第16話 ブルーノとガッツの苦悩

 次の日からアロンは訓練に参加した。


 勇者になるためにがむしゃらだった。

 朝も日が昇る前に起き、訓練以外の空いている時間は全て魔力錬成などの鍛錬に注ぎ込んだ。


 そんなアロンの様子を心配し、声を掛けてくれる者もいた。カリナもその1人であった。


「アロン、あなた最近根を詰めすぎじゃない? 少しは休まないと身体を壊してしまうわよ?」


「心配してくれてありがとう。でも、時間が足りない。カリナ、君に勝つには時間が足りな過ぎるんだ」


 アロンはそう答えた。


「そう。……それでも、休むことは大切よ?」


 カリナは、マックスもそうしていたでしょう?と言いたかったが、今の張り詰めたアロンにその言葉をかけることはできなかった。




 ある日、アロンはブルーノとガッツに呼び出された。

 ブルーノとガッツがアロンの前に座り、アロンを正面から見据える。そして、ガッツが口を開いた。


「なぜ、呼び出されたかわかるか?」

「分かりません」


 アロンは、本当に見当がつかず、そう答える。

 ガッツはアロンから一度目を離し、目を伏せる。しかしまたアロンを真っ直ぐと見つめ直すと


「アロン、最近のお前は目に余るものがある」


と話し始めた。


「アロンがマックスの事で、自分を責めて、頑張っていることはわかっている。確かに己を追い詰めることは鍛錬において、効果のある方法ではある。だがアロン、お前のやり方は間違っている」


 真剣に鍛錬しているのに、間違っていると言われアロンは少しムッとなった。しかし、呼び出されている手前、その気持ちをなんとか抑え


「どう間違っているのでしょうか?」


と聞き返した。



 ガッツは眉間に皺を寄せ、軽く息を吐き、私で上手く伝えれるかわからんが……と続けた。


「修練を積む時はもっと、心に余裕がある状態で行うものだ。確かに己の限界を追求するために精神的にも己を追い詰めることもある。が、それはあくまで、修練と分かった上で、だ。今のアロンは己を高めるためではなく、己の目標を口実にただ自分を傷めつけているだけのように見受けられる。今のままでは、どこかで必ず、お前が誰かを傷付けるか、お前自身の糸が切れる。それが、我々は心配だ」


「俺には良く、わかりません」


 アロンは、自分の中では『勇者になる』という目標のもと、己と向き合い修練を積んでいるつもりだった。



 そこに、ブルーノが口を挟んだ。


「アロンさん、貴方は勇者になりたいのですよね?」


「はい。なりたいです。マックスと約束しました」


「はい、それはとても素晴らしい目標だと思います。では、アロンさん、この星を背負って立つ魔術師としての勇者に必要な物は何だと思いますか?」


 ブルーノの問にアロンはすぐに答えを出せない。


「……それを考えたことがないので、わかりません。今考えて思い付くことは、諦めない心は大事だと思いました」


 その答えに、ブルーノは優しく微笑む。


「そうですね。『諦めない心』は勇者にとって無くてはならない物ですね。ただ、我々は魔術師です。他の2つの星が扱う事の出来ない、魔法のエキスパートなのです。我々は戦闘時、攻撃だけでなく、周りのサポートも担わねばなりません。今の貴方にそれが出来ますか?」


「回復魔法はある程度使えます。素早さをあげたり、シールドを張ったり、そういう補助魔法も覚えています」


「ええ、アロンさんは本当に努力を頑張っていると思います。その意志の強さはこの候補生の中で1番だと思います。それでも私は、今の貴方では、勇者パーティーの一員として力を発揮できないと感じています」



 勇者に足り得ないと言われ、アロンは噛みついた。


「それはなぜですか!? 確かにまだ覚えれていない魔法もあります。しかし、それでもかなりの魔法を覚えました。サポートはできるはずです!」


 その言葉にブルーノは悲しそうに微笑む。


「そうではないのです。我々に求められるのは、いついかなる時も落ち着いて状況を俯瞰できる冷静さです。今の貴方にはそれが欠けています」


「俺は、そんなに冷静さに欠けますか? 鍛錬だって真摯に向き合っているつもりなのですが」


 アロンは、自分が落ち着いていると思っていたのだ。


「そうですね、その辺り、またしっかりと考えていただけたら、我々も安心できます」


「……はい」



 明確な答えを得られないまま、面談が終わった。

 アロンはいまいち2人の言う事がわからなかった。自分は己を見つめ、落ち着いて鍛錬に臨んでいると感じていたからだった。



 アロンが出て行った後、ガッツが口を開いた。


「なかなか難しいものですね。なんとかしてやりたいのですが」

「そうですね、早く、自分の危うさに気付いてもらいたいですね。本当に指導者としての力の無さを痛感いたします」


 ブルーノが机の上で肘をつき、組んだ手に額を落とし、目を伏せた。


「ええ。私もこれほど自分の指導力の無さに嫌気が差したことはありません」


 ガッツも悔しそうに口を引き結んだ。




 それから数日、アロンはブルーノとガッツの話を考え続けた。

 しかし、いくら考えても2人がなぜ自分にその話をしたのかが、わからなかった。






 そのまま、魔物討伐訓練の日がやって来た。

 今回は、王宮からの指示書に記載されている魔物リストに不信感を抱いたブルーノとガッツが事前に現地調査を行い、決行されることとなった。



 候補生全員がブルーノとガッツの前に集まる。人数は12人だった。エレファンとの戦闘で魔力欠乏症になったのは30人中14人だったため、残っているのは16人であったが、その後、心身の不調を訴え4人が訓練所を後にしたのだ。


「そろそろ勇者決定戦が行われる。その後はそれぞれ、勇者や討伐軍の一員として任務に励むことになるだろう。その時の予行として3人1組でパーティーを組み、討伐にあたることとする」


 ガッツの宣言に全員がゴクリと唾を飲み込む。

 そこにブルーノが補足を加えた。


「さらに今回は、実践を踏まえ、攻撃2人、補助1人の組合せにいたします。誰がどれを担当するかは各々班で話し合って決めて下さい。戦術を計画することも戦闘する上でとても大事な要素です」


と伝えた。そして、そのまま班分けが発表された。



 アロンはC班に配属された。メンバーはウェンナーとダリアという女の子だった。

 アロンたちはそれぞれ、どう組むか相談する。


 ダリアが初めに口を開いた。


「あのね、私はそこまで攻撃魔法が得意じゃないから、サポートが良いと思うんだけど、どうかな?」


 それにウェンナーが答える。


「俺は別にそれで構わねぇぜ。アロンも攻撃の方が得意だろ?」


 そう振られ、アロンも答える。


「ああ、俺もそれで構わない。で、じゃあ、ダリアはサポートとして、魔物の捕縛って出来る?」


「『捕獲』魔法で動きを止めれば良いのよね? 普通の魔物なら、何時間とかの長時間で無ければ大丈夫よ? ただ、力の強い魔物の場合、かなり魔力を消費するから他の事に気が回らないかもしれない」


 それを聞いたウェンナーが


「じゃあ、もし力の強い魔物と闘うことになったら、俺が相手の動きをさらに止めれるように援護するわ。その間にアロン、仕留めてくれるか?」


「ああ、分かった」


 アロンたちはその作戦でいくことになった。



 アロンたちC班は竹藪の中を歩いていた。

 風が吹くたびに竹の葉の擦れる音が響き渡る。まるで世界に自分たちだけが取り残されてしまったような気分になる。


「じゃあ、とりあえず魔物を見つけないといけないから探索魔法かけるね」


 そう言うとアロンは探索魔法を発動させる。

 ダリアがアロンの言う位置に印を付けようとマップを立ち上げる。


「南東750mに小型なのが3体、西100mに小型一体、北西200mに中型? いや大型? が一体」


 そう言うとアロンはフゥと息を吐く。

 それを見ていたウェンナーとダリアが唖然としてアロンを見ていた。


「ど、どうしたの!?」


 アロンは驚いて2人に声をかける。

 まず、ウェンナーが答えた。


「いや、750mってどんだけ範囲デケェんだよ」

「そうよ。それに、何で魔物の大きさが分かるの? どうなってんの?」


 それを聞いたアロンが答える。


「いや、マックスは半径1kmまで見えてたよ。魔物の大きさは本当に凡そしか分からないよ。間違ってる時もあるから、参考程度にしてね」

「何だよそれ、おめぇらバケモンかよ」


 ウェンナーの言葉にダリアも頷いたのであった。

 ちなみにウェンナーとダリアの探索魔法の範囲は350m程である。それでも探索魔法が使えるのはとても珍しいことであった。


 マックスの探索魔法を元に、まずは小型の一番近い魔物で連携の確認を取ることになった。


 現れたのはノコタケだった。

 ノコタケは別名タケノコモドキという。

 ノコタケはその形状を利用して、ドリルのように地中を移動して足元から攻撃をしてくる。

 アロンたちはなんとかノコタケの攻撃を躱すが、なかなか動きを止める事が出来ない。


「2人とも、少しの間、浮いててくれない?」


 アロンがそう言うと、ウェンナーとダリアが飛行魔法で浮き上がった。

 アロンは地面に手をつき、魔法を発動する。

 しばらくすると


「ノコー!!!!」


 ノコタケが地面から飛び出してきた。

 アロンに対してとても怒っていた。



 その瞬間


「捕獲!」


 ダリアの声が響く。

 立方体の檻がノコタケを包んだ。

 ノコタケは慌てて地面に潜ろうとする。しかし、檻に阻まれて逃げられない。

 そんなノコタケに向かって、火球が飛んで行った。


「焼きタケノコの出来上がり!」


 ウェンナーがノコタケをしっかりと焼き上げた。きちんと火が通っているのに焦げていない。その焼き加減は最高だった。


「アロン、食うか?」


 ウェンナーが焼き上がったノコタケを指差し、アロンに尋ねる。


「え?食べるわけないじゃん」


 アロンは眉をひそめる。


「なんだよー! お前、前にハリイノシシ食おうとしてただろ!?」


 ウェンナーは裏切られたと言わんばかりに声を上げた。


「? そんな事言ったっけ?」


 アロンは興味無さそうに顔を逸らし、服装を整え出した。



 実際、アロンは前回の初めての遠征の時、ウェンナーにハリイノシシ美味しそうと発言していた。



 アロンの様子を見ていたダリアがウェンナーにヒソヒソと耳打ちする。


「ねぇ? アロンってあんなんだっけ?」

「いや、なんか雰囲気変わったよな」

「やっぱりそう思う? なんかピリピリしててちょっと恐くなったよね?」

「そうだな。このまま何事も無いといいんだけどな」


 2人はお互いに注意しようと頷き合い、アロンの所に向かった。

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