第4話 合格者 来るもの拒まず去るもの追わず

 バタン。


 背後で扉の閉まる音がしてビクリと身体が反応する。

 皆の視線が一気にアロンに集まった。


「こ、こんにちは」


 とりあえず挨拶だけはと頑張った。

 つまらなさそうな顔をして視線がどんどん外されていく。


 アロンはいたたまれなくなって、部屋の隅の方へと移動した。


 部屋の隅で小さくなって俯いていると


「アロン、君は一人旅をしているのではなかったのかい?」


 最近聞いたことのある声がした。

 驚いて顔を上げると、そこには見知った顔があった。


「マックス!」

「列車ぶりだね。で、何でここにいるんだい?」


「それが、本当は勇者召集のために旅をしていたんだ。マックスとあの話が出た時は、まだちゃんと情報を読んで無かったから、咄嗟に誤魔化す事を言ってしまって……。ごめん」


「いや、いいよ。君らしいね」


 軽く諦めたような、しかし優しい顔で笑ってくれた。


「そうだ! マックス! あの! あれ見た!? 地下通路や図書館の隠し扉!俺あんなのみたの初めてで感動だったんだよ!」


 アロンは興奮しながらマックスに話し掛けた。


「ふむ。恐らくだけど、僕はアロンとは違うルートでここに辿り着いていると思う。けど、似たような仕掛けなら見たよ。なかなか面白かったね」


 マックスは少し楽しそうに答えてくれた。


「ククッ。『隠し扉見た!?』だって。あんなんで喜ぶってどんだけお子様なんだよ」


「おいおい、やめてやれって。シークレットドアも知らない、のどかな田舎ご出身なんだって」


「うそぉ? シークレットドアくらい、5才の子供だって知ってるわよ」


 あちこちでアロンを馬鹿にする声が聞こえる。

 アロンは羞恥で顔が熱くなった。そして馬鹿にされたことに加え、マックスまで巻き込んでしまったことが悔しかった。


「マックスごめん」


 やっと絞り出せた言葉はこれだけだった。


「気にする必要は無い。現に僕は今でもシークレットドアを見るとワクワクするしね。言いたいやつには言わせておけば良い。それだけ自分に自信があるんだろ?実際はどうか知らないけど」


 マックスが棘のある言葉を並べる。


「ハッ! お前こそ大層自信があるみたいじゃないか。これからがお楽しみだな!」


 1番初めにからかって来た男が言い返してきた。


「ああ、もちろんだ。悪いが僕が……」


 マックスが売り言葉に買い言葉で言い返していると


 チャイムが鳴り響いた。

 すると、今まで壁だった所が淡く光り、扉となって開く。シークレットドアというやつだ。


「皆さん、ごきげんよう」


と軽やかに猫の獣人が入って来た。


 スーツにシルクハット、杖を持った出たちだ。

 学園の受付にいた警備兵にソックリだった。

 というよりは本人だったのだが、

 記憶も朧げな上、毛や瞳の色が同じ猫の顔の違いがアロンには分からなかったのである。


「私は王立学園学園長の友人のコルトと申します。訳あって、勇者選定のお手伝いをすることになりました。皆さんよろしくお願いいたします」


 コルトと名乗った獣人は、丁寧に頭を下げた。


「ふむ。何人か学園の門でお会いしましたね」

 アロンたちを見渡し目を細める。

 アロンとコルトの目が合う。一瞬、コルトが笑ったように見えた。

 ほう。あの少年もここまで辿り着いたのですねぇ。

 コルトは魔力の流れが1人だけ違うアロンに興味が湧いていた。


「まず、第一の試練突破おめでとうございます。子供のお遊びのような試練でしたが、それでも、ここまで辿り着けないようなひねくれ者やおバカさんは必要ありません」


 コルトの声が凛と響く。魔法を使っているのか直接頭に届くようだ。


「皆さんには、これから勇者になるため、訓練や試験を受けてもらいます。最終選抜の結果、1名が勇者として、イコウ、レセキッドの代表者とチームを組み、侵略者の討伐を行ってもらいます」

「他の星のやつと一緒に戦うのですか!?」


 驚きの声が上がる。


「ええ? 何で他の星のやつらと手を組まないといけないんだ。魔法も使えないようなやつらだぞ!」

「野蛮な他の星の住人と組む必要は無いと思います!」


 口々に拒否の声が上がる。



 一通り声が上がりきった所でコルトが持っていた杖を床にカツーンと打ちつけた。


「皆さんの言いたいことはわかります。しかし、我々の星の力だけで、侵略者を討伐できると本当にお思いですか? それなら、今頃この星には侵略者などいないはずですよね?」


 確かにー!


とアロンは思った。


 コルトは続ける。


「他の星は我々のような魔法を使えなくても、身体強化により超人的な力を発揮したり、我々では想像も出来ない道具や武器を操るのです。決して、我々に劣っているわけではありません。それに各星の首脳が手を組む事が最善だと判断したんです。これは歴史を塗り替える大きな一歩なのです」


 一同は息を呑む。


「もし、この決定に不服のある者は勇者を目指す必要はありません。今この場で出て行ってもらって結構です。もちろん、ここまで辿り着くまでに掛かった費用と帰路に必要な費用、そして報酬は支払いましょう」


 コルトが一緒に入って来た従者に目配せする。


 従者は部屋の出入口に立ち、お帰りになる方はこちらにお集まりください。と手を挙げた。

何人かが従者の方に集まる。

 他にはいらっしゃいませんね? と確認した後、従者たちは部屋を後にした。


「あの、質問を良いですか?」


 静かになった部屋に声が響く。


 アロンであった。


「どうぞ」

「その、最後の試練? 試験? で1番になった人が勇者になるのですよね? では、1番になれなかった人たちはどうなるのですか?」

「ふむ、なかなか良い質問ですね」


 コルトは満足そうに頷く。


「勇者になれなかった方たちは、討伐軍に配置されます。主に魔物の討伐、他にこれも他星とチームを組むかもしれませんが、侵略者のアジトに乗り込む時に勇者たちのサポートをして頂く予定です」


 コルトは周りの反応を確かめた後、続きを話した。


「もちろん、そういう任につきたくなく、故郷に帰られても構いません。しかし、今のところ、この勇者に関する事は国家機密ですので、他言出来ないよう魔法誓約をしてもらうか、場合によっては記憶消去をさせてもらいます。それに伴うご家族との齟齬に関しましてはこちらにお任せください」


 コルトはそう言うとニヤリと笑った。



「ま、難しい話はこれくらいにして、早速進めていきましょう! まずは、魔力測定からです」


 コルトはそういうと、コルトの従者が腰の鞄から人の背丈程ある鏡を取り出した。


 アロンはまた感動する。


 凄い! あれが収納魔法か!!


 瞳をキラキラさせてしまっていたのか、心の声が漏れてしまっていたのか、周りからクスクスと小さな笑い声が聞こえる。

 またやってしまった、とアロンは背筋を伸ばし顔に力を入れた。


「では、誰からでも構いません。順番に鏡の前に立って鏡に魔力を流してください」


 コルトが言った。


「俺からだ」


 部屋に入った後、アロンを馬鹿にした1人目の男だった。


 その男が魔力を鏡に流す。


 すると鏡が光り、鏡面に文字が映し出された。

 遠いせいか何が書いてあるのか良く見えない。


「この鏡に映っている文字は、鏡の前に立つ本人と、この鏡の使用者である我々しか読み取る事ができません。魔力量などは命を左右する重要な個人情報となりますので機密となっております。外部に漏れることはありませんので、ご安心ください」


 従者の人がおっとりとした口調で伝えてくれた。

 自分の力に自信の無いアロンはホッと胸を撫で下ろした。


「おい、それで俺の魔力はどうなんだ」


 この星で魔力を測定するというのは滅多に無いことである。一般市民は試験的に測定の協力をすることは稀にあるが、王宮に勤めるような仕事に就く者たちが部署決めに測定される他、あり得ないことであった。

 つまり、ここにいる全員が初めての魔力測定ということになる。


「ウェンナーさん、貴方の魔力はまずまずといった所です」


 コルトが答える。


「な、俺がまずまずだと!?」


「ああ、すみません、語弊のある言い方をしてしまいました。魔力の高い方たちの中でまずまずということです。せっかくですので皆さんにここでお伝えしておきます」


 コルトは一度アロンたちを見渡すと、話を続けた。


「一般的な魔力量は大体200前後です。この星の大半の人がそれくらいの魔力量です。で、この勇者召集の基準値が500です。新聞の勇者召集の記事を読めた時点で500はあるということです。次、この王宮の軍隊は300〜800程度とバラつきがあります。が、これは、それぞれ得意分野があるという意味で魔力量自体はさほど問題ではありません」


「じゃあ、精鋭と言われる高位魔術師の方たちは?」


 どこからか声がした。


「はい、そうですね、そこが気になりますよね」


 コルトは続ける。


「高位魔術師の方たちで900以上、高い方では1200位の方もいらっしゃいます」

「そうか」


 ウェンナーは奥歯をギリッと噛み締め、鏡の前から立ち去った。


「しかし、今測定した値は今現在のものです。魔力量は鍛えて上げることが出来ます。ですので、今の値は参考程度に留めて、これから研鑽に励んでください」


 そうコルトが付け加えた。



 その後、ゾロゾロと順番に魔力が測定される。

 そして、マックスの番になった。

 鏡が一際強く輝く。


「ほう。これは素晴らしい」


 コルトが初めて口にした褒め言葉であった。


 流石マックスだ。きっと凄い値だったんだろうなぁ。


「アロン、気楽にね」


 マックスがアロンの肩を軽く叩き、列を後にする。

 次はアロンの番であった。

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