第6話 訓練初日はナイフ味
運動場では昨日見掛けなかった人たちも大勢いた。
「どうやら俺たちだけじゃないみたいだね」
アロンはマックスに小声で話しかけた。
「どうやらそうみたいだね。この中の1人が勇者になれるんだな」
「マックスは勇者になりたいの?」
「勇者になりたい。というよりは、奴らを倒したい。かな?それのためには勇者にならないといけないだろ?」
「そっか。じゃあ、マックスが勇者になったら、俺は全力でサポートする」
「はは。アロンは家に帰るんじゃなかったの?」
「ゔ! そ、それもあるかもしれないけど、マックスが勇者になった時限定で頑張る!」
「そうか、じゃあその時はよろしく」
お互いニカッと笑い合った。
「全員 注目!!」
気合の入った声が響き渡る。
皆、無意識に声のする方へ向き直る。
そこには2人の人がいた。
1人は、まだアロンが見た事のない人、もう1人は学園の受付にいた猫獣人の男の人だった。
「まずは我々講師の紹介をさせていただきます」
見た事のない方の人が話し出す。
「私はブルーノ。王宮の魔法研究所で窓際族をやっております。今回、貴方方のお手伝いをすることになりました。よろしくお願いいたします」
ブルーノは落ち着いた雰囲気のお爺さんとおじさんの間みたいな人であった。
次いでもう一人の猫獣人が口を開いた。
「私はガッツ。猫獣人と思っている人も多いと思うが、私は猫ではなく、黒豹です。お間違えないようお願いします」
張りのある声が響く。
猫じゃないの!? ってか、黒豹だって猫科じゃん! 何があるの!? 猫とそうじゃ無いの間に何かあるの!?
猫と黒豹の話がとても気になったのはアロンだけでは無かった。
「すみませーん!」
1人が手を挙げる。
「どうぞ」
ガッツが答える。
「あの、猫と黒豹ってそんなに違うんですか?」
軽く空気の読めない質問が飛ぶ。
その瞬間、ガッツから発せられた圧に全員が凍りつく。
「君、それは我々を愚弄しているのか? 猫と豹、ライオン、チーター、虎などは同じ猫科といっても得意とする所が全く異なる。つまり似て非なるものなのだ。猫がどうとかいっている訳ではない。ただ、私は私が黒豹であると言っているだけだ」
「わ、わかりました。ありがとうございます」
ガッツの物々しい空気に気圧される候補生たち。
押し黙った雰囲気の候補生たちを一瞥しガッツが口を開く。
「では、貴様らには二つに別れてもらう。一つはこちらのブルーノさんが、もう一つは私ガッツが面倒を見る。昨日コルトさんに魔力測定をしてもらった者はこちらに来い! 残りはブルーノさんの方へ!」
言われた方へゾロゾロダラダラと二手に別れる面々。
「ダラダラするな! サクッと動かんかぁ!!」
気迫のこもった声に空気がビリリと揺れた。
アロンたちは慌ててガッツの方へ集まった。
「これから、貴様らの性根を叩き直す」
とてつもなく根性な事を言われた。
ガッツは続ける。
「魔法を使えれば有利? 魔法を使えれば体力なんて必要ない? 答えは否! どんなに優れた魔法使いだろうと魔法を唱える前に攻撃されればそれで終わりだ。もし、隙なく攻撃され続ければどうする? 攻撃を避けながら魔法を使うという体力勝負が貴様らに出来るのか? 出来ないだろう!
貴様らに必要なのは、体力、そして強靭な相手にも怯まない筋力と胆力だ!!」
だぁ! だぁ! だぁ……だぁ……だぁ……
ガッツの声が木霊する。
あのスマートな姿からは想像も出来ないような暑苦しさであった。
一方隣では
「ははは。ガッツさん早速フルスロットルですねぇ。ああなっちゃうと、昔の性格が出ちゃうんでしょうねぇ。普段はとてもスマートなのにスイッチ入っちゃうと止められないのですよ」
独り言ともとれることを言いながら、勇者候補生に向き直る。
「では皆さん、ガッツさんの言う事が聞こえましたね? 魔術師といえど、体力、筋力、根性はとても大事です。その辺りキッチリと鍛えていきましょう」
両グループの地獄の特訓が始まった。
アロンたちは、グラウンドをひたすら走っている。
「こんなの本当に必要なのかよ」
途中で、面倒くさくなった数人が手を抜き出す。面倒くさくなりやすいのは、この星の住人の特性なので仕方がない。
のだが、
そこへ一緒に走っていたガッツが音もなく近付き首筋へナイフを当てた。
「今、貴様は一回死んだ。俺のナイフを避けれなかったからだ。もちろん、魔法で防御しても良かった。だが、貴様は魔法防御を常時張り続けることが出来るのか? 魔力だけでなく、体力が保たんだろう? そのための持久走だ。気合を入れて走れ」
「は、はい〜!!」
ナイフを突き付けられた1人はまた本気で走り出した。
その直後、すぐ横にいた手抜きをしている別の候補生の所に行く。
その候補生は慌てて防御魔法を張ったものの、ガッツのナイフが簡単に切り裂いた。
「なんだその防御魔法は? やる気あるのか? 鍋の蓋でも使った方がマシだ」
ガッツの言葉がナイフのように心を切り裂く。魔法も心も切り裂かれた候補生は涙目で
「す、すみませんでしたー!」
と再度本気で走り出した。
そんな事を繰り返し
その日は走り込みの他、筋トレをして1日が終了した。
もちろん、筋トレ中もガッツの声が飛び交う。
「苦しいか? 苦しいだろう! だが、それは筋肉が喜んでいる証拠だ! 今を乗り越えろ! 筋肉はやった分だけ応えてくれる! 筋肉は己を裏切らない!」
ただの脳筋であった。
「や、ヤバイよ。ガッツさん」
アロンは布団に身体を沈めている。
「そうだね。流石の僕も驚いたよ」
柔軟をしながらマックスが答えた。
「でもそれにしてもマックスはなんか平気そうだね」
「うーん、いつもよりはキツいよ? 平気ではない。流石にあれは無理」
マックスは苦笑いをしながら話す。
「それでも一応毎日走ってるし、他の皆よりは少しはマシかな?」
「毎日走ってるの!? 魔力錬成してるんじゃ無かったの!?」
「魔力錬成をする前に走るんだ。ずっと魔法を使い続けようとしたら、どうしても集中力を保たないといけなくなるだろ?そうなるとどうしても体力が必要になるんだよ。しかも、疲れた状態での魔力錬成も良い練習になるしね」
マックスはアッサリと凄いことを言っていた。
「凄いのいた。凄いのがこんな所にいたよー」
アロンは布団にさらに埋まり込んだ。
翌朝、マックスに起こされたアロンは極度の筋肉痛に襲われた。
「う、動けない。足を一歩出すだけで痛い……」
産まれたての仔鹿未満の状態で動くアロン。
「しょうがないなぁ。普段から動かないからだよ? 回復魔法を掛けてあげたいけど、筋肉痛は怪我じゃないから使用禁止だし……。とにかく、頑張って!」
「う、うん」
食堂や運動場でもアロン状態の人ばかりだった。
「おはようございます!!!」
グラウンドにガッツの声が響き渡る。
「おはようございまーす」
筋肉痛も相まって返す声が弱々しい。
「声が小さい! おはようございます!!!」
「おはようございます!」
「まだだ、もっと腹に力を入れろ! おはようございます!!!」
「おはようございます!!!」
もうここまでくれば筋肉痛とか言ってる場合ではない。とりあえず気合いだけで声で出す。
これがアイドルのコンサートであればもっと幸せな気持ちで声を張れたのだろうに。
「昨日の今日で、ほとんどの者が筋肉痛でダウンしているな。何名か日頃から修練を積んでいる見上げた者もいるようだが」
ガッツが周りを見渡す。
「今日は、そんな貴様らに朗報だ。本日と明日、筋肉痛のピークとなるこの2日間は走り込み、筋トレを中止する」
「やったー!」
などと口々に喜びの声をあげる。
「だが、訓練をしないわけではない。まずは、しっかりと柔軟を行ってもらう。身体の柔らかさは怪我のしにくさに繋がる。しっかりと身体をほぐすように」
ペアの相手とこれでもかという位入念にストレッチを行った。
「ではこれから、次の訓練を始める。集中力も高める事が出来るから、心して取り掛かるように」
そう言うとガッツは人差し指を立て、指先に小さな炎を灯した。
「今からやるのは、これだけだ。小さくて良い。小さくて良いが、この状態をひたすらキープしてもらう。別に炎で無くて構わん。自分の1番得意な魔法を使え。氷が得意なやつは氷を、風が得意なやつは風を指先で維持し続けろ。俺が良いというまでずっと、だ」
「あの! すみません!」
とある候補生が声をあげる。
「なんだ?」
「自分の1番得意な魔法は飛行なんです。どうすれば良いでしょうか?」
「ふむ、そうだなぁ。飛行か」
ガッツは少し思案する。
「では、地面から1センチ浮きたまえ。1センチだ。着かず離れずのその距離を維持し続けろ」
「1センチですか!?」
誰よりも難易度が高くなってしまった候補生であった。
それからどれだけの時間が経ったのだろうか。時計を見る気力もない。ひたすら指先に集中している。アロンは徐々に頭がクラクラしてきた。もう既にギブアップしている者も何人もいる。
初めてから3時間程経った時、リタイアした1人から声が上がる。
「ガッツさん、お昼休憩はいつですか?」
「昼休憩?今日はそんなものは無い。貴様らは魔物や侵略者と戦っている最中に昼休憩を取るのか? 丸1日や2日、食事が取れないのを当たり前だと思え」
この言葉を聞いたほとんどが
休憩無しー!?と心の中で滝の涙を流した。
その後もリタイアが増えていく。
アロンは頬を汗が伝うのを感じる。
「アロン、大丈夫?」
マックスが心配そうに声をかける。
「うぅ、結構ヤバくなってきた。体力が必要ってこういう事だったんだね」
走ったり筋トレした訳でも無いのに、とてつもない疲労感に襲われる。身体もフラついてきた。
それでもなんとか火を保とうとする。
普段意識せずに起こせる火が、意識をしないと火を維持出来ないようになっていた。
「もう……限界」
指の火が消え、アロンは地面に倒れ込んだ。
「アロン3時間52分」
自分の継続時間が告げられる。
これが良い結果かどうなのかも分からない。
時間がどんどん過ぎていく
倒れる人数も増えていく。
「先にリタイアしたやつも、少し回復したらまた継続の練習を始めるように!」
一回やって終わりでは無いようだ。
アロンはしばらく休憩すると、再び火を灯す。
次はより長く灯せるように火の勢いをより調整する。
「そこまで!」
ガッツの声がが響き渡る。
時計を見ると夕方の4時だった。
開始して7時間程経っている。
アロンはその間さらに一回ギブアップしていた。
「最初から最後までやり遂げた者が2名いる。1人はカリナ! もう1人はマックス!」
おおぉぉぉ!!とどよめきが起こる。
「いいか。強者と戦うことになった時、魔力がギリギリで枯渇しかけても、それでも魔法を撃たなければいけない事が往々にある。その時のためにも、基本の魔力量を伸ばし、無駄な魔力を消費せず出来るだけ少ない魔力でその魔法が発動出来るようになっておく必要がある。これは、そのための鍛錬だ。明日も同じ事をする。今日より長く維持するために何が必要か、各自考えておくように。それでは、解散!!」
長かった一日がようやく終わった。
何人かがお手洗いに走っていく。
うん、そうだよね。7時間ぶっ通しだもん。
走っていく候補生たちと同じ気持ちなアロンも少し足早に寮に向かった。
もちろん、その日は泥のように眠ることとなった。
翌朝。
う、動けない。
全身の筋肉痛のピークが来た。
少し身体を動かすだけでアロンの身体が悲鳴をあげる。マックスでさえ痛みにたまに顔をしかめている。
「くぅー! やっぱ2日目は来るね」
ある種晴々とした顔をしたマックス。日々鍛錬を積むマックスは軽くガッツ側の人間であった。
「俺、今日休む」
泣き言を言うアロンに
「気持ちはわかるよ。けど、今日頑張れたら普段よりもっと成果が上がると思うよ。なぜだかは解らないけど、極限状態で鍛えた方が魔力とか魔力操作とか上がりやすいんだよ。だから、今日はなんとか頑張ろう!」
マックスに励まされたアロンは気合いで朝の準備を終わらし、運動場に向かった。
運動場にいる人数がいつもより少ない。
「ふん。根性の無いやつらばかりだな。今、ここにいる貴様らは、ここにいない奴らの2歩も3歩も前に進むことになる。動かぬ身体と心に鞭打って、今日ここに来た自分を存分に褒めてやれ」
意外と優しいことを言ってくれた。
昨日と同じようにストレッチをし、指先に火を灯す。
身体が痛くて集中出来ない。
昨日よりも耐久時間がうんと短くなる。
お昼になった。
「一旦休憩! 次、昼1時にここに集合するように」
今日はお昼休憩があった!
休憩最高である。
ただ、動かない身体を動かし、食堂に行って、食事をし、運動場まで戻るという行動を1時間以内に行うのは至難の業であった。
午後も同じように魔法の維持を行った。
夕方になり
「そこまで!」
とガッツの声が響く。
「明日から3日間はブルーノさんの指導となる。ブルーノさんは魔法学においてとても優れた方だ。きちんと学ぶように。それでは、解散!」
鬼のような3日間が終わった。
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