第7話 訓練4日目と初めての本

 ブルーノの授業の日がやってきた。


「では、本日から3日間は私の指導を受けてもらいます。皆さんに学んでいただきたいのは、魔力の錬成と魔力操作です。皆さん、魔法を使う時、魔法陣を使用する時とイメージだけで魔法を発動させる時と2パターンありますね? でも実は、イメージで発動していると思っている魔法も無意識のうちに魔法陣を頭の中で描いて魔法を発動させているのです。では、魔法陣を用いて魔法を発動させるということがどういうことか考えてみましょう。魔法は魔力を魔法陣に流すことで発動します。この時、魔法陣にどのように魔力を流す……」


 長い。

 長いし、言ってることがよく分からなくなってきてアロンは眠くなった。というか眠ってしまった。




「アロン! 起きて!」


 ハッと、アロンは目を覚ます。

 寝ていた事に今気付く。


「ご、ごめん。今何やってる?」


 小声でマックスに確認する。


「今から魔力錬成を始めるって」



「では、今から魔力錬成の仕方を説明します。まず、皆さん、自分の苦手な魔法を一つ選んで下さい。出来ない魔法ではなく、出来るけど苦手な魔法です。この魔法が普通に扱えるようになるように、魔法陣への魔力の流し方を考えて、練習をしてください」


 ブルーノはそこまで言うと、一度魔法陣を立ち上げ、敢えてゆっくりと魔力を通し、魔法を発動させて見せた。

 そして魔法を消し、話を続けた。

 

「お昼休憩は各自適当に取って下さって構いません。切り上げる時間も皆さんにお任せします。それでは、始めてください」


「ど、どうゆうこと?」


 アロンは言ってる意味がちんぷんかんぷんで全く解らず、頭に『?』を飛ばしていると、マックスが説明してくれた。


・魔法は魔法陣に魔力を流すことで発動するけど、その流し方を変える事で魔法の威力や精度を調整できる


・苦手な魔法というのは、魔力の流し方が魔法陣に合っていないから上手く発動できない


・この魔法陣への魔力の流し方を調整する事を魔力操作という


・魔力操作を鍛えることや魔力量をあげる鍛錬を魔力錬成という


ことらしい。


 アロンには衝撃だった。


「それって、言い換えれば、魔法陣さえあれば誰でもどの魔法でも使えるという事だよね?」

「僕も驚いたよ」


 マックスが笑う。


「しかも魔力錬成を苦手な魔法でするなんてね。ブルーノさんが言うには、得意な魔法はなんとなくの感覚で出来ちゃうから魔力の流れが感じにくいんだって。だから、魔力の流れを考えなきゃできない苦手な魔法でやるんだって」


 さ、僕らも始めよっか、とマックスは前を向き直す。アロンもマックスに従って、魔力錬成を始めた。





「ぐ……ぬぬ……うーん。……無理だー! 出来なーい!」


 アロンは仰向けに倒れ込んだ。


「ほんと……。これは、結構……大変だね」


 マックスも苦戦しているようだ。

 マックスはある程度形になっているようだけど、その状態を維持したり、威力を変えようとすると上手くいかないらしい。


 ちょうどそこへブルーノが通りかかる。


「なかなか大変でしょう? 一朝一夕で身につくものではありませんから。でも、これが一先ずできるようになったら、得意な魔法を魔力の流れを考えながら発動してみてください。全然違いますから」


 そうにこやかに告げると、他の候補生のもとまで歩いていった。




 お昼休憩を取り、グラウンドに戻る。

 朝より人数が減っている。遊んでいるものもいる。


「ブルーノさんの授業は厄介だね。完全に自習として僕たちに任せることで、僕らを篩に掛けている。無理矢理にでも練習させるガッツさんの方がよっぽど優しく見えるよ」


 マックスはそう言ったが、アロンにはガッツの方が地獄に思えた。




 3日間同じ訓練をした翌日は休みとなった。

 休みといっても街へ出歩くことは出来ない。

 勇者候補生がいることが侵略者にバレてはいけないからである。

 翌週からも3日・3日・1日休日のペースで進んでいった。






 訓練にも慣れた3ヶ月ほど経った時、外出許可が出た。もちろん、他言できないよう魔力誓約を交わした上で、だったが。


 久々の街に心が躍る。

 アロンは1人では不安だったのでマックスにも一緒に来てもらった。マックスは本屋に行きたいらしい。きっとまた分厚い難しい本を読むのだろう。


 アロンは無計画に街を歩く。

 アロンはいつの間にか、街にいる侵略者たちに変に気を張ることもなく、何事もないように歩けるようになっていた。


「アロン、君は行きたいところがあったわけではなかったの?」


 マックスがそう尋ねる。


「うん。特にない。けど、街を、王都を見てみたかったんだ」


「そっか」


 それ以上何も言わずに、マックスは王都見学に付き合ってくれた。


 実は、勇者候補生には生活費として給料が出ていた。アロンは今まで給料というものを手にした事が無く、この外出で始めて『自分のお金で買い物をする』という体験ができるとかなり楽しみにしていたのだ。


 初めての買い物は何しよう?


とワクワクと色々考えていたが、結局匂いに釣られて屋台で食べ物を購入し、それが初めての買い物となった。

 とてもアロンらしい結果である。

 マックスもアロンらしいと笑った。



 本屋に向かう途中、見知った顔があった。

 勇者召集の日、最後の部屋で勇者を目指さないと決め退室した1人であった。

 仲が良かったわけではないが、知ってる顔なので挨拶をする。

 意外とコミュニケーション能力の高いアロンである。


「久しぶり! 元気にしてた?」


 怪訝な顔をされる。


「どこかでお会いしましたか?」


と聞かれた。


「ほら、えーっと、王宮で会ったことあるよね?」


 勇者の話はできないので、ぼかして話を続ける。


「? すみません、王宮に入ったことはなくて。人違いじゃないでしょうか?」

「え? あれ? そ、そうかもしれないですね。すみませんでした」


 軽く会釈をし、立ち去って行く。


「……きっと記憶を消されたんだろうね」


 マックスが呟いた。


「そっか。俺たちも記憶を消されたら、あんな風になっちゃうのかな?せっかくマックスとこんな風に仲良くなれたのに、記憶、消されたくないなぁ」


 アロンはなんともいえない寂しさに胸がキュッとなった。


「なら、勇者になるか、従軍すれば良いんじゃない? というより、誓約という方法があるじゃない」


 マックスが笑いかける。


「そっか! そうだよね」


 アロンはホッとして胸の辺りが温かくなった。



 本屋でマックスのお目当ての本を買い、寮に帰ることになった。

 部屋に戻るとマックスがアロンに本を差し出す。


「これ、あげるよ」

「え? 俺に?」


 本のタイトルを見ると

『君ならできるかも!? あったら役立つ魔法たち1』

というタイトルだった。


「アロンがどの魔法を使えるかは分からないけど、これには結構色々な魔法が載ってるんだ。本に載ってる魔法陣を使えるようになると、アロンも色々と便利だと思うよ。2巻や3巻もあるんだけど、まずは初級からかな? って」


「あ、ありがとう」


 初めて貰った本のプレゼントに心がくすぐったくなるような湧き立つような気持ちになった。

 その日は嬉しくてコッソリその本と一緒に寝た。

 もちろん、その姿はマックスにバッチリ見られていた。



 余談だが、この本は、各種魔法の魔法陣が載っていてとても便利なのだが、自分が使えない魔法は家族や友人、近所の人が使える上、自ら魔法陣を勉強して魔法を使えるように修練するという面倒くさいことを、この星の人がする事は殆どなく、一部マニア向けのようになってしまった残念な本なのである。





 さて、初めての外出休暇が終わっておよそ1ヶ月後の休日。

 アロンはうんうんと唸りながらマックスに貰った本と睨めっこをしていた。


「無理ー!」


 そして、本をを開いたまま、机に突っ伏した。


「アロン、大丈夫?」


 マックスがアロンを気にかけて呼びかけた。


「ぜんっぜん、大丈夫じゃない」

「どれが分からないの?」

「これー。探索魔法ってやつ」

「え!? アロンもう探索魔法までいったの?」

「え? ううん。なんかこれできたら格好良いなと思って、やろうとした」


 その言葉にマックスは、アロンの肩に手を置き、首を横に振り、ゆっくりと伝える。


「いきなりそれは無理だと思うよ?」

「え!? 無理なの!?」

「うん。始めの方から順にクリアしていって、やっとそれに挑戦できるくらいだよ?」

「ええー! そんなぁ!」

「いやいやいやいやいや! 木の棒じゃ、ラスボス前の町の敵さえ倒せないでしょ? まずは弱小の敵からいってレベルアップだよね?」

「やっぱそんな感じ?」


 アロンは面倒くささと道のりの長さに泣きそうになった。


「なんかさ、最近流行りの物語のチートみたいにいかないの?」

「それはお話の中のことでしょ? 『長距離飛行もハイハイから』って言うじゃない」

「ああ! それってさ、ハイハイと長距離飛行かけ離れすぎてるよね?」

「たぶんだけど……。飛行魔法ってバランス感覚大事じゃない?」

「うん」

「そのバランス感覚を手に入れるには、立てなきゃダメでしょ?」

「うん」

「だから、赤ちゃんの時のハイハイからが始まりだよ。って言いたいんじゃないかな?」

「なるほどねー」


「だからさ、アロンも頑張ってね? 僕も手伝うから」


 マックスがニコリと笑った。

 笑顔の圧が凄かった。


「いや、俺、勇者にはならないし……」


 アロンは及び腰になった。


「……僕の全力のサポーターになってくれるって話、嘘だったんだ」


とマックスがしょんぼりと俯いた。


 マックスの落ち込みを見て、良い子のアロンは居た堪れなくなってしまった。


「やる! やります! 頑張らせていただきます!」


 半分ヤケになって伝える。

 それにマックスはご機嫌顔で頷いた。


 そしてこの日から、マックス式の猛特訓が始まった。

 アロンはヒーヒー言いながらも、何とか喰らいついた。

 というよりも、できるまでマックスが諦めなかっただけであった。


 しかし、そのおかげで、アロンは魔法の腕がメキメキと上達した。

 さらにマックスの訓練がハード過ぎて、ガッツとブルーノの訓練が優しく感じるようになっていった。

 マックス式、レセキッド級の激しさであった。

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