第10話 遠征1 森の歩き方
1週間の休暇が終わり、ブルーノとガッツが戻ってきた。
2人は少し浮かない顔をしていた。
ある日、勇者候補生を集めてこう言った。
「先日の会議に関わる事です。皆さん、最近魔物がより凶暴になっていっているのをご存知ですね? その魔物の討伐をするようにと、王家より打診されました」
『王家より打診』と聞き、候補生一同が息を呑んだ。
そんな候補生を眺めながらブルーノは心苦しいと言うかのように眉を下げ、話し続けた。
「我々としてはまだ全員が、魔物と戦えるレベルとは思っていません。ですので『今はまだ無理』と答えを引き延ばしましたが、このまま魔物の被害が増え続けると近い未来、皆さんで討伐に挑む日が来ると思われます」
『勇者になるんだから魔物とも戦う』と分かってはいたことだが、実際に現実味を帯びてくると違う。
アロンたちは、それぞれに魔物討伐への思いを馳せた。それは、期待や勇敢な気持ちだけでは、決してなかった。
それからは、訓練の内容が実践形式に変わっていった。
実践形式の訓練が始まってからおよそ半年後、とうとう勇者候補生の初任務の日がやって来た。
魔物被害が著しい地域への魔物討伐と、その周辺で広がっている魔力欠乏症という病気の調査だ。
この星の人間は無意識に魔力を体内と身体の周りに循環させている。他の2つの星の人間も同じように魔力を纏っているのだが、魔力を感知できるのがこの星の住人の体質なのだ。普段、この魔力を使って魔法を使っているのだが、魔力欠乏症になってしまうと、魔力を纏うことができず魔法を使えなくなってしまうのだ。
最近、魔物に襲われ魔力欠乏症になってしまう人が増えているという。
その調査というわけだ。
今回、魔力欠乏症という特殊な病気の調査もあり、連合軍にも救援を頼んでいるという。
連合軍とは、3つの星の出身者で構成されている、私設の魔物討伐のエキスパート部隊だ。
初めての遠征ということもあり、2人1組で討伐にあたることとなった。
もし、自分たちで対処出来ない敵が現れた場合は、救援信号を送って、救援が来てから討伐にあたる手筈となった。
アロンとマックスはいつも通りペアになり、討伐に向かった。
アロンとマックスは、指示されたルートで森を歩く。
高くそびえ立つ木々の合間から木漏れ日が差し込む。野生の鳥が囀り、たまに風が吹き木々を揺らし、森の音楽を奏でる。土と木の香りが少し気持ちをスッキリとさせてくれた。
「こんなに気持ちが良い森に魔物が出るなんて不思議だね」
「そうだね。でも魔物はいつどこで出てくるか分からない。気を抜かないようにね」
マックスは警戒を緩めないように注意を促した。
「うん、そうだね。でもずっと気を張ってたら疲れちゃうよ」
「それもそうなんだよね。何か良い方法を考えないとね」
訓練所と実践では全く異なる。課題が浮き彫りになっていく。
「それに、もしも、もしもだよ? 何かあって、食料を自分たちで調達することになったらどうする?」
アロンはふと思い付いたことを口にした。
「……! そこまでさすがに考えてなかったな。確かに無い話じゃない。残念だけど、僕は獣の捌き方は知らないんだ」
マックスは眉尻を下げた。
「だよね。俺もだよ。ガッツさんに聞いておけば良かったね」
アロンがそう言うと
「いや、ガッツさんはきっと『そんなもの捕まえた獲物を焼けば良い』ってスーパーワイルドな事しか言わないと思うよ?」
「ははっ。確かに!」
ガッツが獲物を捕まえて焼く姿を思い起こし、2人は笑った。
その時
ガサッ
と茂みが動いた。
アロンはビクッと身体が硬直し、一瞬動きが止まる。
慌てて茂みに向かい直る。
マックスは既に茂みに向かい剣を抜いていた。
茂みがさらに動く。
出てきたのは一匹の野ウサギだった。
「なんだウサギかぁー」
アロンは大きく息を吐き安堵した。
「マックスは凄いね。僕は一瞬対応が遅れちゃったよ。警戒って難しい」
アロンはうーん、と眉間に皺を寄せた。
「いや、僕もそんな凄いわけじゃない。今のだって驚いたし、警戒しながら動くって本当に疲れるね」
2人は少し休憩することにした。
周りに魔物避けの石を置く。
水筒の水を飲む。
「何か警戒を効率良くする方法を考えよう」
マックスがそう話し掛けてきた。
「そうだね。……マックスは探索魔法って得意? 僕は得意でも不得意でも無い感じなんだけど、消費魔力が心配なんだよね」
「僕も似たようなもんかな? ずっと探索魔法を使っていると魔力どんどん無くなっちゃうんだよね」
2人はうーん、と悩む。
「ねえねえマックスの探索魔法の範囲ってどれくらい?」
「ん? 範囲? そうだな。ザクっと半径1kmくらいかな?」
「1km!? そんなにあるの!?」
「アロンは?」
「僕は500mくらい」
しょんぼりとしながらアロンが答えた。
「アロンも充分広いじゃない。自主練頑張ったおかげだね」
マックスはそう優しく微笑んだ。
実際、アロンの訓練開始当初に使えた魔法は「コンロを点けれるくらいの火を起こす」「髪を乾かす程度の風を起こす」「鍋一杯分の水を出す」「飲み物を冷やす程度の氷を作る」
くらいであった。
それが今はマックスに買ってもらった本のおかげもあって、かなり色々な魔法を習得していた。あのマニア本、実はとても有用であった。
「あのねマックス、探索魔法を使うでしょ? そしたら、魔物がいる場所が分かるよね? その場所がここから離れてたら、何十メートルかは魔法を使わずに進む。また魔法を使って確認する。っていうのを繰り返していったら魔力の消費を抑えられるんじゃないかな? しかもそれをマックスと俺で交互にするの。どうかな?」
「それ良いね! アロン。その作戦でいこう!」
まずはマックスが探索魔法を使うことになった。地面に手をかざし意識を集中する。
「北東800mに1体、東600mに3体、西150mに一体いる」
アロンは腕時計内のマップに印を付ける。
「西のやつが近いね」
地図を見ながらアロンが言った。
「そうだね、とりあえず、そいつから討伐に行こうか? まずは少し離れた所から様子を見よう」
アロンに共有してもらった地図を見ながらマックスが答えた。
2人は、西の魔物の方に向かった。
目標地点に到着すると、1匹の鹿が草を食んでいた。
「あれ? 鹿だよ?」
アロンは不思議に思った。
「うーん。鹿だね」
マックスも不思議そうである。もう一度探索魔法を発動させるが、やはり反応は魔物である。
「でもアロン、反応はやっぱり魔物なんだよ」
「そうなんだ。じゃあ、とりあえず倒そっか」
アロンは掌の上に炎を呼び出す。それを鹿に向かって弾き出した。
「キィーーーーーー!!!」
鹿に炎が当たる。
しかし、鹿の身体に焦げ跡一つ付かない。もちろん、鹿が燃えることもない。
「!!!」
鹿の目がアロンとマックスを捉える。
鹿は怒りに燃え、身体を2人の正面に向けると、頭を少し下げた。
「アロン! 突進してくるぞ!」
「うん!」
2人は防御魔法を展開した。
マックスの予想通り、鹿が2人にぶつかってきた。
ドシンッと重たい衝撃が2人に伝わる。
「うっ! 凄い力だ」
アロンは防御魔法により力を入れる。
鹿は2人を押し続ける。
鹿の力に押し負けて2人の靴がズルズルと後ろに滑っていった。
「2人がかりで押し返せないとは…」
マックスも必死で抵抗する。
「うわ!」
その時、突如アロンの身体がガクッと下がる。アロンの踵が生えていた木の根に引っ掛かり、アロンは尻餅をついてしまったのだ。
鹿は押していた勢いのまま、アロンの上を通り過ぎた。
鹿は少し先で止まり、こちらに向かい直す。
マックスはその瞬間、硬い氷の矢を作り、風魔法で鹿に向かって飛ばす。
「ギャッ!」
鹿はその場で倒れ込んだ。
「アロン! 大丈夫!?」
「は……はは。なんとか」
アロンは尻餅をついた際、出していた防御魔法が身体の上に張る形となっていた。そのため、鹿はその防御魔法の上を踏みつけて行っていたのだ。
「マックス、倒したの?」
「あ、ああ。なんとか」
そう言って、2人は倒れた鹿を見る。
「「なっ!」」
2人は同時に固まった。
鹿の身体から黒い透明のドロッとした何かがズルズルと出てきているのである。
「何あれ?」
アロンは緊張でゴクンと唾を飲み込む。
「スライム……なのか?」
マックスはそのスライムらしきものに火炎弾を叩き込む。
ジュワッと音がして炎が消えた。
「炎が消えた? 火が効かないのか?」
マックスはそのまま氷弾を叩き込む。
氷がパリンッと砕けた。
次に土で固める。
その土もポロポロと崩れ落ちる。
「魔法が効かないのかな?」
アロンは、それならとスライムらしきものを観察する。
スライムらしきものの中に核のような物が見えた。
アロンは剣をしっかり握ると、スライムらしきものに走り寄り、そこを狙って剣を突き刺した。
スライムらしきものは、ビクビクッと痙攣し、そのままドロッと溶けて地面に吸収された。
「「ふぅーっ」」
2人は汗を拭う。
「ビックリしたね、マックス」
「ああ。魔法が効かない魔物もいるんだな。とりあえず、ガッツさんに報告しよう」
マックスは腕時計からガッツに連絡する。
「こちらマックス・アロン班です。魔物を一体仕留めました」
「お疲れさん。どんな魔物だった?」
「それが、始め鹿に見えたんですが、鹿を倒すと中から黒い透明なスライムのようなものが出てきて、魔法が効きませんでした。アロンが剣で核らしき場所を刺して倒しました」
「そうか。それはなかなかレアなのに当たったな。それはブラックスライムだ。お前の言う通りスライムではある。が、他のスライムと違って魔法が効かない。核を物理攻撃するしか倒せない。倒し方を自分たちで見つけたのは偉かったな。ブラックスライムは自分の餌にした動物の皮を使って、その動物に擬態している。良く見つけたな」
「そうなんですね。見つけた、というより探索魔法に引っ掛かったんです」
「ほう。お前探索魔法が使えるのか」
「はい、アロンも使えます」
「そうか。それは素晴らしいことだ。2人とも良く頑張ったな。その調子で続けろ。ただ、強力な魔物が必ず潜んでいる。無理をせずにすぐに救援を呼ぶように」
「はい! それでは失礼します」
マックスは通信を切り、アロンを見た。
アロンも驚いた顔をしてマックスを見ていた。
暫くの沈黙のあと、マックスが口を開く
「……。僕たち褒められちゃったね」
「うん。俺たち褒められた」
呆然としていた2人だが、ジワジワと喜びが湧き上がってくる。
「ははっ」
「ガッツさんに褒められた!」
2人はお互いに笑い合って、喜び合った。
前も一度お伝えしたかもしれないが、ガッツは普段厳しいが、良い所はしっかりと褒めてくれる、意外と良い指導者なのである。
普段が暑苦しく厳し過ぎるだけなのである。
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