第20話 結果の結果 英雄級の名台詞

 それは、ガッツとブルーノが相談を始めて数分経った時だった。

 カリナが突如、ゴホッゴホッと咳をし出した。

 そして身体を起こした。



 その姿を見て、ブルーノとガッツはお互いに頷き合った。





「勝者、カリナ!」


 ガッツの声が響き渡った。



 ブーイングと歓声が入り混じる。


 その声に対して、ガッツが声を上げる。


「皆、よく聞いて欲しい。

 この結果には賛否両論あると思う。確かに、両名とも倒れた時点で、試合は終了と考えるのが妥当である。しかし、これは勇者決定戦である。どのような状況になろうとも、最後に立ち上がれる者が勇者である」


 そこまで話すとガッツは一度俯き、そして意を決したように顔を上げ、言葉を続けた。


「もし、勇者を複数選抜できるなら、アロンも勇者になっていた。アロンは勇者たる充分な実力を持っていると判断している。しかし、どうしても1名に絞らなければならない。我々も2人を選んでやる事ができず、本当に悔しい」




 そして、ブルーノも、私もちょっと良いですか?と手を挙げ、話し始めた。


「今回の試合、本当に素晴らしい試合でした。カリナさんの魔法に精通したその知識、そして魔法攻撃への対処能力、技の威力は、本当に非の打ち所の無いものでした。同じようにアロンさんは、カリナさん優勢な中、数々の起死回生の一手を打ち出し、その圧倒的な魔法で共倒れとなるまでカリナさんを追い詰めました。その機転、技の威力、諦めない心は、彼の右に出る者はいません。どちらも勇者に相応しい。それが我々の考えです」


 ブルーノもここで悔しそうに一息吐き、また話し始めた。


「それでも、それでも、我々はガッツさんの言うように、どちらか1人を選ばなければなりません。よって、最後に意識を取り戻したカリナさんを勝者とする事にいたしました」



 2人の苦悩を聞き、シンと静まり返る候補生たち。軍の精鋭たちは、候補生たちの気持ちの整理を待つため静かに様子を伺っていた。


 しばらくして、候補生の1人が拍手を始めた。その拍手を聞き、他の面々も拍手を送り出す。


「アロン! 凄かったぞー!」

「カリナもカッコよかった!!」


 そう口々に両名を讃え、盛大な拍手で2人を労った。







 アロンは再び、医務室で目を覚ました。

 窓を見ると空が茜色に染まっていた。


「お、起きたかい?」


 医務室の先生が声をかける。


「あの、勇者決定戦、どうなりましたか?」


 アロンは、とてつもない不安に押し潰されそうになりながら尋ねた。


「それについては、後でガッツさんとブルーノさんからお話があります。健康チェックをして、問題が無ければ、お部屋でお二人をお待ちください」


 そう優しく笑いかけ、アロンの状態をチェックした。



 特に問題無しと判断されたアロンは部屋に戻った。部屋に着いてすぐ、部屋がノックされた。扉を開けるとブルーノとガッツがいた。

 ガッツにこのまま部屋で話すか面談室がいいかを聞かれる。アロンはこのまま部屋で話を聞くことにした。



 アロンとブルーノ・ガッツが部屋のセンターテーブルを挟み向かい合っていた。



「……。あの、それで、決定戦はどうなったのでしょうか?」


 アロンは身体全体が心臓になったのかと思うくらい、自分の鼓動の音に支配されていた。


 2人の返事が返ってくるまでが、とても長く感じる。


 結果を聞きたい、聞きたくない、という相反する気持ちに息が苦しくなる。



 その様子を見ていたブルーノが優しい声で語りかけた。


「アロンさん、本当に素晴らしい試合でした。お二人は同時に意識を失われ倒れました。我々も甲乙付けられず、非常に悩みました。しかし、審議中にカリナさんが意識を取り戻し、起き上がりました」


 それを聞き、アロンは息が詰まった。頭が真っ白になり、目の前は真っ暗になる。


 ブルーノは努めて落ち着いて話し続ける。


「もし、出来ることならお二人ともを選びたかったです。ですが、勇者は1人しか選ぶことができません。ですので今回は、起き上がったカリナさんを勇者として選抜することとなりました」




 アロンは


「そうですか」


と震える声で返事をするのが精一杯だった。



 ガッツが心配そうに声をかける。


「アロン、今のお前にはどんな言葉も届かないことは分かっている。それでも、これだけは言わせてくれ。本当に素晴らしい闘いだった。アロンは自分の実力に自信を持って欲しい。アロンの実力はその機転も含めて、勇者に値する」


 そして、ブルーノが再び口を開いた。


「アロンさん、貴方の闘いぶりを見て、ぜひにと、軍の精鋭部隊から打診が来ております。今は今後どうしたいかは、決められないでしょう。また、心の整理がついたら、どうしたいか教えてください」


 そう伝えると、ゆっくり休むように一言を添え、2人は部屋を出ていった。

 部屋を出てすぐ、ブルーノは扉と壁に防音の魔法を張った。

 この後のアロンを思ってのせめてもの配慮だった。





 1人部屋に残されたアロンは動けずにいた。


「勇者になれなかった」


 1人呟いた言葉がコトリと音を立てるように床に落ちる。

 そして、耳に届いたその言葉にさらに現実を突きつけられた。



「勇者に、なれなかった」


 アロンは再びその言葉を繰り返す。



 認めたくない、だが、認めなければならないのだ。現実が重くのしかかり、息が苦しい。



「勇者に……勇者に……なれなかった」


 次第にアロンの瞳に涙が溜まり、喉が唇が震え出す。




「う……うぅ……うぁーーーー!!」


 アロンは床に手をつき、叫ぶように泣いた。



 マックスとの約束を守れなかった。約束したのに。約束したのに!


 頭に浮かぶその言葉を掻き消すように声をあげて泣く。

 喉が張り裂けそうだった。喉から血の味がしてきた。


 それでも、泣くことをやめられない。

 今泣くのを止めると、心が壊れてしまいそうだった。

 その心でさえも爪を立て、掻きむしるように泣き続けた。




 どれほどの間、泣いただろうか。


 マックスは呆然と部屋の壁にもたれ、座り込んでいた。


 目の焦点が合わず、何を見ているのかもわからない。ただ、泣いて泣いて泣きまくって、ボーッとなった頭のまま、佇んでいた。



 何もする気が起きない。

 何も考えたくない。

 アロンはただただ焦点の合わない目で宙を見つめる。



 アロンはふと肌寒いことに気が付いた。

 まるでそうプログラミングされたロボットのようにベッドに潜り込んだ。

 自分が身体を暖めようと思ったわけではない。

 ただ、無意識に勝手に身体が動いて布団に入っただけであった。



 またボーッとする。

 時計の秒針の音だけが

 カチッ、カチッと、部屋に響いていた。



 負けた。俺、負けたんだ。



 勇者になれなかった事実がジワジワと現実味を帯びてくる。

 いくら目を瞑ろうと、きっとこれは夢だと言い聞かせても、何も変わらない。

 そこにはただ『負けた』という事実があるだけだった。


 また、涙が流れた。

 今度は声を押し殺し、静かに泣いた。



 

 今が昼なのか夜なのかさえわからない。

 ただ、風で窓がガタガタと揺れる音に気付き、窓を見ると外は真っ暗だった。


 外から、吹き抜ける風の音がビュービューと聞こえる。

 それに合わせ窓がガタつく。


 ただ、それだけの音をアロンは聞いていた。

 頭は先程の涙の影響か、ボーッとしていて何となく重く、痛い。


 約束を交わした時のマックスが、一緒に訓練をしたいた時のマックスが、次々と思い浮かんだ。


「マックス、ゴメンね。俺は、約束を守れなかったよ」


 アロンは幻のマックスにそう語りかけた。


 アロンの目に映るマックスは笑っていた。


「マックスはさ、きっと笑って許してくれるよね?でもね、俺が、俺自身が許せないんだよ」


「友達の人生が掛かったたった一つの約束を守ることもできない、自分が本当に嫌なんだ」


 アロンは幻の親友へ話し続けた。



 そして、アロンは布団の中で丸くなった。


 そうすれば、少し自分という存在をこの世から消せると思ったのだ。


 そのまま、ただ時間が過ぎた。


 アロンは微睡み始めた。



 その時、コンコン、とドアをノックする音が聞こえた。


 誰とも顔を合わせたく無くて、アロンは無視をする。


 しかしもう一度、コンコンとノックされる。


 それも無視する。


 それでもまたノックされた。


 アロンは溜息を一つすると、重い身体を無理矢理動かし、ベッドを下り、のそのそと部屋を歩き、ドアを開けた。



 そこにいたのは、ウェンナーとダリアであった。ウェンナーの手には食事を乗せたトレーがあった。




 アロンの憔悴し切った顔を見て2人が慌てる。




「おい! アロン! お前大丈夫かよ!?」


 ウェンナーが部屋に入り、部屋の中央に置いてあったローテーブルにトレーを置く。


「ってか、寒っ!! アロン! 何やってんの!? 風邪ひくわよ!」


と、ダリアが部屋の暖房器具に火を入れた。

 暖房器具の周りがジワッと熱くなる。



 2人はアロンをローテーブルの前に座らせた。


「アロン、きっと何も食べてないでしょ? 食堂で事情を説明して、特別に部屋に持ってこさせてもらったわ。食器の返却はいつでも良いって」


 ダリアが優しくアロンに話しかけた。

 アロンは


「ありがとう。でも、ごめん、食欲無い」


と答えた。


 それを見たウェンナーが


「良いから、それでも食え。味を感じられなくても、それでも食え。飯を食えなきゃ何もできねぇ」


と伝える。



 しかし、アロンは指一つ動かそうとしなかった。


 その様子に見かねたウェンナーがアロンに話かけた。


「アロン、お前、なんで勇者になりたかったんだ?」


 その言葉にアロンは心が抉られる。アロンは震える声で答えた。


「マックスと……、約束した……」


 それを聞きウェンナーは真剣な顔で


「そっか。それは本当に悔しかったな」


と伝えた。そして、


「なぁ、アロン、今から俺が言うこと、聞いてくれるか?」


と尋ねた。

 アロンは、弱々しく頭を上げ、コクンと頷いた。


 それを確認したウェンナーが話し出した。


「俺がな、勇者になりたかったのは、兄貴のためだ。俺の兄貴はな、王国軍の兵士だった。でもある日の魔物討伐で大怪我を負った。片目を失明し、片脚を切断した。命はなんとか助かったものの、もう兵士として働けなくなった。王国軍の兵士であることは兄貴の誇りだった。だから兵士でいれなくなった兄貴は塞ぎこんじまった。俺は、俺はな、勇者になって、兄貴の代わりに魔物を倒して、兄貴を元気付けてやりたかった。兄貴の背中を見て育った俺が、勇者になったぜ、って、兄貴に伝えたかった」


 アロンは、ウェンナーの言葉に驚いた。


 そして、ダリアが、私も良い?と話し始めた。


「私の叔父さんはね、とある商店の経営者だったの。ある日、一世一代を掛けた商品を仕入れに行って、その帰り、盗賊に襲われてその品物も馬車も全て失ってしまったの。残ったのは仕入れのための借金だけだった。叔父さんは絶望して首を括って自殺してしまったわ。後になってね、その盗賊たちが捕まったの。その盗賊はね、魔物に襲われて、村を追われた人たちだったの。魔物さえいなければ、村人たちは盗賊なんかにならなかったし、叔父さんも死ぬ事は無かったわ。だから、私は勇者になって、魔物に苦しめられる人がいない世界を作りたかったの」


 そう、儚げに微笑む。


 アロンは、2人の話に驚くことしかできなかった。


「あのなアロン、俺たちだけじゃ無い、他にも同じように勇者を目指してここに集まったやつらがいる。俺たちを含めてそういう奴らは、本気で勇者になりたかったんだ。それでも、俺やダリアは勇者決定戦に立候補しなかったよな?何でだと思う?」


 アロンは見当がつかず、わからないと、首を横に振る。


「お前やマックス、カリナを見て、自分じゃ太刀打ちできないと悟ったからだ。俺たちだって、遊んでいた訳じゃない。自分たちの出来る精一杯の努力をしてきた。それでも、どんなに努力しても、お前たちに届かなかった。悔しくて悔しくて、何度泣いたか分からない。何度も諦めそうになって、それでも夢を諦めたくなくて必死にもがいた。それでも、お前たちに追いつけなかったんだ。今、訓練所に残ってる奴らだけじゃない、途中でリタイアした奴らもそうだ。自分の才能の無さに嘆いて諦めたやつがいっぱいいるんだ」


 ウェンナーがフゥと大きく息を吐く。そして続ける。


「それでも、俺たちが絶望していないのは、何でだと思う?」


 ウェンナーはアロンを真っ直ぐ見据えて問いかけた。

 ウェンナーに見つめられ、アロンは固まった。ウェンナーに自分の弱さを全て見透かされているようでいたたまれない。しかもウェンナーの問の答えさえ思い付かない。


「わからない……」


 アロンはウェンナーの自分を見つめる視線からなんとか目を逸らし、俯いて答えた。


 ウェンナーはゆっくりと口を開いた。


「俺たちはな、自分に出来ることを探したんだ。勇者にはなれない、ならせめて自分に何が出来るのかを必死に探して、見つけたんだ」


 アロンは、ウェンナーの言葉に顔をあげる。

そこには真っ直ぐとこちらを見るウェンナーとダリアの顔があった。


「自分に出来ること……」


 アロンが呟く。


「そうだ。自分に出来ること、だ」


 ウェンナーは真っ直ぐ返す。


「俺は……まだ……わからない」


 アロンは再び俯いた。



 それを見てダリアが声をかける。


「そんなの当たり前じゃない。あなたは今、一番辛い所にいるんだもん。これから、考えていけば良いのよ」


「これから?」


「うん、これから。考える時間はいっぱいあるわ」


 そう言うとダリアは優しく微笑んだ。



「でだ、アロン! 考えるには栄養が必要だろ? 腹が減ってたら何もできねぇじゃねぇか! だから、食え! やけ食いでも良い、いっぱい食って、身体や頭に栄養届けて、それでいっぱい考えろ!」


 そう力強い笑顔でウェンナーはアロンの頭をグシャグシャと撫でた。


 アロンは


「うん……。うん……」


と頷きながら、涙を流した。

 今度は苦しいだけの涙では無かった。


「ってか、アロン、お前、もしかして挫折したの初めてじゃねぇのか?」


とウェンナーが聞いてきた。


 アロンはキョトンとし


「そういえば、そうかもしれない」


と答えた。


「かー!! 順風満帆な人生だな! 全く羨ましいぜ! 俺なんか毎日のように挫折と失敗の連続だぜ!」


とオーバーに嘆いた。そして


「ダリアもそうだろ?」


とダリアに振った。

 ダリアは呆れた目でウェンナーを見て


「そんなのアンタ位じゃないの? そんな毎日のようになんてしないわよ」


と答えた。


「何ー!! お前、俺を裏切るのかー!!!」


とダリアに迫る。


「裏切るとか裏切らないとかの話じゃないじゃない。アンタはもっと計画的に動きなさいよ。行き当たりばったりに動きすぎなのよ」


と冷静に返された。


 それを聞いたウェンナーは項垂れる。


「聞いたか、アロン? 俺はまた今ひとつ心に大きな傷を負ったぜ?」


と涙目でアロンに訴えかけた。


「それは、残念だけど、ウェンナーが気を付ければどうにかなる問題なのじゃないかな?」


とアロンも苦笑いで答える。


「何ー!? アロン! お前もか! お前もなのかー!!」


とウェンナーの悲痛な叫びが響き渡った。


 『ブルータス、お前もか』


 どこかで聞いた言葉にソックリである。

 言うことは英雄級なウェンナーであった。




「はいはい、もう行くわよ。アロンがゆっくり食事できないでしょ?」


とダリアが悶えるウェンナーを無理矢理立たせた。

そして、アロンの食事に温め直しの魔法をかける。


「私じゃ、じんわりしか温められないから、足りなかったら、魔法かけ直してね」


 そう笑いかけ、ウェンナーとダリアは部屋を出ていった。



 アロンは食器を手に取り、スープを口に入れる。飲み込んだ時、身体の中が優しく温まったような気がした。

 そして、そのままアロンは、食事を完食した。

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