第3話 合言葉は続くよどこまでも

 街の地図を頼りに王都の学校へ到着する。

 着いた場所は、王立の学園で貴族の子女や魔力の優秀な子供達が通う、王国随一の学園であった。


 門の警備兵へ挨拶をする。

 顔を見て硬直してしまった。


 ね、猫だ。


 門の警備兵は猫の顔をしていた。


 獣人? 本当にいるんだ。


と頭が真っ白になる。


 この世界には獣人といわれる、獣と人を合わせたような人種が一定数いるのだが、アロンは家からほぼ出ず、出てもお使い程度で町をウロつく位だったので、獣人を見るのは初めてであった。


「どういったご用でしょうか?」


 獣人の警備兵に尋ねられ、ハッと我に返った。


 合言葉をしっかり言わなくちゃ、と思い起こす。すると急に緊張してきた。


「あ、あの『帰省が終わったので、戻ってきました。2年10組のアロンです』」


 なんとか、言い間違えることなく言い終えた。


「ふーん。君がねぇ。アロン君だっけ?」


 訝しげに頭の先から足の先まで舐めるように見られ、ジロリと目を細められる。


「そこに見える大きな扉があるだろ? あそこを入ると受付がある。そこで、また話を通すと良い」


 まだジロジロ見てくる。



 お、俺だって不相応だと思っているよ


と内心落ち込みながらも


「ありがとうございます」


とお礼を伝えて、門を後にした。



「何か魔力が変な感じだな? あの指輪のせいか?」


 門の警備兵は去っていくアロンをしばらく見つめていた。




 豪勢な扉をくぐると、そこはホールになっていた。

 正面に受付がある。

 綺麗なお姉さんとクールな感じの猫獣人のお兄さんが立っていた。


 また、猫だ。


と一瞬止まってしまう。


 すると


「こんにちは」


 お姉さんが話し掛けてくれた。


 人当たりの良い笑顔に釣られてお姉さんの前に行く。

 ここはさっきと同じ合言葉を言わないといけない。


「帰省が終わったので、戻ってきました。2年10組のアロンです」


 今度はサラッと言えた。ちょっと嬉しい。


「かしこまりました、アロンさんですね。左手に見えます扉にお入りください」

「わかりました。ありがとうございます」


 アロンは左手にある扉に入った。



「……意外と多いな。あの魔力制限は妥当だったのか?」


 受付にいた男が呟いた。


「どうでしょうねぇ? お偉い様方の考えることは分かりませんから。それにしても、さっきの……アロン君でしたっけ? あの子は礼儀正しくて好感が持てますね」

「そうだな。勘違いした若僧が多いからな。もっと性格で篩い落とす制限はかけられないものなのかねぇ」

「ふふふ。性格はいつ変わるか分からないじゃないですが。貴方みたいに」

「そ、それもそうか」


 受付の男は少し気恥ずかしくなった。




 扉を入ると、今度はスーツを着た男の人が立っていた。


「こんにちは、何度もお伺いして申し訳ないのですが、もう一度、こちらにお越しになったご用件をお教えいただけますか?」

「あ、はい!帰省が終わったの……」


 先ほどの言葉を言い掛けて、違うことに気付く。


 違う! 確かこれを聞かれたら違う事言わなきゃいけないんだった!


「すみません! 間違えました。『学園長にお話があって来ました』」


 アロンは慌てて言い直した。


「はい、かしこまりました。こちらへどうぞ」


と、男は鷹揚に頷き次の扉へ案内してくれた。


「この先、階段を降りた後、通路を真っ直ぐとお進み下さい。途中で曲がり角があると思いますが、全て無視して真っ直ぐです。順路に何が書いてあっても真っ直ぐにお進みください。何があっても真っ直ぐですよ」

「わ、わかりました。ありがとうございます」




 真っ直ぐ、真っ直ぐ、真っ直ぐ


 心の中で繰り返した。



 扉を開けて少し進むと下り階段があった。階段を降り切ると地下道になっている。

 一定の間隔で灯りが付いているし、気温や湿度も調整されているようで過ごしやすい。


 しばらく歩いて行くと『順路』と書かれたプレートが貼ってあった。

 左に曲がるように指示されている。

 真っ直ぐだ。真っ直ぐ。


 曲がり道は無視して真っ直ぐ進む。

 同じように次は右に曲がる道があるが、同じく真っ直ぐ進む。

 突き当たりに扉があった。

 中に入ると部屋になっていて、向かいの壁の左端と右端に扉がある。


「真っ直ぐ?壁だけど、どっちに進めば良いんだろう?」


 アロンは困ってしまった。

 何かヒントがあったかと、召集情報の魔法陣を確認してみる。しかし、何も書かれていない。


「うーん……。もし真っ直ぐ進むと壁にぶつかるよね。でもあのおじさん、何があっても真っ直ぐって言ってたし……」


 とりあえず真っ直ぐ進み壁の前まで来る。


「特に何も無いみたいだけど……」


と壁に手を触れた瞬間、身体が一瞬光り、魔力が壁に吸い取られた。


 吸い取られた魔力が壁に吸収されて壁の一部を淡く光らす。

 すると、その光っていた部分が開いた。

 その壁が扉になっていたのだ。


「す、凄い! な、何これ! 俺の魔力ブワってなったら、壁が光って、壁が開いた! 何これー! 凄い! 凄い!!」


 そういう仕掛けに慣れてないアロンのテンションは爆上がりであった。



 扉を抜けた後、上り階段があった。

 階段を上り扉を開けると、目の前には天井近くまである本棚が所狭しと立ち並び、その本棚を埋め尽くす大量の本が目に入った。

 そう、ここは王立図書館であった。

 本という本をほとんど見たことのないアロンは、本の数とそして本の香りに圧倒された。


 しばらく呆然としていたが、合言葉の事を思い出し慌てて受付を探す。

 図書館の人らしき姿を見つけて、アロンは声を掛けた。


 慣れない空気感に緊張して声が大きくなる。


「あ、あの! 受付はどこでしょうか?!」

「受付ですね、ご案内いたします。それと、他の方のご迷惑になりますので図書館ではお静かにお願いいたします」


 そう柔らかな笑顔で伝えられ、周りを見渡すと自分を見ていた視線が次々と外された。


「すみません。図書館が初めてで……」


 蚊の鳴くような声で答える。


「そうでしたか。個人情報を登録すればいつでも本が閲覧できますので、いつでもいらっしゃってくださいね?」


 親切な対応にホッと胸を撫で下ろしながら、受付まで案内してもらった。


 ええっと……確か次の合言葉は


「すみません『勇者の物語という本を探しています』」

「かしこまりました。その本の場所までご案内いたします」


 受付の人が係の人を呼んでくれ、そのまま係の人について行く。


「あちこちウロウロして大変だと思いますが、次の場所で終わりです。頑張ってくださいね」

「ありがとうございます」


 励ましの言葉に少し胸が温かくなった。




 案内されたのは、図書館の奥の部屋だった。

『許可なき者立入禁止』と扉にある。


 部屋の中には古そうな本や何やら難しそうな分厚い本が沢山並んでいる。

 係の人が奥の本棚をいじると、本棚が横にスライドして奥から隠し扉が現れた。


 す、凄いー! これまた凄いー!! こんなのお話の中にだけあると思ってたー! 本当にあるんだ隠し扉!!!


と心の中で感動していると


「喜んでいただけて何よりです。さぁどうぞお通り下さい」


と温かい笑顔を向けられた。


 は、恥ずかしいー!!! 顔に出てたー!!


「あ、ありがとうございます」


 恥ずかしさのあまりぎこちなくお礼を伝えて足早に扉をくぐった。



 扉の先は緩やかな下り坂になっていた。

 道はかなり暗い。

 魔法で明かりを灯し、ついでに最後の合言葉を確認する。


「うーん……最後がよくわからないんだよねぇ?」


 合言葉っぽくないような、他の人も言ってしまいそうな言葉だと思うんだけど。とりあえず、そのまま言ってみるか。


 アロンは方針を決め、歩みを進めた。



 道なりに進んで出た先は、王宮だった。

 すぐに巡回中の兵士に見つかる。


「貴様! そこで何をしている!?」

「あ、あの……」


 あまりの剣幕にアロンは狼狽えてしまい言葉が出てこない。


「何をしているかと聞いている!早く答えろ!」


 あ!合言葉だ!と思い当たり


「『道に迷ってしまいました』」

「道に迷った? 王宮立入りの許可証を見せてみろ」


 許可証なんて渡されていない。もしかして合言葉に続きがあったのだろうか。と魔法陣から読み込んだデータを思い出してみてもあれが最後の合言葉だった。もしかして合言葉を言うタイミングが悪かったのだろうか。


 焦りと不安でいっぱいになる。


「許可証はありません」


 正直に伝えるしかなかった。


「許可証もない貴様のような者が王宮に入れるわけがないだろう! それなのに道に迷っただと? 怪しいやつめ! 付いてこい!」


 アロンは兵士に連れられて歩いた。


 母さんごめん。勇者召集の場所まで辿り着けなかった。しかも不法侵入で牢屋に入れられるっぽい。


 もうどうしたら良いのか分からなかった。自分の人生の終わりを考えながらひたすら歩く。


 どこをどう歩いたのか分からないが、地下に入っていった。


「とりあえずこの部屋で待っていろ」

「あれ? 牢屋じゃないんですか?」


 連れてこられた場所は地下のとある部屋の前。


「牢屋かどうかは入ってからのお楽しみだな」


 兵士のお兄さんはニカッと笑うと扉を開けてくれた。

 部屋に足を踏み入れる。

 中には、何人もの人がいた。

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