を見た。


「確かに、魔力欠乏症ですね。お辛いでしょう。それで、レセキッドの気を教わりたい、ということですか?」


とマックスに尋ねる。


「はい。魔力欠乏症と同じ症状を引き起こす傀儡病という病気があると本にありました。これは僕の予想でしかありませんが、魔力欠乏症と傀儡病は同じ病気ではないかと考えています。それで、傀儡病の患者がレセキッドでは気の力を応用して普通の生活を送っているという内容が本に書いてありました。だから、僕も動けるようになるために、気を学びたいのです」


 よろしくお願いします。とマックスは頭を下げた。


 マックスの話を聞いていた区長は


「ふむ……。魔力欠乏症と傀儡病が、ですか。あながち無い訳では無さそうですね」


と顎をさすった。そして


「事情はわかりました。しかし、気を習得するのは、ほぼ不可能と言って良いでしょう。我々この3つの星に住む住人は、他の星で操れる能力は基本的に扱えないのです。私が知る人の中で、他の星の力を扱える人はレセキッド出身の黒豹獣人、ガッツさん1人くらいですね。それでも、微々たる魔法しか使えませんが」


 区長の言葉にマックスは耳を疑った。

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