第8話 交流戦(前編)グーパンチでいっちゃって!

 訓練が始まって半年後、交流戦が行われることになった。


 相手は王立学園のエリート達である。

 こちらは勇者候補生ということを隠し、軍の訓練生として参加する。


 試合は安全性を重視して威力を軽減するプロテクターを装着する。選手が攻撃を受けると、その属性の効果は打ち消されるが、ダメージは身体に蓄積される。

 つまり、炎の技を受けると、火傷はしないが、技の強さの分、ダメージ自体は身体に蓄積される仕組みだ。もちろん、攻撃を受けた部分にダメージが蓄積される。

 この魔法国家の最新鋭のプロテクターであった。


 候補生たちは現在50人にまで減っていた。当初100人程いたので、半分にまで減っていた。

 成績の高い順で5人ずつ10グループに分かれ、それぞれの1位同士の対決、2位同士の対決……となる。


 対戦の内容は、先鋒、次鋒と順番に戦うか、5人まとめて同時に戦うかなど、そのグループによって自由に決められる。

 マックスは余裕の第1グループだった。アロンは日頃の鍛錬が身を結び第3グループであった。




 勇者候補生がブルーノとガッツの元に集合する。

 まずブルーノが話し出した。


「いいですか、皆さん。気を抜いてはいけません。気を抜いてはいけませんが、手加減はしてあげてください」


 全員、え? となった。


「手加減……ですか?」


 誰かの声が皆の心を代弁する。


 ブルーノがそれに答える。


「そうです。魔法に長けた才能をお持ちの学園の方々ですが、皆さんのように死ぬ気で鍛錬に取り組んではおりません。この交流戦はぬるま湯で天狗になっている学園の方々の鼻っ柱を折るためだけに開催されます。星王からのご指示です」


『星王からの指示』という言葉に訓練生たちは息を呑んだ。

 その反応を見ながら、ブルーノが言葉を続ける。


「あの方々が将来のこの国の官僚候補です。自分達が常にトップであるという勘違いを払拭し、現実を見せつけるためにだけに、我々が呼ばれました。ちょうど良い腕試しと思って臨んでください」


 そこへガッツが口を挟んだ。


「ブルーノさんはそう仰っているが、手を抜いて負けた奴、わかっているな? 追加の特別訓練が待っているからな」


 ガッツの言葉を聞いた途端に全員、何が何でも負けられないと気合が入った。


 試合は下位グループから順番に行われる。

 背水の陣の心持ちで戦う勇者候補生チーム。

 初っ端からぶっち切りの戦いを繰り広げた。


 試合を観ながらブルーノとガッツの2人が話す。


「はぁー。だから、手加減するように伝えたのに」


 ブルーノが頭を抱える。


「鼻っ柱を折るなら徹底的にやらないと」


 ガッツがニヤリと笑う。


「ガッツさん、貴方の星の住人じゃないんですよ。倒されて燃えるタイプでは無いんです。力の差があり過ぎると却って現実味が無くなってしまいます」


 ブルーノがトホホと項垂れる。


「ま。もう後の祭りですよ」


「……ですね」


 やれやれとブルーノは諦めた。


 余りの力の差に学園側からブーイングが起きる。何かズルや卑怯な手を使っていると思われているようだ。

 学園側の教師は開いた口が塞がらない。

 教師の1人が、隣にいるブルーノとガッツに声をかける。


「どんなご指導をすれば、ああなるのですか? 基本的な資質はそこまで変わらないですよね?」


 ブルーノが答える。


「資質でいえば、そちらの方が高いくらいでしょう。我々はただ、体力作りと魔力錬成をさせたにすぎません。特にウチのチームの下位20人程は魔力錬成をサボりがちですしね。そこら辺はどうにかしたいものです」


 ブルーノは肩をすくめてみせた。


「錬成をサボってあれ……なんですね」


 教師は呆然と試合を見守るしかなかった。



 いよいよ、アロンのチームの番になった。


 相手のチームのチームリーダーが


「は! 卑怯な手を使って勝ってるくせに、厚かましく喜びやがって。厚顔無恥も甚だしいな! いいか、お前らごとき、俺1人で全員片付けてやる!」


と候補生たちを指差す。完全な挑発であった。


「1対1のバトルで構わないかな?」


 アロンのチームのチームリーダーが尋ねる。


「好きにしろ。こっちは5人まとめてかかってきても構わないがな!」


 口だけは一丁前である。


 アロンのチームのチームリーダーは軽く溜息を吐くと


「では、1対1にしよう。こちらは全員に戦闘経験をつけておきたい」


と言った。


 ひどく落ち着いて見えるチームリーダーだが、実は落ち着いて捌いたわけではない。

 大事なことなのでもう一度言うが、勇者候補生チームは『負けるとガッツの特別訓練』が漏れなくついてくる。

 挑発に乗っている余裕は無かったのである。


 アロンの相手はいかにもご貴族様のボンボンという雰囲気の小太りの少年であった。


 突然アロンは肩を叩かれて振り返った。


 マックスだ。


「アロン。君にお願いするのは筋違いだとは分かってるんだけどさ、アイツの顔面、グーでやっちゃってくんない?」


 マックスから出たとは到底思えない言葉に、アロンはギョッとした。


「な、なにかあったの?」


 恐る恐るマックスに尋ねる。


「アロンは覚えてないかな? アイツ、王都行きの列車に乗ってたんだよね」


 ん? と思って、相手の顔をもう一度見直す。


 駅で泣いて別れを惜しんでた家族だー!


と思い出した。


「見た! 見たよ! 駅で別れを惜しんで泣いてた家族だよね?」

「そう。アロンはさ、通路通れたの?」


「通路? いや、俺の方が先にホームに入ってたから、特に問題なかったけど……。あ! そういや、確かにあの家族が通路を塞いでたね」


「そうなんだよ。列車の出る時間が迫ってきているし、通してもらおうとしたらさ、アイツ『貴族の僕たちと同じ所を通ろうとするな! この平民風情が!』って言って、僕の顔に唾を吐きかけたんだよね。通路はあそこしかないから、皆そこを通らなきゃいけないのに、結局アイツらのせいで列車の出発まで遅れたんだよ」



 怒気をはらみ、声が軽く震えている。


 マックスさん、マジギレじゃないですかー。超怖いですー。


とアロンは内心ビビり倒しだった。


「OK、わかった! マックスの怒りの分、グーパンチ炸裂させて来るね!」


 アロンはマックスの願いをかなえるべく、軽く準備運動を始めた。



 そして、試合は順当に進みアロンの番が来た。


「ふん! 本当君たちは卑怯者だな!」


 貴族の少年は軽蔑の目を向ける。


「卑怯かどうか戦ってみればわかるんじゃない?」


 アロンはグーパンチのために腕を肩からグルグル回す。頭がアンパンで出来たあのヒーローがパンチを打つ直前の動きだ。


 お互い、開始線に立つ。


 審判が開始の合図を出した。


 と同時にアロンのいた場所めがけて火球が突っ込んでくる。

 アロンは咄嗟に魔法防御のシールドを張りながら、転がって避ける。


「チッ! 外したか。だが、これでどおだー!!」


 アロン目掛けてさっきの火球が連続で迫る。

 火球を避けながらアロンは思った。


 おかしい。無詠唱な上、発動時間が短か過ぎる。相手ほどの力量なら無詠唱で出せる魔法ではない。発動までももっと長くかかるはずだ。


 アロンは相手の身体を纏う魔力量を確認し、何か腑に落ちない物を感じた。


 そうしながらも魔法は次々と襲い来る。

 アロンは魔法シールドを駆使しながら、全ての魔法を防ぎ、避け切った。


「くそ! せっかく試合前に魔法を準備していたのに」


 対戦相手が口惜しそうに吐き捨てる。


 え?そっちの方が卑怯じゃない?


 アロンは素直にそう思った。


「じゃ、そろそろ俺も頑張ろうかな」


 そう呟くと、アロンは足に風の魔法をかけ、一瞬で相手に肉薄した。

 その勢いのまま、右拳を相手の顔に叩き込む。

 貴族のボンボンは殴られた勢いでフィールドを転がり、音を立て滑っていった。フィールドの端の方で止まり、相手は動かなくなった。


「あれ? もう終わり?」


 アロンは相手に近付き、上から見下ろす。


 おーい! と相手の顔の上で手を振る。


 ふと相手の手が動き、口元がニヤリと歪んで見えた。アロンはその瞬間、相手を氷漬けにする。


 アロンの足元に発動しかけて止まった魔法が燻っていた。そしてそのまま消失する。


「遅いよ」


 アロン達、勇者候補生達は、訓練に慣れ出した頃、ガッツに格闘訓練を受けるようになっていた。あのガッツの直接の手解きである。

 学園生徒の動きなど、ナマケモノ未満の速さであった。


 試合が終わりフィールドから出たアロンにマックスが駆け寄った。


「良いパンチだったね! スカッとしたよ! ありがとう!!」


 心からの爽やかな笑顔だった。


「マックスがスッキリできて良かったよ」


 アロンも笑う。


「あ! そうそう……」


 アロンはさっきの戦いで、魔法を予め準備されていた話をマックスに話した。


「なるほど、ズルいけど、禁止されてる訳でも無い。相手もなかなかやるね。ありがとう気を付けるよ」


とマックスは少し真剣な顔付きで答えた。



 そうこうしているうちに、アロンたち第3位グループの試合が終わった。

 もちろん、アロンたちの勝利であった。




 その後、連戦連勝に浮き足立つ、第3グループまでの候補生チームのメンバーをガッツが呼び寄せた。


「誰とは言わんが、貴様らの中で今、自分が強いと思っている奴、いるな?」


 ガッツの言葉に唾をゴクリと飲み込む候補生たち。


「勘違いするなよ? 今、貴様らが勝てているのは、相手が弱過ぎるからだ。これからの試合、しっかりと見ておけ。恐らくだが、我々候補生チームの圧勝となる」


 嬉しい言葉を聞いているはずなのに、候補生たちは重苦しい気持ちになった。

 それを一瞥するとガッツは


「だが、敵もただやられるだけでは無い。敵が出す技を本当に自分が防いで、反撃できるのか、これからの闘いを、自分が出ている気持ちでしっかりと見ておくように」


と伝えた。


 ガッツの言葉に、全員が冷静さを取り戻した。

 そして、真剣な顔付きで上位2チームの試合を観戦することとなった。

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