第18話 手紙と後悔
3人1チームの討伐訓練が終わった後もアロンは鍛錬を続けた。
しかしもう、無理に自分を追い込むようなことはしなかった。
苦手な座学も周りと協力しながら、試験をクリアしていった。
そしていよいよ、勇者決定戦の日が近づいてくる。勇者決定戦を1ヶ月後に控えたその日、アロンはマックスに貰ったあの本を開いた。
表表紙の表紙裏に1枚のメモが挟んであった。そのメモにはマックスの住所が書いてあった。
懐かしいマックスの字に目を細めるアロン。
このメモを受け取った時のことを思い出した。
「ねぇ、マックス。もしも、もしもだよ? 俺が訓練所リタイアしてもさ、友達でいてくれる?」
アロンは以前から少し気になっていた事をマックスに尋ねた。
休日、2人で部屋で寛いでいた。アロンは机に向かい、マックスはベッドの上で本を読んでいた。
突拍子もない問に驚きながらもマックスは
「そりゃ、当たり前だよ。僕はこの訓練所を卒業してもずっとアロンと友達でいたいと思ってるよ?」
と答えた。
その答えにアロンは、じゃあ……とモジモジしながら1枚のメモをマックスに手渡した。
「俺の実家の住所。ここに手紙出してくれたら嬉しい」
そう告げてメモを手渡す。
「わかった」
そう言い、マックスはメモを受け取ると
「アロン、何か紙とペンちょうだい」
と手を差し出した。
アロンは机に置いてあった、メモとペンを手渡す。
マックスは本を閉じ、本の表紙を台代わりにしてサラサラと何かをメモに書き綴った。そして、そのメモとペンをアロンに返す。
「コレが僕の家の住所。アロンはここに手紙を出してね」
そう言って笑いかけた。
アロンは心が躍った。初めての親友と呼べる友達から、手紙を交換できるよう住所を教えて貰ったのだ。
「うん! 絶対手紙書くね!」
と喜びを多分に滲ませた返事をした。
そして、アロンはマックスの住所を見た。
「マックス・ピーカー?マックスの苗字はピーカーって言うんだね?」
何気なく尋ねた。
「うん、なんか、音の響きがさ、カッコ悪い苗字だろ?だからあんまり苗字で呼ばれたくないんだよねぇ」
とマックス苦笑いし、アロンに貰ったメモを読む。
「アロンは……アロン・ブレイブ? カッコいいね! 羨ましいよ!」
マックスは目を輝かせてアロンを見た。
「逆だよー。苗字が勇まし過ぎて、全然俺に合ってなくて恥ずかしいもん。小さい時、それでよく近所の悪ガキにいじめられたし。しかも、勇者候補生なのに「ブレイブ」なんて笑えないよぉ。ま、だからね、俺もあんまり自分の苗字、好きじゃないんだよね」
と困ったように眉尻を下げた。
「そっか、お互い無いものねだりだね」
そう、マックスは笑った。
アロンはマックスの笑顔を思い出し、自分も笑顔になっていることに気付く。
部屋には誰もいないのに、1人気恥ずかしくなった。
さて、どうしよっかな?
とレターセットとペンを前に考え込む。
アロンは手紙を書いたことが無かったのだ。もちろん、家に送られてくる手紙を見ていたので、書き方はわかっている。しかし、エレファンの後、マックスに対してどう手紙を書けばいいのか全くわからなかったのである。
どうしようとしばらく悩み続ける。いっそのこと、手紙を出すのをやめようかとも考えたが、やはり、勇者決定戦を前にしてマックスに伝えたい思いがあった。
アロンは心を決め、ペンを走らせた。
あーでもない、こーでもない、と紙をちぎり取っては捨てを繰り返し、1時間かけて手紙を書き上げた。
それをブルーノへ託す。
「マックスさんにお手紙を書いたのですね。分かりました。こちら郵便局に出しておきますね」
そう言いブルーノは手紙を預かった。ついでに、せっかくですからと防汚魔法をかけてくれた。
数日後、マックスの元に手紙が届いた。
マックスは病院から家に戻って以降、ずっとベッドの上で過ごしていた。
始めの1週間程は黒いモヤの影響で起き上がることもできず、ただただ、酷い倦怠感に蝕まれた。その後、モヤは徐々に薄くなり、次第にベッドの上に起き上がることができるようになった。
起き上がれるようになったマックスは、何とか魔力が復活できないかと色々と試みた。しかし、その努力も虚しく、身体に魔力が戻ることは無かった。常に身体が渇いているような感覚に陥っていた。そう、魔力欠乏症とは、身体に魔力を留めておく事ができず、常に魔力が枯渇した状態になってしまう病気だったのだ。
魔力を留めておけないせいなのか、酷く身体が重たい。マックスはベッドの上に起き上がる事はできても、立ち上がることはできなかった。
病気に対する手立てが何か無いかと親に頼んで魔力欠乏症関連の本を仕入れてもらう。しかし、本を読もうにもすぐに疲れてしまい、10分程しか読み続けることができない。本を読んだ後は、途轍もない疲労感に襲われ、起きていることが出来なくなる。そうなった時は、指一本動かすことができず、まるで自分の身体が人形になってしまったように感じた。
外から街の人の声が聞こえてくる。楽しそうな声がやたらと耳につく。当たり前のことが当たり前にできないことに、焦りと不安が募っていった。
そんな日々を送っていたマックスは、アロンからの手紙が本当に嬉しかった。
ドキドキしながら、封を切り、手紙を広げる。
『マックスへ
マックス、身体の調子はどう? マックスの事だから、身体がしんどくても「これも鍛錬になるし」とか思いながら無茶してないかちょっと心配です。
俺は、エレファンとの闘いの後、マックスとの約束を果たそうと鍛錬を頑張っているよ。なんとか、朝も早起きを続けている。俺が1人で起きてるんだよ? 凄いでしょ?
恥ずかしい話なんだけど、一時、いっぱいいっぱいになっちゃって、周りの皆に心配かけて、迷惑をかけてしまったんだけど、今はちゃんと地に足つけて頑張ってるよ。
いよいよ、1ヶ月後に勇者決定戦が迫ってきたんだ。マックスとの約束守るからね。勇者になってみせるよ。
アロンより』
そんなに長くも無いアロンの手紙を何度も何度も読み返した。アロンが自分の言葉を覚えてくれていたのが嬉しかった。
本当は自分の代わりにアロンに勇者になってもらいたかった訳ではなかった。ただ、自分を責め続け、自責の念でアロンが潰れてしまうかもしれないと心配して、生きる目標になれば……と言った言葉だった。
アロンが元気に過ごしている。それが分かって、本当に嬉しかった。
マックスはしんどい身体に鞭打ち、返事を綴った。文字を少し書くだけてもしんどい。何度も休みながら、何日もかけて手紙を書き上げた。
それを、以前取り決められたルール通り、王宮のブルーノ宛てに送った。
勇者決定戦まで2週間を切った日、アロンはブルーノに呼び止められた。
「アロンさん、マックスさんからお手紙が届きましたよ」
そう言ってアロンは手紙を手渡された。
はやる気持ちを抑えて部屋へ行き、封を切る。
『アロンへ
手紙、どうもありがとう。
僕は何かしら手立ては無いかと魔力欠乏症関連の本を読み漁っているよ。でも、すぐに疲れちゃって、なかなか思うようにはいかないのがもどかしい。
けど、そんな中、アロンからの手紙が来て、アロンが元気に過ごしていることを知れて、本当に嬉しかった。
頑張ってるアロンに負けないよう、僕も頑張るね。
勇者決定戦、いよいよだね。頑張るのも良いけど、無理して怪我したりしないでね。アロンが元気でいてくれることが一番だよ。
アロンのこと、ずっと応援してる。
マックスより』
マックスの手紙は所々、字が薄くなったり、字が震えている所があった。
きっと、動かない身体に鞭打って、必死で返事を書いてくれたんだ、とアロンは思った。
アロンはマックスの手紙に、より決意を新たにする。勇者になる。その思いをより強くさせた。
マックスはアロンに手紙を貰った次の日から、毎朝、起きるとアロンからの手紙を読み直した。手紙を読むと、少し前向きになれたのだ。
アロンの手紙を読み直すようになってしばらく経った頃、マックスはふとある事に思い至ってしまった。
あれ? もしかして、アロンは勇者になるという思いに縛られている?
アロンの手紙からは、マックスとの約束を守りたいという強い決意が伝わってくる。
つまり、裏を返せば『アロンは勇者になることしか考えていない』ということになる。
勇者決定戦では、もちろん、負けてしまうこともあるかもしれない。もし、そうなってしまったら、約束を守ると奮闘しているアロンはどうなってしまうのだろう……とマックスは不安になった。
マックスは、アロンが元気で幸せでいてくれたらそれで良かった。エレファンの事で自分を責めないで欲しい、自分(マックス)のことを気にせず生きて欲しい、と思っていた。
しかし、今は、マックスの言った言葉に、ひいてはマックス自身に縛られた生き方をしているように見受けられる。
マックスの中で、アロンに対する心配、不安がどんどんと大きくなっていった。
そんなある日、再びアロンから手紙が届いた。
『マックスへ
マックスからの返事、本当に嬉しかった! ありがとう。
いよいよ、勇者決定戦が3日後に迫ってきたよ。きっとマックスがこの手紙を読んでいる時は、決定戦の真っ最中かもしれないね。
相変わらずぶっち切りで強い人が1人いるけど、なんとかその子に勝てるよう頑張るよ!
マックスに嬉しい報告ができるよう、気合入れて挑むね。
アロンより』
アロンの手紙を読んだマックスはまだ予想でしかなかった自分の不安が、的中してしまったことに気が付いた。
マックスが亡くなった妹のために勇者になろうと思ったのは、仇を討ちたいという思いとともに、これ以上、魔物により人生を変えられる人を1人でも減らしたいと思ったからだった。
身近な人が魔物の被害にあって、自分のような悲しい思いをする人が1人でも減るように、勇者になって、魔物や侵略者を討伐したかったのだ。
それなのに、自分は大切な友人の人生を縛ってしまった。アロンを助けたことに後悔は無い。アロンが魔力欠乏症にならなくて本当に良かったと思っている。それでも、自分がアロンを庇ったことで、自分がアロンに『あんなこと』を言ったせいで、アロンは今、背負う必要のない重荷を背負っている。
何が、自分のような気持ちになる人を減らしたい、だ。アロンが、僕のことを考えて自分を責めない訳が無い。結局僕自身が、僕と同じように悲しむ人を生み出したんだ。
僕がアロンに『勇者』という呪いをかけてしまった。
マックスは津波のように襲う後悔の念に押し潰されそうだった。
「ごめん。ごめん。ごめん……。アロン、ごめん」
口から出るのは謝罪の言葉ばかりだった。
マックスはブルーノへ大急ぎで手紙をしたためた。
もし、勇者決定戦でアロンが負けてしまった時、フォローをお願いします。という内容だった。
アロンは、そんなマックスの苦しみを知らず、勇者になるために日々鍛錬を積んでいった。
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