第21話 相談としがらみ
翌朝、アロンは目の感触が気持ち悪いことに気が付いた。
鏡を見ると土偶のような目をした自分がいる。
いつかの討伐訓練で、マックスが目を覆い回復魔法で目を治してくれたのを思い出す。
昨日のアロンなら、ボロボロに泣いていただろう。しかし、アロンは涙を堪えるようにギュッと目を瞑り、ゆっくりと瞼を開ける。
自分の手で目元を覆い、回復魔法をかけた。
アロンは昨日の食べ終えた食器を持って、食堂に向かった。
食堂のおばさんにお礼を言って、トレーを返却すると
「アロンちゃん、アンタ昨日凄かったんだって?」
とおばちゃんが話し掛けてきた。
「え?」
とアロンは戸惑う。そう言えば周りのことなど考えずに泣き喚いたな、と急に恥ずかしくなってきた。
実際はブルーノの魔法により、アロンの声は周りには聞こえていない。
そんな恥ずかしがるアロンをよそに、おばちゃんが話し続ける。
「アンタとカリナちゃんの闘いが凄かったって、昨日の夕食の時、その話題で持ちきりだったのよー!」
おばちゃんは興奮気味だった。
「……そうだったのですか?」
「そうよ! アンタの魔法シールドが凄かった、とか、まさかカリナちゃんの竜巻魔法と拮抗するなんて思わなかった、とか、あの明らかに魔力が無さそうな状況での重力魔法の威力が凄すぎた、とか……他にも色々よ?」
「そう……だったのですか」
アロンは、まさか自分がそんな風に思われていたとは知らず、驚く。
「ええ! カリナちゃんが勇者なのは分かるけど、アロンちゃんの方が勇者に相応しい。って声もあったわよ」
そう言って、おばちゃんは優しい笑顔を向けてこう伝えた。
「だから、その分、貴方を心配する声も多かったわ。ご飯、ちゃんと食べてくれて嬉しいわ。今は辛いと思うけど、いつか、大人になった時、笑って話せる日が来るわ。それに、今日辛かった分、もっともっと幸せに思う瞬間が必ず訪れるわ」
アロンは、皆の優しさに心が震え、目が潤む。
「ありがとうございます」
涙を堪えるために、その言葉しか返すことができなかった。
食堂からの帰り、ブルーノに声をかけた。
「あの、今日、相談する時間はありますか?」
アロンは昨日の今日で、気恥ずかしく、弱々しい声で尋ねた。
「大丈夫ですよ。夕方4時、面談室に来れますか?」
「はい、大丈夫です」
アロンのしっかりとした返事に安心したようにブルーノは頷き
「相談するのは私が良いですが? それともガッツさんが良いですか?」
と尋ねた。
ブルーノの気遣いにアロンは心がギュッとなった。こんな所でも、自分は皆に大切にしてもらってるのだと痛感する。
「出来れば、お2人にお願いしたいです」
アロンはブルーノの目を見て答えた。
「わかりました。では、ガッツさんにも伝えておきますね」
ブルーノはニッコリ笑い、アロンと別れた。
夕方、アロンは面談室に向かった。
少し、緊張する。
ドアをノックすると、返事があった。
アロンは面談室に入り、ブルーノとガッツの前に座る。
席に座り、開口一番に
「あの、昨日はご心配をお掛けして、申し訳ありませんでした!」
アロンは頭を下げた。
どのタイミングで頭を上げたら良いのかわからず、頭を下げっぱなしにする。
「アロンさん、顔を上げてください」
優しい声でそう言われ、バッと頭を上げる。
優しく穏やかに微笑むブルーノと真っ直ぐ自分を見つめるガッツの2人と目が合った。
ガッツが口を開いた。
「そんなこと、別に気にする必要は無い。お前は候補生で、我々は指導者だ。心配するのは当たり前だし、それが仕事でもある」
ガッツの少し突き放した言葉にアロンは、微妙に傷付く。そこに、ブルーノが言葉を付け加えた。
「ガッツさんはそうは言っておりますが、仕事じゃなくても、心配しておりましたよ? ガッツさんのはただの照れ隠しです。気にしないでください」
ブルーノの明け透けな言葉にガッツが、なっ! と声を上げかけブルーノを見ると、すぐに顔を正面に向け直し、咳払いをした。
そして無理矢理話題を変えるように
「それで、アロンは今日はどんな相談があるんだ?」
と尋ねた。
ブルーノとガッツのやり取りにホッとしながらも、アロンは気持ちを切り替え、2人に伝える。
「あの、自分に出来ることを見つけたいのです。俺に出来ることって何だと思いますか?」
アロンの言葉にふむと少し考えブルーノが答える。
「まず、昨日お伝えしましたように、貴方は王国軍の精鋭部隊から声が掛かっています。貴方が出来ることの一つに、王国軍として従軍することができます。しかし、貴方はなぜ、そう考えるようになったのですか?」
とアロンに聞き返した。
アロンは、昨日ウェンナーとダリアと話した経緯を伝えた。
それを聞き、ブルーノが
「なるほど。アロンさん、貴方は素晴らしい友人をお持ちですね」
と笑いかける。そしてそのまま話し続けた。
「まず、自分に出来ることを見つけることは、とても大事なことです。その上で、歳だけとった1人のオジサンとして、言わせてください。その出来ることは、貴方のやりたいことですか?」
そうブルーノに言われ、アロンはハッとする。
「やりたいか、やりたくないか、分かりません」
アロンはそう答えた。それに対しブルーノが
「では、まず、やりたいことを考えてみましょう」
と伝えた。
「やりたいこと……」
アロンは黙り込んでしまった。
それを見たブルーノが声をかける。
「別に今すぐに見つける必要はありませんよ。でも、そうですねぇ……。やりたいことを見つけるには、まず、自分が好きなことや、こうなって欲しい、という希望や願望を考えると、見つけやすいかもしれません」
そう言われアロンは再び考える。
「好きなのは、座って勉強するよりも、魔物討伐とかで森を散策したりするのが好きです。魔法を新しく覚えるのも好きです。……で、こうなったら嬉しいなと思うことは、マックスがまた元気になって、魔法を使えるようになったら嬉しいです」
アロンの言葉を聞き、ブルーノは
「そうですか。それなら、もう殆ど決まったようなものですね」
ブルーノが満足そうに頷いた。
「え?」
アロンは訳が分からずキョトンとする。
「魔力欠乏症の治療法を探す旅に出れば良いんじゃないか?」
ずっと黙っていた、ガッツがそう言った。
「旅……。魔力欠乏症の治療法……」
アロンは噛み締めるように繰り返す。
「まだ魔力欠乏症の治療法は見つかっていない。もし、見つけたらとんでもない偉業だな」
ガッツがニヤリと笑った。
「……はい!」
アロンが弾けたように返事をした。
アロンの顔は希望に満ち溢れていた。
そこへ、ガッツが口を挟む。
「せっかくやる気になっている所悪いが、そのやりたい事が、自分に合っているかどうかは、きちんと精査するんだぞ」
ガッツの言っていることが分からず
「どういうことですか?」
とアロンは尋ねた。
それにガッツが答える。
「やりたいことと、自分に合うことが必ずしも一致するわけではない、ということだ。どんなに追いかけたい夢であっても、周りの環境や働き方が合わず、身体を壊してしまうことがある」
そう言って、ガッツは黙り込んだ。
それを見て、ブルーノが口を開く。
「そうですねぇ。それは確かに大事です」
とブルーノはうん、うん、と頷いた。
「私の普段の職場を引き合いに出して申し訳ないのですが、私は魔法研究所で働いております。魔法研究所には、魔法が大好きな人が集まってきます。好きな魔法を好きなだけ研究できればいいのですが、いかんせん、王家直轄の研究所です。色んな派閥や人付き合い、しがらみも漏れなくついてくるのです」
と、トホホと残念そうな顔をする。そしてさらに続ける。
「そして、それに疲れた人が、心を病み、身体を壊し、去っていくのです。毎年、一定数の人が辞めていきます。その中には、とても優秀な人も含まれます。本当に悲しく、残念な事です」
ブルーノは、悔しそうに眉間に皺を寄せた。
ブルーノの話に
「ブルーノさんは、その中でどうして長く勤められるのですか?」
アロンは素朴な疑問を投げかけた。
「私ですか? ふふ。私の場合はあまり参考になりませんよ?」
ブルーノが楽しそうに笑う。そして
「面倒くさい人に興味を持たないことです。アロンさん、貴方は動物園のサル山で猿がキーキー鳴いているのを見て、心を痛めますか?」
ブルーノは笑顔のままそう言い放った。
その言葉を聞き、背中に冷たい物が流れた。
ブルーノの裏の顔を見たようで、アロンは少し腰が引けてしまった。
オホンっとガッツが咳払いをして口を開く
「とにかくアロン、もし続けていく上で、頑張りたいのに辛い思いしか感じなくなった時は、一度自分に合っているのかを落ち着いて考えろ。道は、その一つだけでは無い。いくらでもやり方や道を変える事はできるんだ」
「はい。しっかり覚えておきます」
アロンはガッツを真っ直ぐ見据え答えた。
その顔にガッツも安心したように笑い
「それで、お前は本当に1人で旅に出たいのか? 従軍する気はないのか?」
そう問いかけた。
アロンは自分のやりたいことが何なのかハッキリとわかった。
「はい、従軍はしません。俺は、魔力欠乏症の治療法を探す旅に出ます」
そう、しっかりと伝えた。
それを聞きガッツが
「そうか、なら一人旅をするための心得や知識などをお前に伝授してやる。明日から数日開けておけ。朝9時にここに集合だ」
とアロンに笑いかけた。
アロンが退室した後、ブルーノが口を開く。
「ガッツさん、嬉しそうですね」
「そうですね。アロンが吹っ切れて本当に良かったです。そして、私もこの訓練所が終わったらまた旅に出たくなりましたよ」
ガッツはそう笑った。
「ふふ。貴方らしいですね。私も旅というものをしてみたいのですが、いかんせん『しがらみ』がありますからね……」
トホホとブルーノが眉を下げる。
「しがらみなんて、取っ払ってしまえばいいじゃないですか」
ガッツが何でもないことのように答える。
「私には、そう簡単にはできないのですよ。数ヶ月程度ならなんとかなりそうですけどね」
「なら、期間限定で一度一緒に旅に出ますか?」
「! 本当に良いのですか!?」
「もちろんですよ!お互い、新鮮で良いじゃないですか。オッサンの2人旅」
ガッツがブルーノに笑いかけた。
ブルーノは感激し
「必ず、必ず! 数ヶ月、空けてみせますね!」
と意気込んだ。
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