第15話 遠征後 獣臭い獣人と陰険研究員
「貴殿らが付いていながら、何という醜態だ!?」
王宮の謁見室に星王の怒鳴り声が響く。
「「申し訳ございません」」
2人の男が跪き頭を下げる。
ブルーノとガッツがこの星の王、星王に今回の討伐の報告にあがっていた。
「申し訳ございません、では無いわ! 本当に勇者となる者の集団なのであろうなぁ? 魔物にまるで歯が立っておらぬではないか。まさか貴殿らが手を抜いている、なんてことではあるまいな!?」
その言葉にブルーノが答える。
「いえ、決して手を抜いてはおりません。半年前の学園との交流戦で実力は陛下もお認めになられたではありませんか」
そこへガッツが続ける。
「今回は、本当に相手が悪かったのです。魔法使いとの相性が最悪でした。しかし、それでも魔力欠乏症の原因がエレファンと突き止め、また他星で原因不明とされてた傀儡病の原因が魔力欠乏によるものでは無いかとの、これまでの治療に一石を投じる貴重な見解を得る事ができました」
それに対し、星王はめんどくさそうに一瞥し答える。
「それでも勇者候補生の数がかなり減ってしまったのであろう?ゆくゆくは軍で活躍できる期待の新星たちを数多く失ったのは、とんでもない損失である。さらに、連合軍に応援を要請したそうだな。貴殿らは各星の首脳と連合軍が対立していることは知っておろう?」
星王の問いにガッツが答え続けた。
「はっ。しかし、今回の敵エレファンは魔法が効かないため、どうしても連合軍の協力が不可欠にございました」
「だが、要請の打診は遠征前からしておったのでおろう?そうでなければそうタイミング良く連合軍が現れる事などないわ。まさか連合軍と内通している訳ではあるまいな」
「内通など以ての外にございます! 本当にもしもの事を考えたからにございます。それに今回は彼らがいなければ恐らく全滅していたと思われます」
「何!? 全滅だと!? 相手はたかがゾウであろう!」
その言葉にガッツは憤りで奥歯を噛みしめる。
「エレファンはたかがといえる魔物では、ございません」
その言葉に付け加えるようにブルーノが言葉を繋げる。
「陛下、今回は本当にどうしようも出来ない状況でした。我々も時期早々とお伝えしました通り、候補生たちはまだとても若い。子供たちの集まりなのです。今回の事で心に傷を負った者、魔力欠乏症により将来を失った者が多数おります。我々に責任を問われるのはごもっともでございますが、どうか、彼らに温かい目を向けていただけないでしょうか?」
それを聞き、星王は苦虫を噛み潰したように顔をしかめ
「もう良いわ。下がれ。今後、このような失態は許さん。どの星よりも早く勇者を育成するのだ」
と伝え、ブルーノとガッツを下がらせた。
2人が扉を出たのを確認し、星王が
「ふん。これではただの給料泥棒では無いか。お前が薦めるからあの2人を指導者に選んだのに、全然では無いか」
と側に控えていた宰相に話しかけた。
「陛下、彼らは優秀ですよ。ただの魔力量が多いだけの子供をここまで育て上げているのですから」
「あれでか? ただの減らず口ばかりの陰険研究員と獣臭い獣人ではないか。勇者候補生たちは、いずれ私の近衛兵として配置する予定だったのに、勝手に数を減らしよって……」
星王はブツブツと独り言を始めた。
宰相は聞こえないフリに徹した。
「悪かったな。獣臭くて」
謁見室を出て廊下を歩くガッツが呟く。
「ガッツさん、盗み聞きは良く無いですよ。陰険研究員の私からのアドバイスです」
ブルーノがガッツの独り言に答える。
「……。貴方もちゃっかり聞いてるじゃないですか」
ガッツがフッと肩の力を抜くように笑う。
「何か有益な情報でも手に入れば……と思ったのですが、全然でしたね。本当自分の事しか考えてないお方だ。私の盗聴魔法が無駄遣いでしたよ。……そういえばガッツさんはどうやって中の声を拾ったんですか?」
ブルーノが心底不思議そうにガッツに尋ねる。
「少し気を巡らせて耳に力を入れれば聴力が上がります。それだけです。それにしても、ここの警備は本当にザルですね。いつでも情報駄々漏れですね」
「そうなんですよね。国も一つしかないし、平和でしたから、そんな警戒する必要も無いのでしょう。そうだガッツさん、まだ、いなくならないで下さいね」
ブルーノがガッツの心を見透かしたように微笑みかける。
ガッツはそれに瞳を丸くした後、笑い返す。
「もちろん、勇者の訓練所が閉鎖されるまで、共に頑張りますよ。流石に貴方でもあの陛下の相手を1人でするのは難しいでしょう?」
「まさしくですよ。最後まで、共に頑張りましょう」
2人はその後、特に会話をするでもなく、しかし、充足した連帯感に満たされながら訓練所に戻った。
目の前に白い天井が広がる。
しばらくボーッとそれを眺める。
ここは、どこだ?とアロンは不思議に思った。
ベッドに横たわったまま、周りを見渡す。
「医務室?」
掠れた声が出た。
「お! アロン、目が覚めたのか?」
斜め前のベッドから声がかかる。ウェンナーであった。
「お前、魔力切れ起こして倒れたんだよ。俺は俺で回復魔法掛けてもらったものの、熱出しちまってここにいるんだけどよ」
そこへ、カリナが医務室に入ってきた。
「アロン! 目が覚めたのね!」
カリナが目覚めたアロンに気付いて駆け寄る。
「調子はどう? どこか身体に不調は無い?」
アロンは自分の身体を検める。
「いや、特には無いかな? 大丈夫」
アロンの言葉にカリナはホッとして
「そう、良かった。貴方、3日も目を覚さないから心配したのよ?」
と伝える。
「3日?」
相変わらずアロンはボーッとしている。
「? アロン、本当に大丈夫?」
カリナがアロンの様子を訝しがる。
「うん、身体は大丈夫なんだけど、どうして俺はここにいるの?」
アロンが素朴な疑問を口にした。
それに驚き、カリナが答える。
「アロン、覚えてないの!? エレファンとの死闘の後、貴方は魔力切れを起こして倒れたのよ?」
カリナの言葉を聞き、アロンはエレファンを思い起こす。
「エレファン……エレファン……」
うーん…とアロンは考え込む。そしてジワジワと記憶が思い出されてくる。
「! エレファン!! そうだ! マックス! マックスは、皆はどうなったの!?」
アロンは勢いで起き上がり、攻めるようにカリナに尋ねた。
「思い出したのね。マックスを始め魔力欠乏症にかかった候補生は、全員家に帰されたわ」
カリナは悔しさで眉間に皺を寄せ、拳を握り締める。
「家に……?それじゃあ、もう候補生として訓練出来ないって事?」
「残念だけど、その通りよ」
「そんな……」
アロンは信じられなかった。嘘だよね? と縋るようにウェンナーを見る。
アロンと目が合ったウェンナーは悔しそうに目を背けた。
「そんな……。そんな……」
アロンはそれ以上言葉を繋げることができなかった。
「アロン、悲しい気持ちは良く分かるわ。皆、貴方と同じ気持ちよ。でも、気を確かに持って。アレは誰のせいでも無い、事故だったのよ」
カリナが悲痛な面持ちでアロンに伝えた。そして
「アロンも回復したら、次の訓練が待ってるわ。新しく、ブルーノ先生の座学がカリキュラムに加わったの。授業に取り残されないように、元気になったら授業に参加するのよ?」
そう伝えて、医務室から去っていった。
医務室に沈黙が訪れる。
ウェンナーはどうしたもんかと頭を掻きむしる。そしてしばらく考え込んだ後、口を開いた。
「なぁ、アロン。あんま気を落とし過ぎるなよ。アロンがマックスとめちゃくちゃ仲が良かったのは、分かってる。それだけ、気持ちも落ち着かないと思う。だけど、俺らは勇者候補生だ。いつ誰が、どうなるかなんて分からないんだ。皆、お前の事を心配してる」
「うん……。そうだね。ありがとう」
アロンはとりあえず、言葉だけを返した。頭ではカリナやウェンナーの言いたいことは良く理解出来ている。しかし、どうしても気持ちの整理がつかなかったのだ。
その後、医務室の先生に身体を診てもらい、アロンは部屋に戻った。
部屋に入り、マックスのいた場所を見る。
荷物が何一つ無い、まるで初めてこの部屋に入った時のようになっていた。
アロンは1人、ベッドに横たわる。何をするでもなくただ、ボーッとしていた。
夕方になり、その日の訓練が終わるチャイムが流れた。
「アロン! ご飯食べに行こ!」
マックスに声をかけられ、アロンは
「ああ! 今日は何にしよっか?」
とマックスの方を見た。
アロンの目に空のベッドと何も無い壁が映った。
「そうだ、マックスは、マックスはもう……」
マックスのいない現実を突きつけられる。
勝手にアロンの目に涙が溢れる。泣いている場合では無いと、涙を止めようと試みるが、アロンは溢れ出る涙を堪えることが出来なかった。
その日は結局、食事を取らず夜を迎えた。
アロンはベッドの上で微睡む。
泣き疲れと喪失感で何もできなかった。
気がつくと、アロンに黒いモヤが迫っていた。アロンはモヤに飲まれないよう必死で魔法シールドを展開する。しかし、無情にもモヤはアロンの魔法を吸収しながら近付いてくる。アロンは立ちあがろうとしたが、地面がグラリと揺れ立ち上がれない。顔を上げるとそこにはモヤが目前にまで迫っていた。
アロンはもうダメだと目を瞑る。
その時、何者かに突き飛ばされた。
突き飛ばされた事に驚き、自分のいた場所を見る。そこには黒いモヤに纏わりつかれたマックスがいた。
アロンは必死にマックスへ魔力を注入する。それなのに、なぜか魔力が少しずつしか注入出来ない。もどかしさに苛立ちが募る。
マックスの魔力がどんどん失われていく。
マックスが何かを言っている。
「……アロンが勇者になった姿、楽しみにしている」
そうマックスが微笑んでいた。
「マックス!!」
アロンはガバッと身体を起こした。
ハァ……ハァ……と息が荒い。全身、汗でビッショリしていた。手が軽く震えている。
どうやら、夢を見ていたようだ。
「勇者……」
アロンは呟く。マックスの言葉がアロンの心をくすぐる。
「勇者……!」
アロンは、震える手を握り締め、真っ直ぐと前を見る。そして、誰もいないベッドの方へ顔を向ける。
「なるよ、勇者に。マックス、勇者になって、みせるよ」
アロンは勇者になると心に決めた。
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