第11話 遠征2 ハリイノシシ美味しそう

 一息ついて、次の魔物を探すことにした2人。


 今度はアロンが探索魔法を使う。


「東に500m……これはたぶんさっきの東にいたやつが移動してきたやつだと思う。それと…え? 何これ!? 南から凄い勢いでなんかとんでもない数のが迫ってきてる!」


「何!?」


 マックスも慌てて探索魔法で確認する。


「何だこれ? 何の群れだ!?」



 2人は南側を見た。

 特に何も無い。しかし必ず何かの群れが来る筈である。



「うわぁー!!! 来るなー!!」


 人間の声が聞こえた。

 火炎弾が放たれてるのも見え出した。

 

「マックス、アロン、逃げろー!!」

「逃げてー!!!」


 !!!!!


「ウェンナー! ミーナ!」


 ウェンナーと呼ばれた男とミーナと呼ばれた女が後ろに魔法を放ちながら必死に走ってくる。


 その後ろから大量の羽虫のような物が追いかけてくる。ブンブンと羽音が共鳴するように響く。


「「な、何やってんだよー!!!」」


 2人も慌てて走り出す。


「蜂!? 何なんだよこれ!?」


 走りながらアロンがウェンナーに叫ぶ。


「こ、これには訳があるんだよ! ミーナが、汗かいたからって香水ふったんだよ。そしたらその匂いにつられてベアキラーが飛んで来ちゃって、驚いてそのベアキラーを火炎弾で焼いたら、火の勢いが少し強くて後ろのベアキラーの巣があった木の枝まで燃やしちゃったんだよ。それでベアキラーたちが襲ってきちゃったんだよー!」


「何やってんだよミーナ! 何で森の中で香水なんかしてんだよ!?」

「ごめんなさいー!! でも汗臭いのが嫌だったのー!私女の子よー! それくらい分かってよー!!」


 4人でドタバタと必死に走る。

 その間も後ろに火炎弾を出すが、蜂はそれを避けていく。


「さっきから、何匹かはどうにか出来るんだけど、すばしっこくて、避けられるんだよ!」

「わ、私もう走れない……かも……」


 ミーナが少し遅れそうになる。


「くそ!」


 マックスが後ろを振り返る


「捕獲!」


 マックスの声とともに魔法陣が光り大きな立方体が空に浮き上がる。それがベアキラーたちの群れを包むように大きくなる。


 そしてガシャンと音を立てて地面に落ちた。

 ベアキラーは全て透明な立方体の檻に閉じ込められている。それでも蜂たちはアロンたちを攻撃しようと立方体の壁に突進し続ける。

 アロンは檻の中に凍らせる魔法を発動させる。ベアキラーたちは凍りだし、そして全て動かなくなった。



 ゼェ……ゼェ……ゼェ……ゼェ……。

 息がなかなか整わない4人。


「さ、さすがマックスだな」


 暫くして、汗を拭いながらウェンナーが言った。


「さすが、じゃないよ。ほんと勘弁してよ」


 マックスは地面にへたり込んで言った。


「また汗だらけになっちゃったー」


と嘆くミーナ。


「汗だけじゃなくて土埃も凄いけどね」


とアロン。


「ほんとだ。髪ガシガシー。最悪」


 ミーナが落ち込む。と、そこでミーナが気付いた。


「? 何でアンタたちはそんなこざっぱりしてるのよ? 同じように走ったじゃない」


 アロンとマックスは顔を合わせる。


「ああ! 清浄魔法を使ってる」


とアロンが答えた。


「清浄魔法?」


 ミーナが聞き返す。


「これだよ」


とマックスがサラサラっと紙に魔法陣を写してミーナに手渡す。


「清浄魔法は身体についた汚れをサッと流して綺麗にしてくれる魔法。もちろん、汗も流してくれるよ。ただ、お風呂で洗ったようなスッキリさは無いかな?それでもドロドロよりマシだろ?」


「何それ超便利」


 ミーナは魔法陣を読み取り自分に魔法をかける。


「しかも、凄い簡単な魔法じゃない」


 ミーナが驚く。そしてそのままウェンナーに手渡す。

 ウェンナーも魔法陣を読み取り、魔法をかける。


「ほんとだ。何か身体がスッキリしてる」


 ウェンナーが魔法をかけた後の自分の身体を確かめて驚いた。



「ところで、2人は魔物倒したか?」


 ウェンナーが聞いてきた。それにアロンが答える。


「ブラックスライムを1体だけ。そっちは?」


「ブラックスライム!? 何だそりゃ!? こっちはハリイノシシを1体だ」


「ブラックスライムはね、なんか動物の皮を被って動物に擬態した黒いスライム。魔法が効かないから、核を物理攻撃で壊すしかないんだって。ハリイノシシか。食べたら美味しそうだよね」


「はー! そんな厄介なやついんの!? OK、いたら気を付けるわ。ってか、アロン、ハリイノシシ食うのかよ」


「え? 豚みたいなもんだし、結構いけそうじゃない?」


「ま、そ、そうかもしれないな」


 ウェンナーは顔を少し引き攣らせた。


 

 このウェンナー、実は勇者招集の時に1番にアロンに絡んできた男である。

 この1年、過酷な訓練を共にすることで、ウェンナーの角も丸くなり、お互いそれなりに仲良くなったのである。



 ウェンナー・ミーナと別れた2人はまた森を歩き出した。


 その後も、ヤギのような角を2本持つウサギ『バイコーンラビット』、近付くと突然巨大化する『ビックリガエル』など、そこそこの魔物を数匹倒して1日が終わった。




 2人は野営をし焚火を囲う。

 支給された携帯食を食べ終わる。


「今日思ったんだけどさ、訓練と実際ってやっぱ違うよね。訓練所ではさ、地面は真っ直ぐだし、障害物は無いしさ、こんなに周りの環境に左右されるなんて思わなかった」


とアロンが言い出した。


「そうだね。僕もなんやかんやでとても闘いづらかった。魔法は木を避けなきゃいけないし、魔物はあちこちに隠れるしさ、バイコーンラビットとか隠れるのうま過ぎ」


「だよねー」


 フゥと軽く息を吐き、アロンが空を見上げる。


「明日はもっと上手く魔物を倒したいね」


 そう言うとマックスも空を見上げた。




 空には赤い月と黄色い月が浮かんでいた。


 


 静かに時間が過ぎる。

 パチパチと火が爆ぜる音が響く。

 

「なぁ、他の星の住人ってどんなんなんだろうな?」


 ふとアロンが言った。


「他の星の住人かぁ。分かんないよね? 見たことないし。何で気になったの?」


 マックスが聞き返した。


 実は何を隠そうガッツが他の星の住人なのだが、2人はそのことをまだ知らない。


「ん……。空見てたら何となく。もし勇者に選ばれたら、他の星のやつと組むんだろ? どんな奴らなのかな?って」


「僕らでさえ、こんなに性格が違うんだし、きっと向こうも性格色々じゃない? っていうか、アロン勇者になる気になったの?」


 ニヤッと笑ってマックスがアロンの顔を覗き込んだ。


「え!? そんなつもりじゃないよ!! ただ気になっただけ。だって、マックスが勇者になるんだしさ、マックスと仲良くしてくれる人が良いし、俺も知り合いになるかもしれないだろ?」


 アロンは慌てて否定したあと、語尾がどんどん尻すぼみになりながら答えた。


「心配してくれて、ありがとう」


 マックスは微笑んだ。


「マックス、勇者になれると良いね」


 アロンも微笑んだ。


「ああ。何としても倒したい」


「何で、そんなに倒したいの?」


 アロンのその言葉にマックスは驚いたように目を見開いて、それからしばらく真剣な顔で黙り込んだ。



「あ、ごめん。言いたくないことだったら全然言わなくて良いからね」


 焦ってアロンが伝える。

 マックスは、ふぅっと軽く息を吐き答えた。


「いや、別に聞いてくれて大丈夫だよ。じゃあ、ちょっと長いけど、聞いてくれる?」


 そしてマックスは続けた。



「僕には2歳下にミサって名前の妹がいるんだ。僕とは対照的で外で遊ぶのが好きなんだ。結構生意気でさ、人のことやたらと揶揄ってくるし、母親かよってくらい偉そうな事言ってくるし、鬱陶しいんだよ。


 で、僕の住んでた街には大きな川が流れててね、川の向こう側に花畑があるんだ。季節によって咲く花が違ってなかなか綺麗なんだよ。


 それで、ある日、妹は友達と一緒にその花畑に行くって言い出したんだ。普段花とか全然興味無いくせに、その時は花束に使えるリボンを持ってないか、とか聞いてきたりして。


 いつも本ばっかり読んでる僕を揶揄ってくるから、その日は逆に僕が「ミサに花束貰って喜ぶやついんの?」って妹を揶揄ったんだ。


 そしたら、妹が怒って「お兄ちゃんなんか大っ嫌い!」って言ったんだ。僕もイラっとしてしまって「僕だってミサが大っ嫌いだよ!」って言い返したんだ。妹は僕に「お兄ちゃんのバーカ!!」って言い返してきて、そのまま家を出たんだよ。


 いつもは家から出る時は防御魔法をかけてあげてたんだけど、その日は「すぐ帰るから大丈夫だもん!」って、走って行ってしまったんだ。


 で、その日、侵略者の放った魔物が花畑に現れたんだ。今みたいに街に結界が張られる前だったから、本当に本当に外出する妹の事を気に掛けなきゃいけなかったんだ。それなのに、僕はその場の成り行きで妹に防御魔法を掛けなかったんだ。


 魔物はなんとかそこに居合わせた大人たちで倒したんだけど、妹たちは居た場所が悪くって、魔物に殺されてた。僕が慌てて花畑に向かった時にはもう手遅れで、妹は他の被害者と一緒に地面に並べられてた。


 たまたま顔には傷一つ無くて、眠ってるみたいだった。「何寝てんの。帰るよ」って言ったのに全然起きないの。起きないのなんて頭ではわかってるんだけど、もしかしたらって気持ちを僕は我慢出来なかったんだ。


 しばらく妹の前で立ちすくんでたらさ、『お兄さんですか?』って、妹の最期に立ち会ったって人が来てくれて、妹の手に握られていた小さな花束をそっと抜き取って『〈お兄ちゃん、いつもありがとう。大好き〉って伝えて欲しいと、お兄さんに渡すよう頼まれました。』って、僕にその花束を渡したんだ。何なんだよな。バカだよ。生意気なくせに、鬱陶しいくせに。憎まれ口ばっかのくせに」



 マックスは拳を握り締め、苦しそうに言葉を吐き出した。



「……馬鹿は僕だよな。花束妹に貰ってめちゃくちゃ嬉しいし、妹のこと大好きだし。あんな酷いことも言って。もう、ありがとうもゴメンも伝える事が出来ないのに」


 マックスは一度大きく息を吸い、長く吐くと


「侵略者を倒しても、妹は帰ってこない。帰ってこないけど、せめて、アイツらは倒したい」


と言った。


 マックスは、ゴメンな暗い話をして、とアロンに申し訳なさそうに笑いかけた。




 アロンは悲しくて悲しくて涙が止まらなかった。


「バカ。そんなに泣いたら明日の体力無くなるだろ? それに目開かなくなるぞ」


 マックスはしょうがないなぁと笑った。


「だって……だって……」


 アロンは自分の気持ちを言葉に出来ない。


「……落ち着いたら、落ち着いたら、俺も行っていい? せめてお花供えたい」 

「ああ。もちろんだよ。ありがとう、アロンに話せて良かった。少し、気持ちがスッキリしてる。僕はきっと誰かに話したかったのかもしれない。……ほら、もう泣き止みなよ」


 アロンはマックスのタオルで涙を拭われる。

 アロンはマックスに抱きついて、もう一度泣いた。

 それにマックスは驚いたが、アロンの優しさに胸が苦しくなったが、決してそれは、嫌な物では無かった。

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