第14話 遠征5 もう怒ったゾウーーー!

 エレファンは地面に足を叩きつけた。

 まるで悔しがって地団駄を踏んでいるようだった。エレファンが地面を踏み鳴らす度に、地面が揺れる。


 エレファンが空を仰いだ。

 そして顔を真っ直ぐに候補生たちへ向ける。



 プァーーーーーーー!!!!


 今までに聞いた事のない鳴き声を発した。


 その音が耳に届くやいなや、耳鳴りと眩暈に襲われる。

 全員が立てなくなり地面に膝をつく。


 それを確認したエレファンは3本の鼻を高く上げる。黒いモヤの大きな塊がエレファンの頭上にグルグルと渦巻き出した。



「やばい! お前ら逃げろ!! あれはシールドじゃ防げん!!!」


 ガッツは大声で候補生たちへ叫んだ。

 しかし、耳鳴りが強く、候補生達はガッツの声が聞こえなかった。そして眩暈もあり立ち上がることが出来ない。

 ただただ、エレファンの頭上の黒いモヤの球を見つめることしか出来なかった。



 それを見たガッツは1人、エレファンに向かって突撃する。


 エレファンを攻撃し、魔法の行使を止めるためだ。

 エレファンにガッツのナイフが届こうとした瞬間、エレファンはガッツを見てニヤリと笑った。

 エレファンはガッツを自分に引きつけ、モヤを放つタイミングを計っていたのだ。


 エレファンが黒いモヤを解き放つ。

 すると黒いモヤは幾つもの塊に分かれ、候補生に降り注いだ。

 

「うわぁー!!!」

「きゃあーーー!!」


 モヤに直撃した候補生が何人も倒れていく。


 候補生は魔法シールドと防御魔法を必死に展開するが、モヤに当たるとどちらも吸収されて消えてしまう。


 ガッツは慌てて近くに盾に使える物が無いかを探した。

 そして、瓦礫の中に幅の広い木の板があるのを見つけた。その板を取りに走るガッツ。


 その背中をエレファンの鼻の強靭な一撃が襲った。


「がっ!」


 背中を強く叩かれそのまま吹き飛ばされ瓦礫に突っ込む。

 その間も候補生たちの悲痛な叫びは収まらない。


「みんな、避けるんだ。避けるか……、そこら……辺の物の……陰に隠れろ……」


 背中を強く打ったガッツは声も絶え絶えに言葉を紡ぐ。

 しかし、ガッツの声は候補生に届かない。耳鳴りの影響とモヤの雨によりパニックになっているのだ。

 

 モヤの雨はアロンの所にも降ってきた。

 アロンは魔法シールドと防御魔法を重ねてモヤの近くに展開した。

 しかし、無情にもモヤは魔法を吸収しながら近付いてくる。

 何枚展開しても結果は変わらない。

 アロンは避けようと足に力を入れた。

 その瞬間、グラリと地面が揺れ身体が倒れた。アロンも眩暈によって立ち上がることが出来なくなっていたのだ。


 見上げるともう目の前にモヤが迫っていた。

 アロンは覚悟を決め、ギュッと目を瞑った。






 ドンッ!


 何かにぶつかられ、アロンの身体は横に倒れ込んだ。

 訳が分からず、身体を起こすと


 自分がいた場所に


 黒いモヤに包まれるマックスがいた。


 一瞬、何が起きているのか分からなかった。

 黒いモヤに包まれるマックスを呆然と眺める。


「え?マックス?」


 自分の声が耳に届いた。その声でハッと我に返った。


 そして徐々に耳が聞こえるようになってくる。


 周りを見渡すと黒いモヤはもう降り注いではいなかったが、あちこちで黒いモヤに包まれた候補生たちが横たわっていた。

 そしてその傍で涙を流す仲間たち。

 

 アロンはマックスに慌てて駆け寄る。


「マックス! マックス!!」


 マックスは弱々しく瞳をアロンに合わせる。


「マックス……なんで……なんで……」


 アロンの視界がボヤける。鼻の奥がツンと痛くなり、喉は勝手にしゃくり上がる。


「マックス……マックス……」


 思いが言葉にならない。


 その間にもマックスの魔力がどんどん消えてゆく。

 アロンは慌てて自分の魔力をマックスに注ぐ。それでもマックスの魔力は失われる一方だった。


「マックス! アロン!」


 カリナが駆け寄ってきた。


「なんてこと!? マックス!!」


 カリナもマックスに魔力を移そうとする。

 するとカリナの魔力はマックスに弾かれた。


「どうやら、2人分は受け入れられないみたいだね」


 弱々しい声でマックスが伝える。


「カリナ、他の子を見てきてあげてくれない?もしかしたら助かる子がいるかもしれない」


 マックスの言葉に、カリナは黙って頷くと、他の倒れている候補生の所へ向かった。



 アロンは自分の魔力を全力で注ぐ。

 だが、悔しいことに、細い管の中を通すように一定量しか注げない。一度に大量に注げないことにもどかしさが募る。

 それでもアロンは必死に魔力を注ぎ続けた。


「アロン、もういいよ。アロンの魔力が枯渇しちゃうよ。さっき、重力魔法でかなり使っちゃったでしょ?」


 マックスが力を振り絞って笑いかける。


「……! そんなの! どうでも良い!!」


 アロンは涙でグチャグチャの顔で叫ぶように答える。


「アロン、本当に、本当にもう良いんだ。僕は後悔してない。アロンを助けられて良かった。僕は…僕はもう自分が何もしないせいで大切な誰かを失いたくなかったんだ。だから、僕は今とても満足している」


「良い訳ない!! だって、だって、マックスは勇者になるんだろ!? 勇者になって侵略者を倒すんだろ!?」


 魔力を注ぎながら、嗚咽に揺れる喉から声を絞り出す。


「はは……。そうだったね。じゃあ、アロンがさ、代わりに勇者になってよ。僕の代わりに侵略者を倒してくれない? アロンが勇者になった姿、楽しみにしてる」


 マックスの目には涙に溢れるアロンの顔が映る。


 そんなに泣かないで、僕は大丈夫だから。


 そう伝えたいのにもうマックスは声を出す事ができなかった。

 そして、ギリギリ保っていた意識を手放した。



「!! マックス? マックス!!」


 呼びかけてもマックスは返事をしない。

 アロンは自分のもてる魔力全てをマックスに注ぐことに集中した。


 少し離れた所で、何か大きい物が地面を叩きつける音が聞こえた。

 エレファンが候補生たちに追い討ちをかけ始めたのだ。

 それにいち早く気付いたガッツがエレファンの攻撃を一身に受ける。

 しかし、ナイフだけでエレファンの攻撃を受けるのには限界がある。ガッツの隙を突いて、鼻の一つがアロンとマックスに襲いかかった。


「アローン!! 逃げろー!!!」


 ガッツは必死で叫ぶ。

 だが、魔力を注ぐのに集中しているアロンは自分に迫り来る攻撃に気が付かない。


 アロンを鼻の鞭が吹き飛ばそうとしたその瞬間




「お待たせしちゃって、ごめんなさいね」



 エレファンの鼻が何かに打たれ、反対側に跳ね上がった。


 そのエレファンの鼻を打ちつける音を聞き、アロンは何事かと頭を上げ、振り返る。


 そこには、巨大なハンマーを担ぎ、アロンを背にするように1人の女性が立ちはだかっていた。


「うわっちゃー! こりゃ大惨事じゃねえか」


 ライフル銃のような物を手に持った男が瓦礫の上に座っている。


「あれ? エレファン傷だらけじゃないですか。せっかくの素材が台無しですよ」


 やれやれと首を振る少年が1人。


「いや、おめー! この状況見て、よく素材とか言えるな!」


とライフルの男がツッコむ。


「確かに、可哀想ではありますが、素材は素材なんで」


 少年が答える。


「そういう心にも無い冷たいこと言わないの! 魔法使いの貴方が、実は私達の中で一番心を痛めているって分かってますからね!」


 ハンマーの女性がそう言った。

 そして、女性が続ける。


「それにしても、この星でエレファンちゃんが出たのはさすがに分が悪いわね。それなのにあそこまで傷を付けて善戦するなんて、良く頑張ったじゃない」


 

 そこまで言うとハンマーの女性は自分の武器をブンと一周振り回すと肩に担ぎ直し、戦闘態勢に入った。


「エレファンちゃん、こんないたいけな子供たちを痛めつけた罰は受けて貰いますからね」

 

 突然の来訪者に呆気に取られていたエレファンが気を取り直して、ガッツとハンマーの女性めがけて鼻を振り回し出した。


 ガッツは先程と同じくナイフでそれを捌いた。


「すげー!!! あの黒豹獣人、ナイフでエレファンの攻撃をしのいでるぜ!」


 ガッツの様子を見ていたライフルの男が大興奮で言った。


「ホントだ。とんでもないね」


 魔法使いと言われた少年も驚く。そしてそのまま


「じゃ、とっとと終わらせちゃおう。『爆破』」


 そう言うと魔法使いの少年の、エレファンに向かってかざした手が一瞬光った。すると、エレファンの足元が突然、爆発して地面が抉れる。エレファンは突然の出来事に足元が覚束なくなり、転倒した。


「じゃあ、私は動きを止めますね」


 ハンマーの女性は強く地面を蹴り一足でエレファンの場所まで辿り着く。


「よっこいしょー!」


という掛け声と共にエレファンの胴体にハンマーを叩き込んだ。


「パオッ……」


 胴体を潰されてエレファンは大きな声が出せずぐったりする。


「では、仕上げは俺が!」


とライフルの男は腰の鞄から大きな筒を取り出し肩に担いだ。

 照準を合わせ、引金を引く。


 ズドンッと重たい音が鼓膜を揺さぶった。


 その筒から、何かが発射され、エレファンの頭を撃ち抜いていた。


 その見た事もない武器と威力に候補生たちは呆気に取られた。



 魔法使い、ハンマー使い、ライフル使いの3人は、グーで手を合わせる。


「ねぇ、あの餅つきみたいなオッサンな掛け声、何とかなんないの?」


 魔法使いの少年が真顔で言った。


「まあ、色気はゼロだよな」


 ライフルの人が苦笑いする。


「な! ひどーい! しょーがないでしょ! 重たいんだから! そんなんだったら代わりに持ってみなさいよー!」


とハンマーのお姉さんがプンスカしだした。



 アロンはハッとして、マックスに向き合い、再び魔力を注入し始めた。

 もちろん、注入する端からどんどん魔力が消え去っていく。

 それでも、魔力の注入を諦めなかった。

 アロンは注入しながら、自分の魔力が底をつきかけてきているのを感じた。


 まだだ。まだ終わってない。きっとマックスは助かる。


 そう自分に言い聞かせて、魔力を注ぎ続けた。


 そんなアロンの肩に手が置かれる。


「残念だけど、それをしても意味は無いよ。魔力が無駄になる」


 魔法使いの少年であった。


「でも、でも、もしかしたら、このままいけばもしかしたら、助かるかもしれない」


 アロンはそう反論し、魔力の注入の手を止めなかった。


「ボウズ、気持ちはわかるが、その病気はそれでは治せないんだ」


 ライフルの人が話しかけてくる。


「じゃあ、どうやったら治るの!?」


 アロンは半ば叫ぶように振り返った。

 ライフルの人は、気まずそうに俯き


「悪い。それはまだ見つかっていない」


と答えた。


「じゃあ、どうすれば良いんだ!」


 アロンは声を張り上げる。


 それに魔法使いの少年が答えた。


「今はまだ治療法が発見されていない。でも、君がやっているその方法に効果が無いことは立証されてる。だから、自分の魔力をもっと有用な事に使った方が良い。きっと、君なら自分のすべき事を見つけられると思う」


 自分の今できる最大で唯一の事が『無意味』だと、そして大切な親友を救う手立てが何も無いと告げられアロンの心は砕かれる。


 そんな、そんな……とアロンの瞳から再び雫が零れ落ちる。


 それを見ていたハンマーの女性がアロンを抱きしめた。そして


「辛いよね。……苦しいよね。……悲しすぎてどうしようも無いんだよね? ……大切な友達なんだね。……君は良く頑張ってる。本当に良く頑張ったんだよ」


とアロンの頭を撫でた。


 アロンは自分のした事に僅かながらも意味があると認められながらも、それでもこの状況を、どうにもならない現実を受け入れるしかないというその重責に、ただただ泣くことしか出来なかった。アロンの嗚咽とも叫びとも取れる泣き声がしばらくの間響き渡った。


 そしてアロンは突然意識を失った。

 驚いた魔法使いの少年がアロンの様子を確認する。


「案の定、魔力切れを起こしている。……こんなになるまで魔力を注ぎ続けるとは、バカだな」


 そう言った魔法使いの少年はやり切れない、とても辛そうな顔をしていた。





 その後、連絡を受けたブルーノが加わり、戦闘後の処理を行った。

 結局、この場に候補生全員の30人が集まっていた。

 そのうち、モヤに纏わりつかれ魔力欠乏症にかかったのは、約半数の14人であった。


 魔力欠乏症になった候補生たちは、王立の病院へ入院した。その他負傷者は、訓練所の医務室で治療を受けることとなった。


 魔力欠乏症の原因となった魔物を討伐できたものの、とても勝利の余韻に浸れる結果とはならなかった。






※エレファンには魔法は効かないのに、エレファンの鼻による直接攻撃に対し、マックスの防御魔法が効果あった理由は後述します。その時までしばらくお待ちいただけますと幸いです。

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