第13話 遠征4 巨大なミミズの正体は

 応援に向かったマックスとアロンはあまりの惨状に目を疑った。周りの木は根こそぎ薙ぎ倒され、怪我をして呻く勇者候補生が何人もいる。

 アロンとマックスは慌てて怪我した候補生に駆け寄って回復魔法をかける。

 回復魔法をかけながら、逃げるように促していく。


 しかし、倒れていた候補生たちの中に様子のおかしな者が何人かいた。黒いモヤのような物に纏わりつかれて、力が入らないようだった。


「魔法が……魔法が……使えないんだ」


 倒れている1人が言った。


 !!!!!!


 その場にいた動ける全員が固まった。


「魔法が使えないって……それって……」


 アロンの言葉が途中で消える。

 ドクン ドクン と心臓の音が大きくなる。


「逃げて!!」


 倒れていた候補生の1人が叫んだ。

 突如、アロンのいた場所に大きな鞭のような物が襲いかかった。


 アロンはギリギリでそれを躱す。

 攻撃してきた方を見ると、巨大なミミズのような物が地面から生えウネウネと動いていた。


「あのミミズから出される黒い魔法に気を付けろ!今倒れて動けないやつは、皆その黒いのにやられた!」


 回復魔法で復活した1人が言った。


「とりあえず、退却しよう!」


 マックスの声で皆退却を始める。

 動ける人は動けなくなった人を支えながら少しずつ魔物と距離を取った。

 その間も、応援がやってくる。アロンは新しく来た応援の候補生たちに声を張り上げた。


「退却!退却だよ!コイツが魔力欠乏症の魔物だ!!」



 それを聞いた、駆けつけてきた候補生の1人が


「じゃあ、俺が仕留めたら、俺の手柄だな」


とそのミミズに魔法を撃ち込んだ。


「やめろ!ゲイル!!」


 皆がその候補生ゲイルを止めようと声をかける。


 ゲイルはその声を無視して、次々と魔法を撃ち込んでいく。

 しかし、全ての魔法はその魔物に当たるとスルスルと小さくなって消えてしまった。


「どうなってんだ?」


 ゲイルは、さらに別の属性の魔法を放つ。

 しかしそれも消えてしまう。


「そいつに魔法は効かねえぞ!」


 始めの方からいた候補生が必死に叫ぶ。


「なんだよそれ!ならこれならどうだ!!」


 ゲイルは剣を大きく振りかざし、ミミズを攻撃する。

 ガキーン!!!と金属を叩いたような音が鳴り響いた。


「な、なんだこいつ。剣も効かないのか?」


 ミミズには傷一つ付いていない。



 と、その時、突如、ミミズの根元付近の地面が盛り上がり、新しいミミズが出現する。そして、そのまま近くにいたゲイルに襲いかかる。


「危ない!」


 マックスが防御魔法をゲイルにかける。

 バリン!と防御魔法にヒビが入った。


「な、マックスの防御魔法にヒビが入るなんて」


 候補生の1人が呟く。他の全員も唖然としていた。



 マックスとカリナは勇者候補生のツートップである。そのマックスの魔法にヒビが入るということは、他の候補生の防御魔法では太刀打ち出来ない、ということであった。


「ひ……ひ……」


 マックスの防御魔法に守られていたゲイルは腰を抜かして動けなくなっていった。

 そのままミミズに巻き取られる。

 そしてその瞬間、黒いモヤのような物がもう一つのミミズから発せられ、ゲイルを包んだ。


 ゲイルは声も出せないまま、グッタリと倒れ込んだ。そのゲイルに対して興味が失せたようにミミズはゲイルを放り投げた。

 地面に横たわるゲイルには黒いモヤが纏わりついていた。


 その一瞬の出来事に全員が動けなかった。




「皆、大丈夫か!」


 その時、ガッツが現れた。

 ガッツはぐるりと周りを見渡すとチッと舌打ちをした。


 そしてミミズを見て、目を見開く。


「なぜ、こいつがここにいるんだ?この星にまで生息しているのか?」


 ガッツが少しの間思案する。


「ガッツさん!そいつが出す黒い魔法が魔力欠乏症の正体です!それを食らった皆が動けなくなりました!」


 マックスがガッツに叫ぶ。

 再びガッツは候補生を見やる。黒いモヤに包まれている候補生が何人も呻き倒れていた。


「クソッ!そうか、あの病気はこういう事だったのか!

 ガッツは1人、ある事に思い当たり悔しさに歯噛みする。


「全員、退避!この魔物と交戦するな!このミミズのような物はこの魔物の身体の一部だ!本体は地中にいる!今の私では倒せない!全員、安全を最優先に退避するんだ!」



 ガッツの指示に全員がハッとなって動き出した。

 魔物がガッツに襲いかかる。


「ガッツさん!!」


 悲鳴のような声が候補生から上がる。




 ガキーン!

 ガッツはミミズの攻撃をナイフ一本で止めていた。


「おいおいおいおい、せっかちだなぁ。子供たちの避難の間くらい待ってくれよ」


 ガッツは魔物を見据えたまま、ミミズを押し返し、ナイフをくるりと返すとミミズに攻撃する。


 ガキーン!ガキーン!と金属がぶつかり合う音が響き合う。


「クソ!相変わらずかてぇなぁ。武器があればな……」


 ガッツは2本のミミズと交戦しながら、通信機で連絡を取る。


「ブルーノ!!やつが出た!お前の予想通りだ!エレファンだ!」

「!! わかりました!連合軍に報告しておきます!」


 ガッツは通信を切り、再び魔物に集中した。


 ガッツにあしらわれ続け、業を煮やしたエレファンと呼ばれる魔物はさらにもう一本、ミミズのような部位を地面から突出させた。

 ガッツはその3本の攻撃も躱し続ける。

 しかし、さすがのガッツも3本同時に相手をするには分が悪かった。徐々に魔物に押され始める。


 ガッツは候補生に魔物を近付けさせまいと、魔物の間合い内でひたすら、攻撃を受け、躱し、いなし続けた。


 そんなガッツの視界に候補生達の姿が入る。

 候補生たちはガッツの圧倒的な闘いぶりに我を忘れて魅入ってしまっていたのだった。


 ガッツは振り向き、大声を張り上げる。


「お前ら何をやっている!早く逃げろ!」


 その瞬間、待ってましたと言わんばかりにガッツの背後目掛けて魔物が襲いかかる。

 候補生たちに注意を払っていたガッツは初動が遅れ、防御が間に合わない。

 ガッツが攻撃の衝撃に耐えようと身体に力を入れた瞬間


 バリーン!


 ガッツの目の前に光の壁が立ちはだかり、ヒビが入った。

 マックスの防御魔法である。

 次いで、防御魔法に阻まれた魔物に何かがとてつもない勢いでぶつかり、魔物を弾け飛ばす。魔物はそのまま宙に振り飛ばされるように弧を描き地面に叩きつけられる。


 ハッ……ハッ……ハッ……ハッ……。


 ガッツの耳に自分の呼吸音だけが響く。一体何が起きたのか理解出来なかった。

 ハッと我に返り、候補生を振り返る。


 攻撃していたのはアロンであった。

 アロンは、魔物に倒された木を風の刃で輪切りにし、その輪切りにした丸太を重力魔法で操作し魔物にぶつけたのである。


「魔法が効かなくても、物なら当たるんですよね?」


 アロンの目が爛々と輝いていた。



 バォーーーーーーーン!!!


 突然とてつもなく大きい音が響き渡り、空気がビリビリと震えた。

 地面がグラグラと揺れる。

 アロンの攻撃に怒った魔物が地中からその姿を現そうとしていた。


「お前たち、来るぞ!!もっと離れろ!」


 ガッツの指示に、慌てて動き出す候補生たち。

 その候補生たちの背後から影が覆う。

 いきなり影が差し、薄暗くなった視界に驚いて振り返る候補生たち。



 そこには、周りの木と同じくらいの高さの巨大な魔物がいた。

 足は4本あり、獣のようだが、顔の耳と思われる位置に翼のような大きな帆が付いている。顔の中心からは先程闘っていた3本のミミズが生えている。

 その迫力に候補生全員が動けなかった。


「ボサっとするなぁ!!!」


 ガッツの喝が飛ぶ。

 候補生全員が慌てて動き出す。



 ガッツは懐に手を入れると拳銃を取り出した。

 そしてエレファンの目を狙って打つ。破裂音ではなく、バシュッと空気が擦れる音がして弾が撃ち出される。そのまま弾はエレファンの片目に吸い込まれていった。


 目を撃ち抜かれたエレファンは大きな叫び声を上げる。また、空気が震えた。


 片目を潰されたエレファンはガッツ目掛けて鼻を叩き込む。ガッツの手に持っていた拳銃が地面に落とされた。エレファンはそれを足で叩き潰した。


 「クソっ!両目を潰したかった……」


 ガッツから悔し紛れの声が出た。



 バォーーーーン!!!


 魔獣は一鳴きすると再びガッツを狙って鼻で攻撃を始める。


 そこへ


 「援護します!」


 マックスが片手でガッツに防御魔法を維持しながら、残りの手で重力魔法を操り、丸太をエレファンに叩きつける。

 その少し離れた場所からアロンも丸太を操りエレファンにぶつけた。


 エレファンはガッツ、マックス、アロンの3方向からの攻撃に防戦一方となっていった。


「な……なんだよマックス、アイツ両手で別々の魔法操ってるぜ」

「マックスも凄いけど、アロンもだよ。どうやってあんな難しい重力魔法を操っているんだよ」

「なんか3人であの魔物押してない?いけるんじゃない?」


 候補生たちから感嘆の声が漏れる。



 しかし、重量魔法はその難しさゆえに消費魔力が大きい。マックスとアロンは魔力の減りに焦っていた。


「ねぇ?私たちでもアレに近いこと出来るんじゃない?」


 候補生の1人が立ち上がり、風を操る。すると突風と共に砂や木の葉、小枝が風に巻き取られる。


「そうか!ダメージを与えられなくても目眩しや邪魔には使えるな!」


 意図に気付いた他の候補生たちも、風魔法を立ち上げエレファンに向かって攻撃する。


 3人に集中していたエレファンは予想外の方向から攻撃に驚き、ガッツから視線を外した。


 その瞬間、ガッツのナイフが見える方の目に斬りかかる。


「チッ!浅かったか」


 ガッツは渾身の力でナイフを振り抜いたが、反射的に閉じたエレファンの瞼を少し切っただけだった。


 それでも、候補生からの攻撃が止まない。

 エレファンに当たり魔法は掻き消えても、魔法で付けられたスピードは消えない。そのままの勢いで小石や小枝がエレファンを襲い、そして隙を突くように、ガッツ、マックス、アロンの攻撃が届いた。


「いけー!いけるぞー!!」


 候補生たちは口々に自分たちを鼓舞しながらひたすら攻撃を続けた。


 その様子を見ていたカリナは


「ふふっ。私でさえ扱えない重力魔法を操作するなんて。やるじゃない。しかも魔法が効かないからって魔法で物を操って攻撃するなんて、盲点だったわ」


 と独り言を言い、手のひらを上に向ける。


「その方法が有効ってことは、コレがいけるって事よね!?」


 カリナは手のひらに発生させた旋風をエレファンの遥か後方に飛ばした。

 そのままその旋風に魔力を通し続ける。

 旋風はドンドンと大きくなり、そして空を飲み込むような竜巻へと進化した。



「皆!下がって!!シールドと防御の両方を展開して!」


 迫り来る竜巻を見て一同青ざめる。

 ガッツも急いで候補生たちのそばまで下がった。

 魔力の高い者が全体に魔法シールドと防御魔法を張り巡らせる。

 魔力の残りが少ない者も倒れて動けない候補生を庇うように立ち、魔法シールドや防御魔法を張った。

 

 黒い竜巻がエレファンに近付いてくる。

 周りの木々や岩が竜巻に吸い込まれていく。


 

 そしてエレファンに襲いかかった。



 バォーーーーン!!!


 エレファンの鳴き声が響き渡る。


 候補生たちにも風の刃と風に巻き込まれた大木や大岩が飛んでくる。


 全員、必死で魔法を展開する。

 ビキビキと音がして、魔法シールドにヒビが入る。慌ててシールドを張り直す。すると、次は防御魔法にヒビが入る。それも何とか張り直す。


 幾度魔法を張り直しただろうか。

 とてつもなく長く感じる時間を候補生たちは必死に耐えた。


 そして、風が止み、空が明るくなった。

 辺り一面、瓦礫の平野である。


「ふぅ……。まあまあね」


 カリナは乱れた髪を軽く整える。


「は……はは……。何つう威力だよ」


 誰かの渇いた笑いが出た。

 カリナ以外、皆同じ気持ちだった。


 そしてエレファンがいた場所を見る。


 エレファンはその場に倒れていた。




「やったのか!?」


 期待に胸が膨らむ面々。


 しかし


「いや、まだだ」


 ガッツの落ち着いた声が制する。



 エレファンはその場に立ち上がった。

 身体中傷だらけであった。

 それでも、候補生たちを睨み付ける目は力強かった。

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